覚醒
目が覚めたとき、まず感じたのはズキズキする頭痛だった。
「……うっ……」
重いまぶたを開けると、見慣れない天井が広がってる。ぼんやりした視界の中で、必死に記憶を手繰り寄せた。
(……そうだ。祭りの後、ユウトの家に泊まったんだった……)
体を起こそうとして、違和感に気づいた。
何かが、重い。
下を見ると、布団の中にユウトがいた。しかも、すごく近い。私たちの距離はほとんどなくて、彼の規則正しい寝息が耳元で聞こえる。
「……っ⁉」
一瞬で頭が覚醒した。
な、な、な、なんで⁉
慌てて飛び起きようとしたけど、体がうまく動かない。というか、ユウトの腕が私の腰に回ってる。しかも、私たち、布団、一つの布団に一緒に入ってる⁉
「あ、あ、あ、あ……」
パニックになりながら、必死に昨夜の記憶をたどる。
確か……部屋に戻って、浴衣のまま話してて……それで、お酒を飲んで……それから……
(……それから……⁉)
記憶が途切れてる。お酒の勢いで、何かやらかしたんじゃ……⁉
顔が一気に熱くなった。心臓がドキドキして、耳の中まで自分の心拍音が聞こえる。
(落ち着け、落ち着け私……! まずは状況を把握しろ……!)
深呼吸をして、必死に冷静さを取り戻す。
まず、服は着てる。浴衣のまま。乱れてはいるけど、脱がされてはいない。それはひとまず安心。
でも、なんで同じ布団⁉ しかも、なんで抱きしめられてるの⁉
ユウトの顔をチラリと見る。まだ眠ってる。寝顔はすごく穏やかで、ちょっと子供っぽく見える。普段はあんなに落ち着いてるのに、寝てるときは無防備で……
(……いや、そんなこと考えてる場合じゃない!)
どうにかしてこの状況から抜け出さないと。でも、ユウトを起こしたら、すごく気まずい。どう説明すればいいんだろう。「おはよう、一緒に寝てたね」って⁉
そんな会話、できるわけがない。
慎重に、ユウトの腕を自分の腰から外そうとした。でも、彼が少し身動ぎして、腕に力が入る。
「……ん……」
「っ⁉」
ユウトのまぶたがピクピク動いてる。起きる兆候だ。
(やばいやばいやばい……!)
慌てて目を閉じたふりをする。心臓の音がうるさすぎて、絶対にバレてる気がする。
数秒の沈黙。
ユウトが動いた気配がする。そして、私の顔をじっと見つめてるような気配。
(見てる……絶対に見てる……!)
「……アヤメ?」
ユウトの声が、すごく近くでした。
(どうしよう、どうしよう……!)
起きたふりをするべきか、それともまだ寝てるふりを続けるべきか。葛藤の末、私は「今起きた」ふりをすることにした。
「……ん……?」
できるだけ自然に、まぶたを開ける。そして、ユウトと目が合った。
「……おはよう」
ユウトが言った。すごく普通に。まるで、これが日常の光景だと言わんばかりに。
「……お、おはよう……」
声が上ずった。それどころじゃない。なんでそんなに冷静なんだ、こいつは⁉
「……よく寝てた?」
「え、えっと……うん……」
気まずい。この世で一番気まずい。
「……あの、なんで……同じ布団で……?」
勇気を振り絞って聞いてみた。
ユウトは一瞬きょとんとして、それから「ああ」と呟いた。
「……お前、夜中に寒いって言って、俺の布団に入ってきたんだぞ」
「……え⁉」
「覚えてないのか?」
「お、覚えてない……全然……」
(私の方から入ってったの⁉ 何やってんだ、私は……!)
顔から火が出そうだった。恥ずかしすぎて、このまま布団に埋もれて消えてしまいたい。
「……それだけじゃないぞ」
ユウトが、ちょっと困ったような、でもどこか楽しそうな声で言った。
「……え?」
「お前、酔っぱらって、いろいろ言ってたぞ」
「……いろいろって……何を……?」
嫌な予感がする。すごく嫌な予感が。
「……『ユウトのこと、好きでごめん』って」
「…………」
一瞬、時が止まった。
「……それと、『ずっと一緒にいたい』って。あと、『キス、覚えてる?』って」
「………………っ⁉」
全身の血が逆流するかと思った。
(言った……言っちゃった……! しかも、キスのことまで……!)
「……それで、俺が『覚えてるよ』って言ったら、お前、泣きながら笑ってた」
ユウトの声が、優しかった。からかうでもなく、責めるでもなく、ただ事実を伝えるように。
「……そっか……私、そんなこと言ってたんだ……」
もう、隠しようがない。全部バレてる。
「……ごめん」
小さな声で謝った。
「……何が?」
「……その……いろいろ。気持ち、重かったよね。こんなことになって、困らせちゃったし……」
「……困ってない」
ユウトの言葉に、思わず顔を上げた。
彼は、真剣な目で私を見てた。
「……俺も、同じ気持ちだ」
「……え?」
「……俺も、お前のこと好きだ。ずっと前から。言えなかっただけで」
心臓が止まるかと思った。
今、なんて言った?
「……でも、俺には余命が——」
「——そんなの、関係ない」
気づいたら、口が動いてた。
「……私が好きなのは、今のユウトだよ。余命がどうとか、そんなの関係ない。一緒にいたいから、ここにいるんだ」
ユウトの目が、大きく見開かれた。
「……アヤメ……」
「……それに、まだ決まったわけじゃないんでしょ? ちゃんと治療すれば、治るかもしれないし」
「……そうだな」
ユウトが、小さく笑った。
「……お前って、本当に強いな」
「……強くなんかないよ。ただ、ユウトといたいだけ」
そう言ったら、ユウトが私をぎゅっと抱きしめた。
「……ありがとう」
彼の声が、耳元で聞こえた。
「……うん」
私は、そっと彼の背中に手を回した。
しばらく、そのままでいた。
朝の光が、窓から差し込んでいた。昨日までとは違う、新しい一日の始まりだった。
〈……これが、私たちの新しい関係の始まり〉
心の中で、そう呟いた。




