回送(回想) ザカリ正教執行人クシーディ
2024年3月20日にカクヨムで公開したものです。
王都のヨジュカ地区にあるザカリ正教の聖堂。
その建物内の一室に、二人の修道女がいた。
薄暗い部屋の中、周囲に漏れないように声を潜めて会話をしている。
「マルメラーダ、潜入は上手くいきそう?」
「もちろんですぅ先輩。面接なんか余裕でクリアしましたぁ」
「そう。流石は自慢の後輩だわ」
「えへへぇ。もっと褒めてくれてもいいんですよぉ?」
調子に乗る後輩のシスターに溜め息を吐いて、腰に手を当てる先輩シスター。
一見すると、二人は姉妹のように仲の良い先輩後輩でしかない。
だがこの二人には、聖職者とは遠く掛け離れた裏の顔があった。
禁忌狩りの執行人。
異世界からやって来た人間を秘密裏に処分する、冷酷非道な暗殺者。
修道服のスリットの下には常に拳銃を忍ばせていて、持ち歩いている聖書も実際は無詠唱で魔法を発動するための魔導書である。
今回、執行人のクシーディが後輩である執行人見習いマルメラーダに与えた任務は、埼京交通バス異世界営業所への潜入。
異世界人である沢山はこびと遠町はやての監視が主な目的だ。
そしてついでに大型バスの運転技術の習得も。
バスという乗り物の有用性は、先日のオークスタンピードの時にはっきりと証明された。だからバスの存在はそのままこの世界に残したい。
しかし、バスを扱えるのは彼女ら異世界人のみ。もし今彼女らを処分してしまったら、車両だけが残って動かせる人間がいなくなる。それでは折角のバスも無用の長物だ。
それを回避する目的も含めて、マルメラーダには運転手の求人に応募してもらったのである。
「あっ、でも先輩。面接を受けた時に面倒な奴と出くわしたんですよぉ」
「面倒な奴って?」
「ムーンサルトのオクトーバーですぅ」
「ええっ? どうしてムーンサルトの幹部が……」
意外な人物の名前が出てきて、クシーディは整った美しい顔を歪める。
ムーンサルト。異世界人の月夜野かけるが率いる闇の組織。
オクトーバーはその十番目の幹部だ。
そんな人物がなぜバス会社の面接なんかを受けているのか。
「このままじゃマルメラーダ、オクトーバーと同僚になっちゃいますぅ。クソ腹が立つので、殺しちゃってもいいですかぁ?」
「ダメに決まってるでしょう。オクトーバーはこの世界の人間よ。処分対象じゃないわ」
「でもでも、異世界人に与してる時点で、万死に値するってマルメラーダは思いますぅ」
「まあ確かに、そこは否定し難いけれども。私たちは禁忌狩り。教祖様の意向を無視してはいけないわ」
「……はぁい、わっかりましたぁ」
かなり渋々といった様子ではあるが、マルメラーダは先輩の命令を受け入れてくれた。
「それじゃあマルメラーダ、来月から頑張ってね。期待してるから」
「もし淋しくなったら、電話してもいいですかぁ?」
「留守電残しといてくれたら、暇な時に再生するかも」
「いえいえ、そうじゃなくてぇ。マルメラーダは先輩の声が聞きたいんですぅ」
「はいはい分かってる。たまには電話してきてもいいから」
「やったぁ! マルメラーダ、先輩のために監視も運転も完璧にやってみせますぅ!」
より一層気合が入ったマルメラーダを見送って、クシーディはやれやれと苦笑する。
全く、困った後輩である。
「さてと」
可愛い後輩ばかりに頑張らせる訳にもいかない。私も私なりにやれることをやらないと。
気を取り直してクシーディは、聖堂から出るとコミュニティバスの停留所へと向かった。
そこで待っていたのは我々の協力者である人見こころ。
彼女も埼京交通バスの運転手である。
「今日は何の用、なのです?」
感情の読めない無表情で問いかけるこころに、クシーディは柔らかい笑顔を浮かべながら答える。
「別に大した用事じゃないのだけれどね。先に報告だけしておこうと思って」
「報告、なのです?」
「来月から私の後輩のマルメラーダが、バスの運転手としてあなたの会社に入社することになったの。これからは二人で連携して活動を行ってもらうわ。もちろん報酬は今まで通りだから安心して」
協力者のこころと、執行人見習いのマルメラーダ。
この二人が連携することで、今まで以上の成果を期待できる。
「分かった、のです」
「とっても素直で優しい子だから、仲良くしてあげてね」
それに先にこころに口添えしておけば、マルメラーダも少しは安心して働けるだろうから。
あの子、昔から同年代の友達を欲しがっていたしね。
でも当のマルメラーダは、そんなクシーディの気遣いなど知る由もなかった。




