19話 『知りたい』の原点
「この本は何?」
山積みになったそれらを指して問う。
「俺が読めるものを集めた。おそらくはまだあるだろうがな」
「読めないものもあるってこと?」
「抜けがある。それに、言葉が違う」
「なるほどね」
ひとまずテーブルに付属している椅子へ座る。そして、本を1つ手に取った。
「やっぱり、染まるんだ」
「……ひとまずはこれらの精査を頼めるか」
「はいはい」
退屈はしなさそうだ。
私の目線は、直ぐに文字の羅列へと落ちていった。
* * *
めぼしい情報も無く本を読み続ける。何冊かはめぼしい情報が無さそうだなって思って飛ばしたのは秘密にするとして……
少し、黙っているのも落ち着かなくなってきた。
「…今更だけどさ、レインはここを隠してまで一人で誰を探していたの?」
「本当に今更だな。そういうのは協力を決める前に聞くべきだろう」
「あの時は…その、いいやなんでもないっ。話す気があるなら聞くけど?」
パラパラとページを繰りながらも、会話を続ける。
あんまり興味ある内容じゃないね。
気になるのは人族の言葉に魔族の古い言語が混ざっていることだろうか。
それはさておき。少し悩んだ様子を見せたレインは決心したように、口を開いた。
「まぁ、そうだな。せっかくだ…聞いてくれるか?」
いつもの不愛想な顔で、しかしほんの少しの温かみを見せた口調で尋ねられる。
「仕方ないなぁ」
パタンと、本を閉じ私は隣に座る彼に向き直った。
* * *
「俺には、一人の友がいた。親友と呼べるほどのな。」
「親友…」
「あいつと俺は中等部一年の頃に知り合い、互いに切磋琢磨していたとも。今のお前とセイルみたいなものだな」
私とセイルは切磋琢磨ってほどバチバチじゃないけど、なるほど。この鉄仮面にもそういう時期があったらしい。
「いいやつだった。仮に自分が困ることになったとしても人を助けるような馬鹿なお人よしだった」
バカと言うくせに、少し笑みが零れた。
「…ただ、あいつは…」
ここで初めてレインは躊躇いを見せた。まるで、これから憚られることを言うみたいで…私にもそれが伝わってきた。
一つ、ごくりと唾をのむ。その私の覚悟を見てか、それとも落ち着いたからか、レインは続きを述べた。
「あいつは、3年前の合同演習を機に退学処分になった」
「え…?」
想像していたものとは違う、されど重く苦しいその事実に上手く言葉が出てこない。
ただこれだけでは無いようで、レインは「だが」と言葉を区切り続ける。
「俺は知っている。あいつは退学になるようなことなど何もしていない。そして…見ている。あいつが、目の前で殺される瞬間を」
「ころっ…どっ、どういうこと?」
「…分からないんだ。ただ目の前で魔獣によって殺された親友には、次の日から退学したという事実だけが残った。その後はまるで、そんな者はいなかったと記録が徹底的に塗りつぶされている」
言いようのない違和感。耐えがたい苦痛。それゆえの「知りたい」。
ようやく、全てが繋がってくる。このレインという男の信念が。
「…じゃあ、私を頼ったのは正解だね」
「…?」
一つの本を手に取る。先ほど動揺に、本の表紙は白く染まっていく。
そのタイトルは『始まりの勇者』。確か、普通に図書室にもあった気がする。
「先程も思ったが……なんだ、それは…?」
「ごめん、これはよく分かんない」
そう言いつつも、ページを繰り適当なところで手を止める。そうして、一つの名をなぞる。
「『ヨハン・エルグレイド』」
「始まりの勇者の名だな?」
「うん…そうだね」
肯定。そして全身の魔力を右手へと集中させる。やがて、右手の鎌と月の紋章が、紅く輝き出す。
「何をするつもりだ?」
「いいから、大人しく聞いてて。1回しかやらないから」
私は、一つ息を吐いてから弔詞を口にする。
「その名を辿り、その記憶を追う──────────ヨハン・エルグレイド」
…………
『死追』が始まった。
「『生まれは今の王都郊外の村。そして…あぁ、幼馴染の女の子がいたんだ』」
「何を言っているんだ」
「『クレア。彼女はよく笑う子だった。泣き虫で、臆病で……だから僕は強くなろうと思った。』」
まるで別人のように、ルナは言葉を連ねる。
その目はどこか虚ろで、何も写していない。
「『クレア、僕が必ず君を守るから』」
幼い日の約束。剣を握った理由も。努力を続けた理由も。
始まりも、終わりも全てはその一言だった。
「『村で一番になった。誰にも負けなくなった。これなら守れると思ったんだ』」
ルナの声なのに。
ルナではない誰かの言葉にレインの額から冷や汗が垂れる。
未知との遭遇だった。
『でも、違った』
そこで声が震える。絞り出すように、感情をむき出しにして。
『間に合わなかった』
『気付けば、自分以外みんな死んでいた』
『父さんも』
『母さんも』
『友達も』
『クレアも』
一つずつ、大切な名前を確かめるように。
『どうして?』
『どうして僕だけ生きているんだ?』
『どうして守れなかったんだ?』
『約束──────────したのに』
その声には怒りも悲しみもあった。
聞いているだけで胸が苦しくなるほどの後悔が。
『憎い』
『憎い』
『憎い』
『全部嫌いになりそうだった』
『投げ出したかった』
『もう、どうでもいいとさえ思った』
ルナの瞳から一筋の涙が零れる。だがそれは、ルナの涙ではない。
遥か昔に死んだ誰かの涙だった。
『でも』
そこで声色が変わった。
『それでも』
『泣いている人がいた』
『助けを求める人がいた』
『だから僕は立ち上がった』
『守れなかったから』
『次は守りたいと思った』
『もう二度と』
『同じ涙を見たくなかった』
そこで空気が変わる。重苦しかった感情の奥。
微かに、瞳の奥に蒼い光が点ったような気がした。
『この力は何だ』
『勇者とは何だ』
『分からない』
『だけど────』
【…僕は剣を振るおう】
【誰かを守るために】
【もう、失わないために】
【だから僕は────】
「っ、ルナ!」
レインの声。
その瞬間、世界が砕け散った。
「あっぶなかった……」
全身から汗が噴き出していた。
「さすがは始まりの勇者。その称号に恥じない、強い意志だったよ」
…………
あやうく乗っ取られるかと思った。やっぱりこの力はあんまり使えないなぁ…
私だけが見る分には使う必要もないし、信じてもらうためとはいえやりすぎたかも。
「…今のは、お前ではない。そうなんだな?」
「相変わらず察しがよくて助かるね。その通り。詳細は喋るつもりはないけど私の異能の一つ」
「なるほどな、先の言葉の意味も理解した」
言葉通りレインは私の意図を理解したらしい。
何も分からない、から一歩前進して何を探せばいいのかまで分かったのだ。
どこかレインの表情はワクワクしているように見えた。
本を一つ、また一つと手に取りひたすら、彼は親友の名を探し続けるのだった。
* * *
「…あ、そういえば、親友の名前って?」
「聞く必要があるのか?」
「何言ってんの。一度乗りかかった船なんだし、最後まで手伝うよ」
「そうか、助かる」
レインの口角が少し上がった気がした。無愛想なままだけど、少し嬉しそうかな?
「あいつの名前だったな。誰かに言うのは、随分久しい……」
一つ溜め、皆から忘れ去られたその名を、レインは嚙みしめるように口にする。
「アレク・ルートヴェイン。俺が知る限り、最も英雄に近しい男だった」




