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2話 不穏な空気


「聞いてよ、カイン」


「……嫌な予感しかしねぇな」


避難区の外周通路を並んで歩きながら、私は隣の赤髪へ不満げな視線を向けた。


「またヴェルトがさぁ……」


「あー……」


名前を出した瞬間、カインが露骨に嫌そうな顔をする。


「なんだその反応」


「お前がそんな顔して話しかけてくる時、大体あいつ絡みだからな」


「むぅ……」


否定できない。実際、ヴェルト関連で愚痴ることはかなり多かった。


「で? 今度は何言われたんだ」


「勇者学園に潜入してこいって」


「は?」


流石のカインも固まった。


「……あいつ、とうとう頭でも打ったのか?」


「ほんとそれ」


思わず深く頷く。


「いや意味分かんないでしょ? なんで私がそんな危険な場所に行かなきゃいけないのさ」


「断ったんだろ?」


「もちろん」


即答だった。するとカインは小さく息を吐く。


「まぁ、そうだよな」


「当たり前だって。もう戦争は終わったのに」


そう呟きながら、少しだけ視線を落とす。昨日のヴェルトとの会話が頭をよぎった。


『今の魔族は限界に近い』


そんなの、分かっていた。

分かっていたけれど、考えたくなかったのだ。考えてしまえば、今の平和を信じられなくなるから。


「……でも最近、空気悪いのは事実だろ」


不意に、カインが静かな声で言った。私は顔を上げる。


「避難区の連中も余裕無くなってきてる。小競り合いも増えてるし、管理側も結構ピリついてる」


「……そっか」


返事はしたものの、胸の奥が少しだけ重い。


露店の人たちの顔。


余裕のない会話。


昨日感じた死の気配。


思い返してみれば、確かに少しずつ何かが変わり始めていた。


「まぁ、お前は気にしすぎなんだよ」


「気にするよ、普通」


「だったら余計なこと考えるな。お前、変に抱え込むタイプだろ」


「そんなことないし」


「ある」


即答だった。


少しむっとしていると、カインは苦笑する。


「今はアホ面引っ提げて笑ってりゃいい。お前にはお似合いだ」


「何それ、馬鹿にしてる?」


「褒めてる」


「絶対嘘」


軽口を叩き合う。

いつも通りの時間。……の、はずだった。


ふと、通路の奥で数人の魔族がこちらを見ていることに気付く。


視線が合った瞬間、彼らは小さく顔を逸らした。


「……?」


妙な感覚が残る。


「どうした?」


「いや、なんか見られてた気がして」


「あー……」


カインは少しだけ困ったような顔をした。


「最近、お前のこと良く思ってないやつも増えてるからな」


「えっ」


思わず変な声が出る。


「なんで!?」


「人間側と近すぎるんだよ、お前」


「はぁ!?」


意味が分からない。


「別に普通に話してるだけじゃん!」


「今の避難区だと、その“普通”が難しいんだ」


返す言葉に詰まる。


「……私は、そんなつもりじゃ」


「分かってるよ」


カインは静かに言った。


「でも、余裕が無くなるとさ。人って、誰かを悪者にしたくなるんだよ」


その言葉が、妙に胸へ引っかかった。


「……嫌だなぁ」


気づけば、また同じ言葉を零していた。


カインは何も言わない。ただ少しだけ遠くを見るような目をしていた。



 * * *



その後、適当に別れてからも妙に落ち着かなかった。


ヴェルトの言葉。


避難区の空気。


周囲の視線。


全部が少しずつ胸の奥へ沈んでいく。


「……断っとこうかな」


ぽつりと呟く。

勇者学園への潜入。どう考えても馬鹿げている。


私は争いたくない。もう十分だ。

だから、ちゃんと断ろう。


そう思って、ヴェルトを探しに避難区の奥へ向かった時だった。


「……あんた、ルナ・メモルディアだよな?」


不意に背後から声を掛けられる。


振り返ると、そこには見知らぬ魔族の男が二人立っていた。


片方は痩せ細った紫肌の男で、もう片方は小太りの低い男。どちらも疲弊したような顔つきをしていて、妙に目だけがぎらついていた。


「そうだけど……何?」


「ヴェルトさんから聞いた!」


「え?」


距離を詰められ、思わず一歩下がる。様子がおかしい。


焦っているというより、追い詰められているような空気だった。


「あんたが行ってくれなきゃ、俺たちは……!」


「なぁ! 頼むよ!」


「ちょ、ちょっと待って……」


理解が追いつかない。


なんで私が囲まれている?なんで、こんな追い詰められた顔で私を見ている?


「落ち着いてってば!」


「落ち着いてられるかよ!」


怒鳴り声が響く。肩を掴まれ、思わず顔をしかめた。


「俺たちはこのまま終わるのか!?」


「ヴェルトさんは、あんたなら変えられるって…!」


「私は──────────」


言葉が止まる。その瞬間だった。


「……仕方ねぇ」


低い声。


直後、視界へ白い粉が撒かれた。


「えっ、ちょ——」


強烈な眠気が押し寄せる。

ぐらりと身体が揺れ、視界が大きく歪んだ。


「待っ……なに、これ……」


意識が沈む。

遠くで、誰かの声が聞こえた気がした。


「悪く思うなよ……」



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