24話 『Akamptos Saga』(不屈の英雄譚)
ルーシアを連れ、ヨルの案内で人波を掻き分けて私達はホールへと辿り着いた。のだが…
「うげ…そっかもうすぐ開演の時間…」
既にホールには人がわんさか集まっている。やはりこの学園祭のメインイベントである劇は欠かせないのだろう。
「これじゃ見つけようにも見つからないだろうし、セイルのことだ。多分裏方を手伝ってるんじゃないかな」
「じゃあ…どうします?」
「劇を見て、その後残って探そっか。劇も見れるし悪くないでしょ?」
「分かりました…」
もうすぐ会えると分かっていた分、悲壮感がこちらにも伝わってきた。
うーむ、どう言うべきか…
「ほら、楽しみは後にとっとく方がいいと思わない?」
「そう、ですかね?」
「うんうん、それに、まだ開演まで時間はあるからもしかしたらセイルの方から見つけてくれるかも!」
その可能性はあまり期待できないが、少しでも楽しい気持ちで劇を楽しんでほしい。そのために私は慣れない言葉を尽くしたのだった。
* * *
結局セイルと会えず仕舞いのまま、劇は開演した。
物語はそう、まさに先ほどの展示でも見た『始まりの勇者』の話だ。
この国でそれを知らない物は居ないほどの話、それ故に演技力が試される。
「勇者ヨハン、かの邪悪なる魔王を討ち滅ぼしこの国に平和を」
「はっ、陛下のご期待に添えられるよう、尽力致します!!」
始まりは王との謁見。王様直々に、剣と『勇者』としての称号を与えたところだ。
私の見た記憶だと、ただの村人で、王族とのかかわりなんか一切なかったわけだがそれもやはり、物語というのは変わっていくものなのだ。
…………
物語は進む。
勇者ヨハンは魔王を討つべく旅に出る。その道中で、同じ志を持つ仲間を得ていった。
魔法使い、戦士、僧侶。模範的なパーティだが、『勇者』の力に追いつこうと彼らもまた成長を続けた。
ある時は共に鍋を囲い、ある時は共に戦い、またある時は道を分かたれそうにもなった。
楽しくもあり、苦難だらけの冒険。それが終盤に差し掛かったところで、幕が降りて照明が暗くなる。
「何かの演出かな…?」
「…もしかして…」
薄暗い空間の中で、少しの騒めき。5分ほど経ったころ合いだろうか。ようやく幕が開いて…
同時に、炎の魔術により舞台が燃え盛る。
「えっ」
場面は一転。勇者一行は本格的に追い詰められていた。
戦士は膝を着き、魔法使いは気絶。僧侶が必死に詠唱をしているものの、内容はぐちゃぐちゃでとても魔術として機能しない。
勇者だけが二本の脚で立ち、青い双眸でその強大な敵を睨みつけた。
その敵こそ、『魔王』。魔王は勇者に気付き奇襲を仕掛けてきたのだ。
「下劣な…魔王!!」
迫真の演技。まるで本当に身内でも殺されたんじゃないかと思うぐらいに憎しみを顕にしていた。
「戦場に卑怯も何もあるまい、勇者」
対する魔王を演じる方もすごかった。
あまりにも下卑た笑みで勇者等を見下す。その様は、それこそ悪そのものと言えるほどだ。
こうして始まる魔王と勇者の最初の一騎打ち。
互いの信念がぶつかり合う……そんなわけが無かった。
「喰らえっ魔王……なっ!?」
「言っただろう。卑怯も何もないと。」
勇者の剣閃。光にも勝るその一撃は奇しくも巨大な右腕により阻まれたのだ。
そうして勇者は辺りを見渡し、気付くのだ。既に自身らが囲まれていることに。
大量の魔族、その中でも数人は勇者の仲間にも及ぶのではと、実感するほどの軍勢。
恐らくは初撃の際に展開し、木陰に隠れていたのだと理解する。
どこまでも卑怯で、狡猾な策略。恐らくは魔王をそういう存在なのだと知らしめるためのもの。
実際の、優しい魔王様を知っている身としては少し複雑だが、物語として見るならいい流れだと思った。
「クソッ、このままじゃ…」
「俺たちに構うな!ヨハン!」
戦士が声を上げ、死力を尽くして立ち上がる。
今にも折れてしまいそうな巨躯。しかしヨハンは決意を込めた表情へと変わり、宣言する。
「…絶対、死ぬなよ────────」
「ふっ…いいだろう。『勇者』」
その時、戦場が青と赤の眩い光に包まれて…
…………
その瞬間、舞台全体を覆うように幾重もの魔法陣が浮かび上がった。
青と赤。
二色の光がぶつかり合い、轟音と共に火花が散る。
客席のあちこちから歓声が上がった。
炎が渦を巻き、剣戟の音が何度も何度も重なる。
魔王の影が巨大に映し出されれば悲鳴にも似た声が響き、勇者の姿が見えれば今度は歓声が返ってくる。
眩しさのあまり目を細めながらも、誰一人として視線を逸らそうとはしない。
(すごい…)
正直、内容はかなり脚色されている。
それでも。
舞台に立つ彼らの熱量だけは本物だった。
気付けば私も、ルーシアも、その戦いの行く末を見守っていた。
…………
光が晴れる。永遠にも感じた魔術と剣技の応酬は決着を迎える。
「ぐ、あ…がぁ…ぁぁぁ!!よくも!よくも!!」
「散れ!魔王!!」
勇者の剣が、魔王の胸元を穿っていた。魔王はジタバタと抵抗を見せるが、勇者は決して折れぬ意思で押し通す。
「絶対、絶対に貴様らを──────────」
「ハァァァァァ!!!!」
掛け声と共に、剣が引き抜かれる。傷口からは血ではなく魔力の粒子体が流れ、魔王が力無く倒れていく。
「はぁ、はぁ…やっと…みん…な…は……あ…」
勇者も遂に膝を着く。しかし、すぐに仲間の安否を確認し…目に入り絶望する。
「あ、あ、あ、ぁぁぁぁぁ…!どうして……どうしてなんだ……!」
泣き、喚く。苛立ちと虚脱感を当たり散らす。
魔王を倒したという達成感などとうに消え失せ、今あるのはどうしようも無い無力であったという事実。
また自分は失ったのだ、また守れなかったのだ。
もう、何もやりたくない。死んでしまいたい。そう思わせるほどの、虚無な時間。
数分の沈黙、後に勇者は立ち上がった。
「…立たなければ…」
魔王は倒した。しかし、脅威はまだ消えちゃいない。
まだ国のどこかでは今も戦火が上がり、誰かが助けを求めている。
守れなかった。失った。それでも。
「俺は、勇者なのだから…」
誰に聞かせるでもなく呟き、ヨハンは再び剣を取った。
仲間を失ったその日からも。
勇者ヨハンは戦い続けた。
王国のために。民のために。
そして――笑顔になれない誰かを守るために。
* * *
幕が閉まり、ナレーションが入る。
「こうして魔王を討ち果たした勇者ヨハン。しかし彼の旅はそこで終わらなかった。仲間を失いながらもなお剣を取り続け、生涯を王国へ捧げたという。」
完全に照明も暗くなっていき、遂に終演の言葉が綴られる。
「その功績は後世まで語り継がれ、やがて彼は『始まりの勇者』と呼ばれるようになったのでした」
暗闇に、盛大な拍手の音だけが響き渡った。




