28話 翠の『捕食者』
私は、ヨルの身体を抱えてひたすら校舎を駆け回っていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「逃げるなよ」
「っ…」
後ろへ防御魔術を展開、1枚じゃ割れるから、何枚も重ねて。
魔力の消費が激しい。これじゃあ、いつか持たなくなる…!
もつれそうになる足で、階段を降りる。
後ろを振り返りながら、魔術式を構築しながら。
集中出来ない。その上で圧倒的劣勢。どこから綻びが起きてもおかしくない。
せめて、ヨルが起きてくれれば…逆転の一手を使えるのに…!
「さっきまでの威勢はどこにいった?」
「っ…さっきより…!」
速い。
追いつく速度が、防御結界を壊す膂力が、シオンの全てが段々と加速している。
恐らくはそういう『異能』。純粋な力でのゴリ押し…
1番、苦手な相手だ。
「もうそろそろ無駄って…分からないか?」
「無駄かどうかはっ……え?」
防御結界を連ねた瞬間、シオンは剣ではなく足で蹴りつける。一瞬の間、後に剣が当たった時と同じように防御結界は、意味をなさず全てを破壊していった。
…剣を持つ腕だけじゃない。全身強化…それもそうか。速度が上がれば筋力が上乗せされるのだから。
「マズった!」
「覚悟はいいか?」
隙だらけの私へと剣が、左手のみで振るわれる。
何か意図を感じる。感じたところで…選択肢は無かったが。
「片手なら…!」
当たり前だが両手で振るうよりも力が弱い。5つ、結界を重ねることで防ぎ、またも壊される。
しかし勢いは殺せたのだ。少し仰け反り、剣閃を躱した。
頬を掠めたものの、これならばまだ逃げられる…
「掛かったね」
目の前で聞こえた声。視線をやれば…既に右手を握り拳で固めたシオンがいる。
先程の重い一撃はブラフ。よくよく考えれば分かったはずなのに…
「っ…」
「殺しはしないよ。貴重な獲物なんだから…ね」
その拳は、防御魔術を発動する暇さえも与えず私の腹部に突き刺さった。
* * *
異能とは、生き様である。
シオン・シグレイド。
彼は普通の村に生まれ、普通に育った。
平凡に、勇者に憧れ、平凡に、家族や友人を愛する。
平凡、普通、ありきたり。そんな彼も勇者に選ばれ、勇者学園へと入学を希望した。
普通なものの、順風満帆な人生。何も不満の無い、平凡な道のり。
その転機が訪れたのは経ったの三年前。村が魔族に襲われたその日。
まともに剣も振るったことの無かった少年は、ただ一人、逃げ惑う村民とは方向へ、進んだ。
皆が怯え、逃げる様子を見て…少年は、相手は敵であると理解したからだ。
それは彼の内に眠っていた本能であり、欲望。
彼は満たされて等居なかった。器だけが大きくなり、空白で埋まっていくばかり。
もう限界だった。
「…ははっ」
乾いた笑み。
瞬間に彼の身体は動き出していた。暴力的に、剣術というものも感じない棒振りで。
いたずらに敵をなぎ倒しては喰らっていく。
全ては飢えを満たすため。
「なんて、心地いいんだ…」
やがて全てを食らいつくした彼は、満たされた欲望に歓喜する。
そのうえで…
「ありがとう」
その行いが、肯定されたのだ。
シオン・シグレイドの異能は『捕食者』。彼が獲物とした対象を追い詰めれば追い詰めるほど、強く、加速し続ける。
自身の欲求を肯定され続けた青年にぴったりの力…ではないだろうか?
* * *
あー…副会長め。まさか本気で女の子を殴るような手合いだったなんてね。
「まだ、生きているだろう?加減はしたからね」
これでも加減してくれたらしい。
痛くてまともに身動き取れそうに無いのだが。
「…生かして、どうするつもり?」
「生かすつもりはないさ。ただ死ぬ前には情報を搾取する。当然のことだ」
全く、ようやく口を聞いてくれるような余裕が生まれたと思えば酷いものだ。
「さて、魔族さん。何か言うつもりはあるかい?」
「…」
何も言えない。言うことは出来ない。既に敗北が近しい状態で、時間が稼げるなら黙ってやる。
「…そうか、それが答えでいいんだね」
「待って…一つだけ、私からも聞かせてもらっていい?冥土の、土産に」
「へぇ…面白い。君にそんな権利があるとでも?」
無い、と割り切るのは簡単だ。しかし今は…少しでも時間が欲しい。
「嫌なら言葉を発する前に頭を潰せばいい」
「…いいよ、言ってごらん」
やっぱり、貴方は乗ってくるんだ。
その傲慢さを、私は戦いの中で見出した。自身の力に、圧倒的なそれに自信を持つ人だと、そう勝手に理解したのだ。
だから、賭けた。私に流れが来ることに。
「貴方は魔族が…私たちが、嫌いなの?」
震える声で尋ねる。それはきっと、どこか希望を抱いたもので…簡単に折れ曲げてしまえそうな問い。
「何を言うかと思えば…」
「…答えてくれるんでしょう?」
彼はいつも、ニコニコと笑って…
時には私たちを育てるために、あえて任せたり、手伝ってくれたり…
優しい、先輩だった。少なくとも、ルナ・メモリアにとっては。
ただこの戦いの中、いくつも彼が彼らしくないところを見せつけられた。だからこそ、問う。
「まぁいい、勝負は既に決した。だからあえて答えようか」
剣を鞘に抑えつつ、冷たい口調でその問いに答える。
凍ってしまいそうなほどに冷酷に、淡々と、彼にとっての事実を述べる。
「嫌いだ。大嫌いだよ。どうして生きているのかと思うほどに」
普段の優しい彼からは、結びつかないほどの汚い言葉と視線。
それは憎しみか、はたまた正義感か。その衝動が現状を招いているのだと思い知らされる。
「何を驚いているんだい?僕は勇者候補生だ」
「っ、それ、だけ?」
「あぁ…そうか。確かにそうだね」
私の言葉に、納得を得られなかったのだと理解したシオンは、更に理由を付け足した。
「魔族は悪だ。世界に…いや、人類にとっての」
さも当たり前のように、それが事実だと言わんばかりに彼は言う。
私は、突きつけられた重く苦しい事実の積み重ねに、言葉を失いそうになった。
「僕の故郷は、魔族によって焼かれた」
まだ納得していない、そう思ったのだろう。恐らくは、彼がその理念を掲げている理由を口にした。
「えっ」
「弱い村の住人を容赦なく根絶やし、焼き尽くした。…たった三年前の話さ」
だから、魔族は悪と彼は言ったのだ。確かに、筋は通っているし、実際戦時中に魔族も人族も互いに奪い合い、失っている。
…仕方がないとは片づけるつもりもないけど、あの時はそれが日常で、正しいことだった。
「…魔族が憎いの?憎いから嫌いなの?」
「憎い…ね。確かに、村の人はかわいそうだと思ったよ。でも…」
彼は再び、剣の切っ先を私に向けて告げる。
「僕がその魔族を討ち滅ぼした時、村の人たちはこう言ったんだ。……「ありがとう」ってね」
唖然としてしまった。その言葉の意味を理解したから。
きっと村民にそんな意図は無かったとしても、今目の前にいる彼はこう受け取ったのだ。
魔族は、滅んでもいいのだと。悪だから、自身は正義だから、剣を向けてもいいのだと。
「あ…」
「もういいかな」
大きく振りかぶり、今度こそとどめの一撃を放つ────
「ナイス時間稼ぎよ、ご主人様」
シオンの剣先が、声と共に黒い靄で受け止められる。
その声は、今のぐちゃぐちゃになった心には、とても温かくて…優しいもので…
「ヨル…」
私が名を呼ぶと、その黒猫は余裕のウインクを見せつける。
そして、剣を受け止めていた爪を、より縮小させ拳の形に。
「なっ…ぜ…」
「さぁ、なんででしょうねぇ?とりあえず…寝起き一発目、喰らいなさぁい!」
その拳で、シオンの腹部へと突撃。寝起きというには俊敏すぎる一撃は唖然としていたシオンでは躱せない。
「どういうカラクリか…分からないな」
「言わないわぁ。ここからが本領発揮だもの」
「…くだらないな」
シオンは言葉とは裏腹に、醜悪な笑みを零していた。




