26話 夜の舞台
「ただいまー…なにこれ?」
寮へ戻ると、すぐ目に入るところに置手紙があった。これは…ヴェルトの字?
『どうせお前のことだ。まだ仕掛けてないだろうからな。とりあえずここに書き記したところに魔石の設置を頼んだ。今日がやりやすそうだぞ』
「うげ…」
なるほど、わざわざ当日に来たのには釘を刺すという意味もあったわけだ。
無視するわけにもいかないんだよねー…ヴェルトの協力があるから、私は素性をバレずにいられるのだから。
「あらぁ、帰ってきたの?」
モゾモゾと、ベッドの下から黒猫が這い出てくる。どうやらあの後はずっと引きこもっていたらしい。
「ただいま、ヨル…でも、またすぐに動かないとかも」
「ゆっくりしてけばいいのに」
「そうもいかないの。一応任務だし…」
仕掛けるなら真夜中。確実に誰も居なくなった頃合いがベストだろうか。
ヨルの協力は必須だ。万が一見つかった場合のことも考えて。
「えっと…あそこの時計が2の針を指す前に起こしてくれる?」
「ちょうどじゃなくていいの?」
「うん。お願いね」
夜中に動く以上、明日のことも考えて私は一眠りつくことにした。
「…今夜は月が綺麗ねぇ…」
* * *
「バカバカ、なんで起こしてくれないの!」
「起こしたわぁ。ま、私も眠くなって寝ちゃったけど」
おかげで予定時刻よりも30分の遅れ。そんなに影響はないと思うし、何よりもヨルは善意で手伝ってくれているのだから責めるに責めれない。
「全くもう…えっと、どこから回ればいいかな」
ヴェルトの置手紙を見る。親切なことに、大まかな場所の指定のみならず、どういう状態でどこに隠せばいいかまで書いてある。
ここまでやったなら、ヴェルト自身でやればいいのに…
それでは私が来た意味もないというわけだが。
「それにしたって…ヴェルトは何を企んでいるんだろう」
よっぽど酷いことをするとは思えないが、もしかしたらという可能性もありえる。
…皆に何かあったら、やだな。
私は既に、そう思ってしまうくらいに、今の生活を手放し難くなっている。
初めて出来た友達。生徒会の皆。例え本当のルナ・メモリアに対するものじゃなかったとしても、楽しくて、一日たりとも零したくない。
だから全力で、人間のルナ・メモリアを演じている。演じ続ける。
「ここなの?」
「うん、理科室は比較的人の出入りも少ないし、実験器具が多いからバレにくいんだって」
「へぇ」
実験用の材料棚に忍ばせろということらしい。
戸棚を開け、奥の方へと置こうとした直前で、私は手を止めた。
「……」
これがもし、勇者学園そのものを壊すようなことだったら?
そう思うと怖くて仕方なかった。
先ほども考えた可能性だが、やはりどうしても引っかかる。
既に手放したくなくなっている今と、ヴェルト等同族とで天秤に掛かる。
やがて、数刻の沈黙。心配そうにヨルが口を開いた。
「どしたの?」
「ううん、なんでもない」
ごめん、ヴェルト。私は…もう少し、貴方のことも知る必要があるみたい。
────────何を考えて、何を為すつもりなのかを。
* * *
各所へ魔石を配置していく。が、その全てにルナは自身の魔力を付与し、妨害工作も行っている。
これは裏切りではない、知るための行動なのだと自身に言い聞かせながら。
「理科室、職員室、3年5組の教室、そして…最後に禁書庫」
どの場所も見つかりづらい、隠すのに最適なものだ。流石はヴェルトと言ったところだろうか。
なんとも隙がなく気持ち悪い。
最後の図書室へと向かう廊下を、慎重に歩く。ここの廊下は床が薄く、素早く動くとやけに音が響くのだ。
「やっと終わるね」
「明日起きられるの?」
「どうだろ…」
早々に不安になってしまう。なにせ早く寝た昨日でさえ寝坊してしまったのだから。
「もういっそ起きてようかな」
「お肌に悪いわよぉ。ま、こうやってる時点で意味ないかもだけど」
長い廊下を歩きながら、ヨルと言葉を交える。はっきり言って中身のない会話だったが、一人だと寂しくてしょうがなかっただろうから非常に助かった。
「ヨル、明日も起こして……」
斯くして図書室が見えてきた頃合いで、突然背中を貫くような視線を感じ取った。私は恐る恐る、振り返った。
「…だれ?…ッ!」
そこに居たのは、翠色の髪と瞳の爽やかな青年。
────────この学園の生徒会副会長、シオンだった。
まずい…まずいまずいまずい!なんで副会長が!こんな時間に…?
「誰、か…それはこっちのセリフなんだけどね」
月光を反射し翠色の髪が一層神々しく光る。そして、その双眸に携えた髪と同じ色をした瞳が私を射止めた。
「さて、せっかくだし聞こうか。君は、何者かな?」
目に、二面相の仮面と黒のフードを被った人の形をしたものが映る。
…そうだ。今の私は少なくとも生徒会書記のルナ・メモリアではない。その上この魔道具がある限りはバレない…よね?
だったら、ここは…演じ切るしかないだろう。学園祭終わりという好機を見て潜入した魔族の1人を。
「さてね、捕まえて、吐かせればいい。それとも貴方の目には、学園祭の時間を間違えて入ってきたお馬鹿な迷子に見える?」
「見えないな」
やれやれと、手を振るう。
「もういいかな?」
「あぁ、もちろんだとも」
シオンの纏う爽やかな雰囲気が、一瞬で引き締まった。
一応「行ってもいいかな?」って意味で聞いたけどやっぱりだめらしい。
シオンが、腰に付けた剣の柄に手を置いた。
「覚悟はいいかい?侵入者」
(出来てるわけ無いでしょ!?)
それが、夜の舞台の幕開けの合図だった。




