29話 『月食』のカーテンコール
ヨルの復帰。それこそ私が待ち望んでいた唯一の好機。
「さぁて、有能な相棒にご褒美はくれないのかしら?」
「…後で、もうすぐちゃんとあげるから…今は…お願いね」
「仕方ないわねぇ」
ヨルと私には言葉は必要ない。今やるべき事を互いに理解している。
「来なよ、優男」
「その猫がいた所で…意味なんて無いよ」
シオンの地を割るほどの踏み込み。
第2ラウンドを始める合図にはちょうど良かった。
* * *
「誰も正面から戦うなんて言ってないでしょ!」
「ばーかばーか、よん」
私とヨルは、即座に踵を返した。まずは廊下を抜ける。
「…ふざけているのか?」
一瞬の遅れはあったものの、即座にシオンも剣を収め私たちの背中を追う。
まずは1つ目の賭けに成功。これに乗らず、あの場での戦いを強制された時点で敗北は必須だった。
「うっわ…早すぎて…気持ち悪いわねぇ」
「多分加速系の、重複型のやつ!ブレーキが踏みづらいタイプだね!」
「そうなのよねぇ」
ヨルはまたも影を吐き出す。今度は武器としてではなく、妨害をするために。道を作り、道を塞ぐ。
シオンの知る道を変えすぐには追い付けないようにしていく。
「ちっ…」
シオンは、影を躱し、時には切り刻み進む。
あぁ…よかった。やっぱりどんなに狂気に満ちていても…真っ直ぐなところは勇者だ。
2つ目の賭けも成功。
3階の階段へと差し掛かる。目的地はもうすぐ。
「残念だが…そっちは行き止まりだ!」
分かってる。それを承知の上で、私は取りに来たのだ。
逆転のための、一筋の光を。
またも方向転換し、ある教室の中へと私は入った。
* * *
シオンは、自身が負けることなど毛頭考えちゃいない。
当然だろう。ここまで追い詰めたことでシオンの異能は過去類を見ない程に効力を発揮している。
簡単に大地は割れ、風を切る速度で走れる。ここまで痛快な経験は滅多と無い。
「自ら追い詰められて…どうするんだ?」
もう逃げ場はない。奴らは教室に入ったのだから。
恐らくはここで何かしらを仕掛けるつもりなのだろうが、今の自分に負ける道理などあるはずも無い。
シオンは躊躇うことなく、教室の扉を開いた。
「なっ…」
カーテンが開かれ、月明かりが差し込んでいた。その、薄暗い教室の中で立つ人影。
侵入者だ、と理解した瞬間に今度こそ踏み込み…
「ここまで、ありがとうございました。シオン副会長」
「っ…!?」
突如として、その人影を中心に影が伸び始めた。
まずいと、判断する。今自分は相手の術中にハマってしまったのだ。
何が来ても問題ない、そう思っていたはず…なのだが。
「何も、見えない…?」
その教室…3年5組の教室は、真っ暗な『影』に包まれていた。
* * *
必要な条件は闇夜を照らす『月明かり』と膨大な『魔力』。
そして幸運にも、その両方を満たす場所があった。
3年5組。
ヴェルトの指示で魔石を配置した教室であり、月の沈む方角に面した部屋。
ルナの作戦は逃げ出したあの時から既に始まっていたのだ。
* * *
それは膨大な『闇』。
ありとあらゆるものを飲み込み喰らう、暴力的な力。
『散々虐めてくれたわねぇ』
それは誰に言った言葉ではない。全ては闇に溶けるのだから。
『この子は生意気なことばかり言うけど、優しい子で、貴方達のことを思ってる。やっと居場所も出来たの。それなのに…邪魔するんじゃないわぁ』
言ったのは、額の牙の紋章を金色に照らす黒猫、ヨル。
ここは『闇』の中。ヨルの異能、『月食』が編み出した異空間。
「ぁぁぁぁぁぁぁ…!!!!」
シオンの悲鳴が、否が応でも響く。しかしそれを聞いているのはヨルだけ。
ヨルはルナの姉として、ルナの障害を排除する。
『ルナに感謝なさいねぇ。半分だけで、許したげる。』
「ぐがっ…ぁぁぁぁ!!!ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
自身が狩人だと思っていたのに、気付けば喰われている。なんて皮肉な事だろうか。
それもこれも、ルナの計画通りであった。
『…ごちそーさま』
ペロリと、静かな空間に舌舐りが1つ響いてその『闇』は幕を開けた。
* * *
「死なせてない、よね?ヨル」
「魔力を貰っただけよぉ」
「うん…よかった」
改めて確認したものの、気を失っているだけだ。
魔力も無ければ『異能』は扱えないだろうし、もう懸念点は消えたはず…だよね?
「ねぇヨル、もう、いいかな?」
「…仕方の無い子ねぇ」
呆れたように言うヨルだったが、それは許可と受け取っていいだろう。
ギュッと、私はヨルに抱き着いた。
「怖かったぁ…」
「珍しいわねぇ」
「そんなことない。いっつも、内心ビビってるよ」
ここまでの作戦が上手くいくかどうか。それもあったけど何よりも…シオンの言葉。
今までなら
「…魔族は悪、か…」
「こんなに可愛らしい顔してるのに、馬鹿よねぇ」
「もう…ヨルってば」
夜明けは近い。
早く、眠ってしまおう。嫌なことも、少しは忘れられるだろうから。
* * *
夜明けの光明が指す中、シオンは目を覚ました。
そして、自身の置かれた状況を理解する。
「クソっ!!」
立ち上がることさえままならない。しかし怒りの力とは凄まじく、シオンが床に向けて放った拳はいともたやすくヒビを入れた。
負けたのだ。あの黒フードの侵入者と、継ぎ接ぎの黒猫に。
油断していた。それは間違いない。間違いないとはいえ…最後のあれは、なんだった?
シオンでさえ、理解が及ばなかった。
「あー…僕の落ち度だ。逃がした。逃げられた。それも…手加減されて?」
髪を掻きむしる。こんな風にありのまま言葉を吐くのは今だけだと決めて、何度も何度もつぶやく。
「…この学園の生徒だ」
少なくとも自分を見て、副会長と結び付けられるのはそれしかありえないだろう。何よりも学園の外にはシオンが仕掛けた罠が大量にあるのだ。それに反応せずに入ってきたことも、この推測ならば頷ける。
「必ず探し出して…僕の手で、首を掻っ切ってやる」
怒りの中、愉悦の笑みが零れていることに彼自身さえ気づくことはない。




