現実
彼の体は、トンネルの冷たい床の上に横たわってた。水面の反射が彼の顔を照らしてた。最初は単に転んだだけだと思って、私は笑いながら言った。
「何やってるの?魚を見てたら歩き方忘れちゃった?」
馬鹿げた冗談だった。私たちの間ではよくある、軽口の叩き合い。そうであってほしかった。心の底からそう願った。
彼は私の冗談に答えなかった。いつもなら即座に何か言い返してくるのに、それが不気味だった。近づいて彼の顔を覗き込むと、顔中が汗でビッショリだった。私は彼のそばに膝をついて、何度も名前を呼んだ。でも、無駄だった。彼は意識を失ってた。
触れようともしなかった。状況を悪化させたくなかった。
私にできる唯一のまともな行動を取った。係員に知らせ、携帯で救急車を呼んだ。救急車はすぐに到着した。救急隊員たちはすぐに彼を車両に乗せ、病院へ向かった。私も一緒に乗った。ユウトくんの顔は、一瞬でピンク色から真っ白に変わってた……まるで死体のようだった。私の不安は頂点に達してた。救急隊員は素早く人工呼吸器を取り出し、彼の顔に装着した。私はただ座ってそれを見守ることしかできなかった。病院に着くと、彼らは彼を急いで蘇生室へ運び込んだ。私はしばらく後を追ったが、もちろん、それ以上は入れてもらえなかった。
待合室で待つように言われた。
時間が止まったかのようだった。待合室には私の他に、二人の人がいた。正確には、一人の男性と一人の女性。お互いに知り合いではなさそうだったから、それぞれ別の患者の付き添いだろう。
ユウトくんが蘇生室に運ばれてから、もう一時間近くが経ってた。
その間、看護師が一度だけ来て、家族に連絡が行ったことを伝えてくれた。もっと詳しい情報を尋ねようとしたが、家族ではないという理由で何も教えてもらえなかった。
まだ何が起こったのか、受け入れられなかった。そこに座って、首にかけたネックレスを握りしめ、すべてがうまくいくことを願うしかなかった。ユウトくんに何が起きたのか、医者が何をしてるのか、まったく見当もつかなかった。一秒ごとに、医者が部屋から出てきて「大丈夫ですよ」と言ってくれるのを待ち望んだ。彼が一刻も早く目を覚ましてほしかった。
「アヤメ!」
名前を呼ばれて振り返った。チカさんが私に向かって走ってきてた。
「何があったの?詳しく教えて」
彼女は極度に心配してた。私の話を聞く間、彼女の顔には落胆と不安が入り混じった複雑な感情が浮かんでた。
「わかった……」彼女は落胆した様子で言った。
心配してるのは明らかだったけど、彼女の目には、何が起きてるのか知ってるという色があった。まるで、今回のことが彼女にとって初めてじゃないかのようだった。待つことに疲れ、謎に囲まれることに疲れた私は、直接彼女に尋ねることにした。
「教えて……何が起きてるの?彼はどうなってるの?知ってるんでしょ?」
「えっと……その……実は……」
チカさんは、ちょうどその瞬間に医者が部屋から出てきたことで、私の質問から救われた。
「ナカガワさんのご家族の方ですか?」私たちは立ち上がって医者に近づいた。
「先生、兄はどうなんですか?」チカさんが尋ねた。
「今のところは落ち着いています。発作を起こしましたが、今は危険な状態を脱しています」
「危険を脱した」という言葉に、私は安堵の息をついた。
「会えますか?」私が尋ねた。
「今は意識がありません。眠っています。休息が必要です。明日来られることをお勧めします」
「わかりました」私は残念そうに答えた。
「ナカガワさん、少しお時間よろしいですか?」
「はい」チカさんはそう言ってから私の方を向いた。「入り口で待ってて。すぐ戻るから、一緒に帰ろう」
「わかった」私は答えた。
医者との話が終わると、彼女は私が待つように言われた場所に来て、一緒に車に向かった。
車に乗り込むと、彼女がキーを差し込む前に、私は彼女の腕を掴んだ。
「アヤメ?」
「教えて……彼はどうなってるの?お願い」私はためらいながら言った。
「彼は……あまり良くないの。それだけしか言えない。彼があなたや他の人に知られたくなかったから、これ以上は言えないの。もっと知りたければ、彼に直接聞いたほうがいい」
そうして私たちは何も言わずに家に帰った。沈黙を破ることなく。
翌日、授業が終わった後、私は病院に駆けつけた。どうしても彼に会いたかった。聞かなければならないことがあった。答えを求めるつもりだった。答えを得るまでは絶対に帰らないという強い決意があった。でもその前に、近くのケーキ屋に寄った。最良とは言えない状況を、少しでも和らげたかった。
病院に着くと、正面の受付カウンターに近づき、彼の部屋番号を尋ねた。
数ヶ月ぶりに、彼の病室のドアの前に立った。もうすっかり慣れてしまった、いつも病院に関係する私たちの変な出会い。何を言おうか考えた。あまり詮索しすぎたくはなかったけど、同時に、彼を苦しめてる問題を知りたかった。
人が突然、何の前触れもなく倒れるなんて、普通じゃない。妹だけは、その状況に慣れてるように見えた。そんなことを考えれば考えるほど、ドアの前で立ち尽くしてても何も始まらないとわかり、私はノックした。ドアが少しだけ開いてることに気づいた。顔を覗かせると、彼は私に背を向けてた。あの事故の日と同じように、窓の外の世界を見つめてた。患者用のガウンを着て、部屋は今にも沈もうとしてる夕日の光に照らされてた。
初めて彼の部屋を覗いたとき、彼はただ物思いにふける人に見えた。でも今回は、弱々しく、無防備に見えた。まるで誰にでも簡単に折れてしまいそうな小枝のように。
突然、彼は窓にさらに近づき、窓を開けた。新鮮な空気を吸いたいのかと思った。でも、彼の口からは悲痛な叫びが漏れた。まるで魂の奥底から絞り出されたような叫びだった。
「神様、どうして!!!!!」
肺の空気が尽きるまで叫び続け、やがて叫びは衰え、震えに変わった。数瞬の間、夕日が彼の頬を伝う涙を照らした。運悪く、ちょうどその瞬間に彼が振り返った。私たちの視線が交差した。
「ち、ちわ……」私は気まずそうに言った。気まずいのは当然だった……彼のプライベートな瞬間を盗み見してたんだから。怒られるんじゃないかと怖かったけど、彼は少し驚いた様子で、優しく答えた。
「ち、ちわ……どうしてここに?」濡れた顔を素早く拭い、泣き続けるのを必死にこらえてた。私が来なければ、彼はきっと子供のように泣き続けてただろう。
「えっと……お見舞いに来たの。お菓子も持ってきたよ」肩の高さで袋を揺らした。
「本当?ちょうど甘いものが食べたいと思ってたところだよ。いいアイデアがあるんだけど、トランプしない?」苦しんでるのを隠そうと、強がって微笑んだ。
「いいよ」
部屋のドアを閉めた。彼はベッドに横になり、私はその隣に座った。彼は近くの引き出しからトランプを取り出した。きっと病棟のスタッフが置いたものだろう。私たちはゲームを始めた。
部屋の中の時間は止まってた。廊下からは誰の声も聞こえてこなかった。聞こえるのは、時計の針の音と、私たちがターンごとにカードをめくる音だけだった。
それでも、私はまだ彼の体調不良の話題に触れてなかったし、どんな質問をしようかも考えてなかった。
さっきまでの決意は揺らぎ始めてた。彼を怒らせるのが怖かった。彼の個人的な問題だ。私が詮索する権利はない。もし話したいと思えば、これまでに話してくれてたはずだ。でも知りたかった。チカさんは直接彼に聞くように言ってた。そうしなければ、私は状況を知らされないままだ。
段階を踏んで核心に迫ることにした。
「さっき、どうして叫んだの?」
「ああ、聞こえてたんだ」頭の後ろを手でかきながら、笑って答えた。
「うん。涙も見えた気がする」
「なんて気まずいんだろう。ただちょっと発散しただけだよ。それ以上でも以下でもない」
「そうなんだ……で、何があったの?」
それが彼の問題に関係してることはわかってた。でも、あんな反応をするなんて、簡単に処理できるものではないはずだ。何かの病気だろうか?過去に事故に遭って、それが今になって影響を及ぼしてるのだろうか?私の質問に答えは返ってこなかった。でも、私は諦めなかった。数分間、カードを続けた後、再び質問を続けた。
「いつ退院できるって言われたの?」
「まだ聞いてないけど、このまま順調なら、もうすぐ出られると思う」
「そう」
会話はそこで途切れた。でも、私は諦めなかった。さらに数秒の沈黙の後、もう一つ質問をした。今度はもう少し直接的な質問を。
「今までにも気を失ったことはあるの?」
「うん。でもただのストレスだよ」
それは本当じゃなかった。もしそうなら、チカさんが車の中でそんな反応をするはずがない。彼が私に嘘をついてることに、少し苛立ちを感じた。ただ「言いたくない」と言ってくれればよかったのに。
もうたくさんだと思い、私は開き直ることにした。あの事故の日、まだお互いに他人だった頃、彼は躊躇なく私の人生に踏み込んできた。
「嘘つき……」
「ん?」彼はまだ知らないふりを続けてた。私を馬鹿扱いしてる。
「本当のことを教えて。違うんでしょ?何があるの?」
「ただの疲れだって言ってるだろ。それだけだ」
「信じない!嘘だってわかってる。本当のことを教えて」私は立ち上がった。
「お前に関係ないだろ!わかったか?もう詮索するな」彼も立ち上がり、怒鳴り返した。
その言葉は、鋭い刃物のように私の胸に突き刺さった。理屈の上では彼の言い分が正しいとはいえ、彼に大声でそう言われるのは辛かった。
「そうね。私に関係ないわ。でも、私は——あなたが一番近い人だと思って、自分の過去を話したの。お互い様だと思ってた。でも、どうやら間違ってたみたい。質問して迷惑をかけたなら、ごめんなさい」
涙を浮かべながらそう言って、ドアに向かって歩き出した。でも、ドアにたどり着く前に、突然彼に手を掴まれ、引き寄せられた。気づくと、私はベッドの上に仰向けになってた。ユウトくんが私の上に覆いかぶさってた。偶然ベッドに倒れ込んだのか、彼が私を押し倒したのか、わからなかった。それでも、私たちの手はまだ互いに強く握り合ってた。
「何してるの?」尋ねても答えはなかった。
「ユウトくん?」もう一度尋ねると、彼は私の手をさらに強く握った。
「あっ、痛い」最初は怖かった。この体勢では、彼が力ずくで何か不適切なことをしようとしてると思われても仕方なかった。彼の呼吸はますます荒くなり、大きな黒い瞳が潤んだ。一滴が私の顔を濡らした。彼は泣いてた。
「何が欲しいんだ?何を言えばいいんだ?俺はすごく怖いんだ。毎日を恐怖の中で生きてる。太陽の光をもう二度と見られなくなる恐怖、周りの音をもう聞けなくなる恐怖、思い切り息ができなくなる恐怖、心の中を叫べなくなる恐怖。まともな人生を送れない恐怖。毎晩、祈ってる。次の日も目を開けて、明日を迎えられますようにって」
「お願い……教えて。何があるの」
彼は空いてる方の手で、自分の頭を指さした。「ここに、小さな怪物がいるんだ」
「な、何?」思わず信じられない気持ちで答えた。
「脳に……癌があるんだ。毎日、俺の人生を蝕んでて、逃れられない」
彼は荒い呼吸を続けてた。
その知らせはあまりに予想外で、私の脳は彼の言葉を処理するのに苦労した。
彼の下に横たわったまま、動かずに、私は彼の目をまっすぐに見つめた。彼を落ち着かせるために何と言えばいいのか、わからなかった。
私がした唯一のことは、彼の顔を自分の胸に引き寄せ、子供をあやすようにゆっくりと頭を撫でることだった。
その時、距離が近かったせいで、彼の髪の匂いが感じられた。私を酔わせた。
しばらく時間がかかったけど、彼はようやく落ち着いた。水を飲んだ後、私たちはベッドに並んで座った。
その瞬間、私はただ泣きたかった。でも、こらえた。その時は、彼を支えるために強くあらねばならなかった。そして、私は直接的に尋ねることにした。回りくどい言い方はせずに。
「教えて……全部……全部知りたい」
ユウトくんは深く息を吸い込み、話し始めた。




