異49折返系統 ウォージ遺跡〜キャミヌマータダンジョン〜ニサーラ大師〜アデュツィ役所
2023年12月6日にカクヨムで公開したものです。
今日の乗務を全て終えた私は、バスを営業所の車庫に停めた。
エンジンを切ってから、ふぅ〜っと長く息を吐く。
「お疲れ様っス、はこびサン」
そう声を掛けられて、私は運転席の左斜め後ろに体ごと振り返った。
本来なら乗客がいないはずの回送の車内に、メモ用紙を手にした女性が一人。
今日一日、バス運転手の仕事を取材するために私に密着していた情報屋のスティールさんだ。
いつだかと違って、車内確認を忘れて終点からここまで乗せてきちゃった訳ではありませんからね?
「スティールさんもお疲れ様でした。ずっと座りっぱなしも大変じゃなかったですか?」
「いやぁ全然。馬車と比べたら全然揺れないし、椅子も柔らかいっスからね。へっちゃらだったっスよ。本当バスって乗り物は快適っスねぇ」
「ありがとうございます」
バスのことを気に入ってもらえたようで何より。
「それじゃあ今から、いくつか質問させてもらってもいいっスか?」
「はい、構いませんよ」
そして最後に、密着取材の締めくくり。スティールさんからのインタビューが始まった。
「はこびサンはこの仕事を天職だって言ってたっスけど、どうしてそう思ったんスか? 何かきっかけとか出来事があったんスか?」
「そうですねぇ……」
私は一度、頭の中で話す内容を整理する。
どう答えたらいいのか、少し迷ったからだ。
「きっかけと言うと違うかもしれないですけど、私は物心ついた時から路線バスが好きだったんです。それでずっと、大人になったらバスの運転手になるんだって心に決めてて。だからこの仕事に就けたことが、今こうして運転手をやれていることが、すごく幸せなんです」
「ほう、なるほど。つまり、はこびサンは子供の頃からの夢を叶えたってことっスね?」
「はい」
「それで天職。はっきりと言い切った理由に納得がいったっスよ」
スティールさんがメモ帳にペンを走らせる。
きっと私の言葉を記録しているのだろう。
だが、今の答えは嘘ではないが全てでもない。
私は一つ、とても大きな隠し事をした。
路線バスを好きになった、バス運転手を志した本当の理由。
けれどそれは、スティールさんにわざわざ伝える必要の無いこと。
当事者である私と、雇用主である所長だけが知っていればいいことだ。
それから三十分近く、スティールさんの質問攻め、もといインタビューは続いた。
「じゃあこれで最後の質問っス。ずばり、はこびサンにとってバスとは?」
突然のプロフェッショナル的な問い。
あのバイオリンの音楽が脳内に流れる。
「私が生きる理由、ですかね」
「と言うと?」
「路線バスが無ければ、私は生きてこられなかった。路線バスがあるから、私は生きていられる。それは仕事としての収入の面でも、趣味としての心の面でもです」
そして、スティールさんによる長い密着取材が終わった。
新聞に記事が載る時には改めて連絡してくれるらしい。
これでこの世界のもっと多くの人に、バスの魅力が伝わってくれたらいいな。
スティールさんを見送りながら、私はそんなことを願っていた。




