3話 死追少女
「ほんとにこれで──────────」
「ヴェルトさんが……って…………ねぇ!」
「でも──────────」
うるさい。その男達の声で私の意識は覚醒した。
重い瞼を無理やり押し上げる。
最初に感じたのは、鼻につく鉄錆のような臭いだった。
「……っ」
頭が痛い。
ぼやける視界のまま身体を動かそうとして、ようやく自分が拘束されていることに気付く。
薄暗い倉庫。冷たい床。そして、目の前で怯えたようにこちらを見る二人の魔族。
「……何、これ」
掠れた声が漏れる。
紫肌の男がびくりと肩を震わせた。
「お、俺たちは悪くねぇ!」
「そうだ! あんたに話を聞いてほしくて……!」
頭が回らない。どうしてこうなったのか、理解が追いつかなかった。
ただ、そんな時でも鼻につく嫌な匂いを感じた。死に近い匂い。
「……誰か、死ぬの?」
その瞬間、二人の顔色が変わった。
まるで見てはいけないものを見たように。
「ち、違っ……!」
「俺たちはやってねぇ!」
否定の声。けれど、その反応だけで十分だった。
男たちは顔を見合わせると、何かを決意したようにルナの腕を掴む。
「来い!」
「待っ……!」
半ば引きずるように倉庫の奥へ連れていかれる。
その先には──────────
「……え」
壁際へ寄り掛かるようにして倒れた、赤髪の男が居た。
見覚えのある服。見慣れた体格。染み付いた乾いた血。
「カイン……?」
返事はない。
……違う。そんなはずない。
だってさっきまで、普通に話していて。笑っていて。馬鹿みたいな軽口を叩いていて。
なのに。
「……なんで?」
身体がふらつく。頭の奥がぐちゃぐちゃになる。
「こいつが悪いんだろ!?」
不意に怒鳴り声が響いた。
「人間と馴れ合って、情報まで流してたって……!」
「だからこうなったんだ! 俺たちは悪くねぇ!」
必死な声だった。
自分たちへ言い聞かせるみたいな、追い詰められた声。
「ヴェルトさんは言ってたんだ! あんたなら変えてくれるって!」
「俺たちはもう限界なんだよ……! このまま飼われたまま終わるなんて嫌なんだ!」
ここまで来て、ようやくカインの言葉の意味を思い知った。
思い知って、嫌という程理解した末、再び疑問が蘇る。
「なんでカインが……?」
小さく、ルナは呟く。
カインはそんな人じゃない。否定したい。でも言葉が上手く、練り上がらない。疑問がそれより先走った。
「不器用で、面倒見が良くて……馬鹿みたいに笑う、そんな人なの」
短い付き合いだったけれど、それくらいは分かる。
──────────だから。
「……っ!なんで、なの!」
怒った。声を上げ、目尻に涙を溜めて、ひたすらに。
「どうして!なんで!なんで!なん…で」
「おいっ、話が違うじゃねえか!」
「クソッ、こいつはどうすれば────────」
「……ヨル」
うるさい。やっていいよ。
念じた途端。私の足元の影が揺れ、バリバリバリと、何かが割れる音が倉庫内に響き渡った。何度か、低い耳障りな声が聞こえたが私の耳には1つすら届くことはなかった。
* * *
段々と、頭だけが妙に冴えていく。怒っていたはずなのに、その感情が上手く思い出せない。
「あ……」
嫌だった。
この感覚が。死を前にすると、自分が自分じゃなくなっていくみたいで。
悲しいはずなのに。苦しいはずなのに。
どこか冷静に、死を観察してしまっている。
それが、どうしようもなく嫌いだった。
「……カイン」
気を紛らわすため、それと……真実を知る為。
ルナはゆっくり、カインへ近付いていく。
血が広がっていた。
腹部には深い裂傷。背中にも、大きな傷。
既に数時間前には死んでいる。見れば分かる。
分かってしまう。
「……なんで」
掠れた声が漏れる。答える者は居ない。
「どうして……?」
ルナは震える声で、疑問を吐露しながら……その指先を伸ばした。
カインの固くなった手へ、そっと自分の指を重ねる。
その瞬間。ぞわり、と背筋を何かが駆け抜けた。
深紅の紋様が、ルナの手の甲へ浮かび上がる。
髑髏と鎌を象った、メモリアの紋章。
死追。
死者を想い、追悼するための力。
「……っ」
直後。
大量の記憶が、頭の中へ流れ込んできた。
* * *
怒号。殴打。
薄暗い部屋。縄で拘束された両手。
『魔族側へ情報を流してるんだろ』
『裏切り者が』
『だから魔族と馴れ合ってたのか?』
違う。カインは反射的にそう思った。
そんなこと、していない。
ルナはただの監視対象で。少し話しやすくて。気の抜けるやつで。
──────────それだけだ。
『待て、話を聞け!』
『敵の話なんざ聞くかよ』
拳が頬へ叩き込まれる。視界が揺れる。
鉄の味。鈍い痛み。
『……っ、だから違ぇって……!』
縄を焼き切る。
逃げなければと思った。
ここに居れば殺されると、本能が叫んでいた。
一筋の光。
そこへ向かって踏み出した瞬間。
ぐちゃり、と。
腹部へ何かが突き刺さった。
「ぁ……?」
熱い。
遅れて痛みが来る。息が、吸えない。
直後。
背中にも衝撃。視界が大きくぶれた。
『逃げんじゃねぇよ』
『っ……ぁ、が……』
血が溢れる。力が入らない。
崩れ落ちながら、カインはぼんやりと思う。
なんで。どうして。
そんな疑問ばかりだった。
怖かった。痛かった。死にたく、なかった。
なのに。最後に浮かんだのは。
銀髪の少女が、呑気に笑う顔だった。
『今はアホ面引っ提げて笑ってりゃいい』
……あぁ。
もっと、言い方あっただろうが。そんな、どうでもいい後悔を最後に。
カインの意識は、途切れた。
* * *
「ぁ……」
気付けば、涙が頬を伝っていた。
何も分からなかった。
カイン自身も、どうして殺されたのか理解出来ないまま死んでいった。
「……なんで?」
結局、人も魔族も変わらない。
疑って、怯えて。勝手に敵を作って。勝手に殺して。
皆……同じ、身勝手じゃないか。
「……使ったんだな?」
不意に、背後から静かな声が響く。




