異49系統 異世界車庫〜ニサーラ大師〜キャミヌマータダンジョン〜ウォージ遺跡
2023年11月29日にカクヨムで公開したものです。
朝。営業所に出勤すると、そこには所長と共に見慣れない女性がいた。
「おはようございます、所長。えっと、そちらの方は……?」
「おっ、やっと来た。この子がうちのエースドライバー、はこびちゃんだよ」
「どうもっス! 今日は一日よろしくお願いするっス!」
「はい、よろしくお願いします?」
見知らぬ女性が元気よく挨拶してきたので、こちらもとりあえず挨拶を返す。
でも、何が何だかさっぱり分からない。
私は今、一体何をよろしくお願いされたんだ?
首を傾げていると、所長が説明してくれた。
「ああ、この人は密着取材に来た記者さんだよ。今日一日、はこびちゃんのバスに乗って、仕事の様子を見るんだって」
「なるほど、夕方のニュースの特集的なやつですか。異世界にテレビは無いですけど」
「そうそう。ま、はこびちゃんは普段通りに仕事してくれればいいから」
「分かりました」
ということで。
「初めまして、沢山はこびです。本日はよろしくお願いします」
「情報屋のスティールっス! 改めてよろしくっス!」
今日はこのスティールという情報屋の女性が、私の仕事に一日密着することになった。
制服に着替えてタイムカードを押して、アルコール検査をやって。
「所長、問題無かったです」
「はいよ〜。じゃあこれ、カギと携帯ね」
諸々を受け取って、営業所の建物を出て車両へと向かう。
「はこびサン、さっきは何をしてたんスか? 機械に息を吹きかけてたっスけど」
「ああ、あれはアルコール検査です。お酒が残った状態で乗務するのは絶対にダメなので」
「酔った状態でバスを運転するのはやっぱり危ないんスか?」
「はい。とても危険ですし、事故を起こす可能性も高まります。だから旅客運送業の事業者には道路交通法でアルコール検査が義務づけられてるんですよ」
「道路交通法、っスか……」
そう呟いたスティールさんの表情が、僅かに険しくなる。
だがそれはほんの一瞬で、すぐに元の飄々とした態度に戻った。
「命を預かる仕事をする上では、安全が第一ってことっスね!」
うんうんと頷いて、メモを取るスティールさん。
その後も私が何かをする度に、色々と質問をしてくる。
「それは何をしてるんスか?」
「計器のチェックです」
「今は何を?」
「タイヤの空気圧を確かめてます」
「その紙は何っスか?」
「運行時間表です」
始業からがっつり密着されるの、結構きついかも……。
そしていよいよ出発。
始発の停留所に移動し、お客さんを乗せて走り出す。
途中、何度もお客さんの乗り降りがあったが、密着取材のことは誰も気にする様子がない。
テレビのように大きなカメラを構えて記録している訳でもないので、もしかしたら取材が入っていること自体に気付いていないのかもしれない。
『次はニサーラ陸橋。ニサーラ井堰入口でございます。アデュツィ地方税事務所へおいでの方はこちらが便利です』
スティールさんは私の左斜め後ろ、タイヤの上の一人掛けの席に座っている。
ハンドル捌きやペダルの踏み方といった運転技術から、車内放送の操作ボックスや運賃箱の仕組みまで。あらゆるものを細かくチェックしてはメモしている。
そんなにじっと見つめられてると、ちょっとやりにくいんですけど……。
『ご乗車ありがとうございました。次は終点、ウォージ遺跡。お忘れ物ございませんようご注意下さい』
終点の停留所で全員を降ろして、この日最初の乗務が終了。
車内確認を行ったら、次の発車時刻まではしばらくの休憩だ。
「バスの運転手って大変な仕事なんスね」
私が一息ついたタイミングで、スティールさんが話しかけてきた。
これは取材というよりは、ちょっとした雑談って感じだ。
「まあ、そうですね。お客さんにクレーム言われることもありますし、長時間労働の割には給料も安いですし」
「辞めよう、とは思わないんスか?」
「それでも私は、この仕事が天職だと思っているので」
「ほう? 詳しく聞いてもいいっスか?」
「別に構いませんけど、今はもう時間が無いので。営業所に戻ったらお話ししますね」
「おっと。失礼したっス」
話し込んでいるうちに発車時刻の五分前になっていた。
私はエンジンをかけて、お客さんが待っている停留所の位置へとバスを移動させる。
「お待たせいたしました。異49系統、アデュツィ役所行きです」
『ピンポンパーン。大変お待たせ致しました。このバスは異49系統、ニサーラ大師経由アデュツィ役所行きです。発車までしばらくお待ち下さい』
情報屋スティールさんの密着取材は、まだまだ終わらない。
次回「異49折返系統」に続く




