避難バス第60便 絶体絶命のピンチ
2024年2月28日にカクヨムで公開したものです。
気が付けば、すっかり夜になっていた。
ふと窓の外を見遣ると、王都の方が赤く光っている。
炎が上がっていた。
つまり、まだ魔物との戦いは続いている。
「このまま、何も無いといいけど……」
営業所は王都から少し離れた場所に立地しているため、ここまでは何とか魔物に襲撃されずに済んでいる。しかし、事態はかなり深刻で。いつ何が起きてもおかしくない状況だった。
暗い室内で一人で居ると、段々と不安が募ってくる。
はやてとこころ、それに所長は大丈夫だろうか。
避難しているはずの同僚や上司のことも心配だ。
ドーン!
と、そんなことを考えていたら、突然建物の外から大きな音が聞こえてきた。
まさか、魔物が襲ってきたのか。
「どうしました!?」
急いで建物を出て水素スタンドへ向かうと、ずっと設備類を守ってくれていた魔法使いの少女が必死の形相を浮かべながら叫んだ。
「こっちに来ちゃ駄目。早く戻って!」
「…………っ!」
目に映った衝撃的な光景に、私は逃げることも忘れて息を呑んだ。
営業所が巨大な二足歩行の豚、オークの群れに囲まれていたのだ。
魔物の攻撃は少女が張った結界によって防がれている。
しかし、彼女の額からは汗が流れていて、肩で息をしているような状態。
もしかして魔力切れだろうか。
「くっ……!」
やがて、ついに限界を迎えた少女が、がくんと膝を突いた。
それと同時、営業所の敷地全体を覆っていた半透明の膜が消える。
守ってほしいとお願いしたのは水素スタンドの設備だけだったのに。
心優しい少女は、車庫に停まったバスも営業所の建物も、全部を守ろうとしてくれていた。
「無理をさせてすみません、ありがとうございました」
倒れ込んでしまった少女に囁きかけてから、私は魔物の顔を見上げた。
「ブォォォォォォ!!!!」
目が合った瞬間、オークは咆哮しながら右手(右前足?)に持った斧を振りかざす。
「殺すなら殺せばいい!」
バスと共に死ねるなら本望。
だけど大事なお客さんだけは死んでも守り抜く。
私は魔法使いの少女に覆いかぶさって、斧を我が身で受けようとした。
だが、斧が振り下ろされる寸前に、オークの身体が突如として四散した。
「えっ?」
今、何が起きた?
驚いて空を見上げると、満月の前に人間のシルエットが佇んでいた。
その夜空に浮かぶ謎の人物は、続けて魔法を詠唱する。
「夜なんて明けなければいい。朝なんて来なければいい。だって、太陽は眩しすぎるから。神聖級魔法、エターナルナイト。永遠の夜に眠りなさい」
刹那、営業所を取り囲んでいた無数のオークが一斉に消滅した。
跡形もなく、綺麗さっぱりに。
まるで最初から何も無かったかのように。
「……助けていただいて、ありがとうございます。あの、あなたは一体?」
呆気に取られたまま、私は感謝と質問を口にする。
それに反応したのか、謎の人物(女性だった)がこちらを見下ろした。
真っ黒なフード付きロングマントを羽織っているためによく見えないが、強い光を放つ月光色の瞳は、私の中でやけに印象に残った。
「我らはムーンサルト。月夜を駆ける者」
「ムーンサルト?」
「ダイレクターの命を受け、あなたとこの施設を保護しに来た。沢山はこび、ここはもう安全だ。その者をベッドで寝かせてやるといい」
「はい、分かりました……」
何が何やらさっぱりだが、未だに気を失ったままの魔法使いの少女をここに置いておくわけにもいかない。
とりあえず私は、ムーンサルトの一員を名乗る謎の女性の言葉通りに、少女を連れて営業所の建物へと入った。
翌朝。
魔物の群れは完全に討伐され、王都は無事に平和を取り戻していた。
そして、私の安否を心配していたはやてとこころが営業所に駆け付けた時、私は魔法使いの少女と一緒に仮眠室で呑気に眠っていて。
「なんやねん心配して損したわ!」
「怪我も無さそうで、良かったのです……」
はやてには延々と文句を言われるわ、こころはいつまでも泣き止まないわで、なかなか大変な思いをした。
そういえば、昨晩助けてくれたムーンサルトって結局何だったんだろう?
またしてもこの世界の謎が増えてしまった。




