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終わりのはじまり

 

「――――ナラノ」


 マリアの呟いた声だけが空間に響く。


「〜〜っ!! マリ?! どうして、こんなことをっ……?」


 わけがわからないまま、私を見下ろしているマリアを見つめた。








 目が覚めると、私は手足を縛られた暗闇の中にいたのだ。


(確か、マリアから呼び出された部屋に行ったら、マリアと変な男達がいたのよね。それで、私はその中の男に頭を殴られて…………あれ? そこからの記憶がない)


 ということは、私は気を失わさせられて、攫われた?


(でも、どうして……? 理解できない。どうして、いきなりこんな所に閉じ込められているの?)


「……どうしてですって? とぼけてるの? 私からフランツ先生を()()()あなたが今さらわからないフリ?」


 疑問が顔に出ていたのか、マリアは私を睨みつけていた。



(奪った、ってどういうこと……?)





 ――マリアの話が理解できない





 マリアがフランツに告白をしていたことは、知ってる。


 けど、フランツはマリアの告白は断ったはずだ。


 フランツとマリアは、付き合ってなんかいない。


 そもそも、マリアは奪ったなんて言うけれど、フランツはマリアのものなんかじゃないのだから、その言い方は理解できない。


「ごめんなさい、マリア。でも、あなたが何を言っているのか、わからない。こんなことはやめて私を解放して。こんなの、冗談じゃすまないと思うの」


 どうやら、見渡す限り私がいるのはどこかの倉庫のようだ。場所は、知らされていないのでわからないけど、とても清潔な場所ではない、ということは確かだ。空気が埃っぽい。


(せめて、ここが何処だかわかればいいのだけど)





―――






 夏休み中に、私達は主要な貴族を招いて、フランツとの婚約式を終えている。





 ―――正式に、私とフランツは婚約者になった。





 結婚は、年齢の関係や世間体もあって、ペリクレス貴族学院を卒業してから、ということになっているので、まだできていない。

 だけど、正式な婚約者になったので、教師と生徒だからって前みたいな()()()関係じゃなくなった。


 夏休み明けの学校では、禁断の関係でもなくなった私とフランツの関係は、学校でも堂々と公表して過ごせるようになっていた。


(フランツと婚約できて、ほんとによかったわ)


 夏休み中の婚約式で久々に会ったアロイスに、

『アロイスのことは幼馴染としては好きだけど、私はやっぱりフランツを好きなこと。それから、フランツと今までのことを話し合って誤解も解けて、両想いになれたこと』、を伝えた。


 アロイスは少し寂しそうにしながらも、私とフランツにお祝いの言葉をくれた。



「…………そっか。ナラノがフランツ先生と両想いになれて、幸せっていうんなら、俺はそれでいい。ナラノ、おめでとう。

 でも、俺はナラノが幸せじゃない、って感じてると思ったら、フランツ先生からナラノを奪っちゃうかもしれない。


 ――フランツ先生、これからも俺はずっと2人を見守ってるから、ナラノを幸せにしてくれよな?」


と、アロイスはなんとも不敵な笑みでフランツを見つめていたのは気になったけど。


 フランツもフランツで、アロイスに向けて、

「ああ、私に任せるが良い。アロイスの出番はないだろうからな」

と、恐ろしいほど寒気を伴う笑顔で答えていた。


その時の2人の間の空気は張り詰めていた。


(うん、あれは怖かった)


 他のみんなが私達のことを祝ってくれている中、この2人のやりとりは際立っていて、とても怖かった。


(あ、いや……アロイスだけじゃなくて、兄ホワイトとフランツの会話も中々不穏だったかも。)


 あんまり考えてもわからないし、フランツに尋ねても、「君は気にしなくていい」と、曖昧にはぐらかされてしまうだけなので、理由はわからないままなんだけど。



 ちなみに、その婚約式では、一応リバース男爵家のマリアも招待した。


 だけど、『体調が優れない』といって、マリアは不参加だったのだ。マリアにも、ちゃんと私達のことを話したかったんだけど、無理強いはできないよね。





―――





 前世でフランツと結婚したマリアに対して、私が抱く感情は複雑だったりする。

 前世は前世、今世は今世だって、わかってるんだけど、やっぱり前世のフランツの元妻であるマリアに対しては、なんだか割り切れない気持ちもあるのだ。



 やり直しの今世では、嬉しいと素直に言って良いのか迷う所だけど、マリアの告白をフランツが受け入れず、私と婚約してくれて幸せだ。


 でも、やっぱり前世でフランツの妻だったのはマリアだってことが、引っかかる。


 だからなのか、『なんだか、本来ならマリアがフランツと結びつくはずだったはずなのに、私が邪魔しちゃったんじゃないか』、って思う気持ちもあって複雑だ。


(ただ、それでも、今でも大好きなフランツをマリアに譲る、って気持ちにはなれないんだけどね。

 私の性格が悪いのかもしれないけど、フランツがマリアを望んでないのなら、フランツには私のそばにいてほしい、と思ってしまうんだよね)


 もし、マリアから『フランツを譲ってよ!』なんて言われても、たぶん頷けそうにない。

 どんなに言われても、私は首を横に振ることしかできないだろう。






―――






「ははっ! ばかね、ナラノ! これが、冗談なわけないじゃない!

 あなたには、これから……死んでもらうんだから!!」


「!!」


 馬鹿にしたようにマリアは私の言葉を鼻で笑った。少しムカッとイラついたけど、翳った目をしたマリアは、明らかに冷静さを失っていて不気味だ。


 普段のマリアとは様子が違う。


(何かが、おかしい……!)


「死んで、もらう……? ……どう、して? マリア、そんな怖いこと、言わないで。私たち、友達でしょう?」


 なるべくマリアを刺激しないようにしながらも、気になることがある。


(どうして私を殺そうとするの?)


 そんなの、あまりにも理不尽だ。せめて、理由くらい知りたい。


 まぁ、そもそも死にたくない、っていう気持ちの方が強いけど。







 ……前世で、私がマリアをどんな気持ちで見ていたと思ってるの?


 友達だったはずのマリアがフランツと結婚するなんて、最悪だった。


 なんという悪夢なんだろう、悪夢であってほしい、と何度思っていたことか。


 しかも、私はマリアがフランツと知り合うよりもずっと前からフランツに恋をしていたのに、最後までまともにフランツに告白もできないまま、マリアとフランツの結婚式を見なければならなかったのだ。


 結局私は、前世では最期まで結局フランツに自分の気持ちを伝えることすら、できなくて後悔したのだ。


 でも、マリアは、今世でもフランツに告白して、自分の気持ちを伝えられたんでしょ? それで、フランツから返事ももらえたんでしょう? 


 ――それは、前世の私が叶えられなかったことだ。


 ずっと一緒にいて好きだった人に、気持ちすら伝えることすらできずに、失恋するのがどれほど辛いか。前世の私が、『せめて、告白したかった!』、と何度後悔したと思うのだ。


 フランツに告白してマリアが失恋したのなら、辛いだろうけど前世の私よりはマシじゃない。



 もしフランツにマリアが振られて、『私を殺そう』とか、こんなことをするんだったら、それは酷いと思う。考えが怖いし、やりすぎだ。


 私だって前世ではマリアより先にフランツに出会って好きだったのに、告白すらできなくて辛かった。

 けど、さすがにこんな酷いことをして、友達のマリアを殺そうだなんて思わなかった。





 ――それに、……前世ではマリアだって、フランツと幸せになれたじゃない。今世ぐらい、両想いになれた友達の私に幸せを祝ってくれてもいいんじゃないの?


 まぁ、これは、私が前世を覚えてるだけで、今世のマリアには関係のないことかもしれないから、言ってもしょうがないけどね。






 ただ、前世で私も失恋したことがあるから、今世で失恋したマリアの気持ちもわかるところもある。


 だけど、ようやく私とフランツが両想いになれたのだから、今世くらいは友達の私の幸せを祝ってくれても良いと思うのに……、と自分勝手かもしれないけど、思ってしまう私もいる。




 ――だって、マリアの()()だった前世の私に、あなたは『ナラノ、祝福してくれるわよね?』と言ったじゃない。


 あの言葉は、衝撃的だった。




( ()()、って……何なのだろう?、って考えさらられたわ。)



 あの言葉、今でも、私は忘れられないのよね。


 マリアの言う、友達、って、そういうものだったんだ、って思ったのよ。

 こんな友達は、私の思う友達じゃないな、って思ったりしたの。



 ――だって、マリア。今思い返してみると、前世のあなたは、私がフランツを好きだってこと、知ってたはずでしょう?




 ……私思い出したの。




 前世であなたに、『ナラノはフランツ先生が好きなのね。応援してるから』って、言われたこと。

 やっぱりマリアは友達の私がフランツを好きなことをわかった上で、私が好きなフランツと結婚したのだ。



(最低ね)




 それでも前世の私はマリアの友達として、大好きだったフランツとマリアを祝ったのよ?


  ()()だから、ね。




 ――前世で、()()の私にそんなことを願ったあなたが、友達の私の幸せを祝ってくれないわけがないでしょう? 

 だって、今世でもあなたはマリアで、本質は変わっていないと思うから。







(もし、それでも、自分の時は祝ってほしくて、友達のときは祝いたくない、なんてことをするのなら、あなたはなんて自分勝手なのかしら?)






 でも、……こんな嫌な考えをしちゃう自分が嫌にもなってきて、私は黙り込んだ。


(だめだ。こんな嫌な考えばかりして、相手の気持ちをいたわれない、なんて良くない人になっちゃいそうよね。)


 マリアに対して、良くない考えが頭の中でいっぱいになりそうなので、私は一旦考えるのをやめた。






―――




 


「あははっ! ナラノ、あなたって、ほんっっとに、バカねっ! 私とナラノが友達? そんなわけ、ないじゃない! あなたと私が友達だったことはないわよっ! 私はね、…………ずっとあなたのことが大っっっ嫌いなんだからっ!!」


 思考の海から戻ってくると、マリアが信じられないことを言っていた。


 でも、なんだかマリアの言葉が、ストンと腑に落ちた。



(やっぱり、あなたが言う()()を私はずっと信じてきてたのに、あなたは私のことを友達だなんて思ってなかったんだね)



「!!!! …………どう、して?」



 なんとなく感じるものがあってわかってはいたけど、ショックはショックだ。

 呆然とする私を楽しそうに、そして、私のことが憎くて堪らないという目で見つめてくるマリア。


(それなら、前世ではわざわざフランツとの結婚式に呼ぶなんて、わざと私を傷つけていたって、ことよね?)


 マリアに対する負の感情が湧いてくる。


「私ね、ずっと、あなたが嫌いだったの! 家柄も容姿も頭も賢くて、その上性格も良くて、誰からも愛されてるなんて……っ! そんなの、ズルイわよっ!! しかも、あなたは私が欲しかった男から好意を寄せられてるのに、気づきもせずにウジウジしてっ!

 …………なんなの、あなた? 」


「……」


(たしかに、はたから見たら、私はウジウジしてるように見えていたかもしれない)


 それは、私が悪かったと思うけど……私、そこまであなたに嫌われてたのね。




 ――だから、あなたは前世でも、今世でも、私を傷つけたってことなの?




「私の方が、ナラノなんかよりずっと良いのよっ!! 今の私は、まだ男爵令嬢だけど。もし私が公爵令嬢だったら、アロイスさんもフランツ先生も、他のものも、ぜーんぶ私のものだったに違いないのよ!!」


 どこか視点の合わない目で、幸せそうな顔で語り続けるマリアは気が触れてしまっているようだ。

 目の前にいるのに、まるで独り言のように、楽しそうにうふふふっ、と笑ったりしていて、不気味だ。


(なんとかここから、逃げ出したいわ)


 手足が縛られていて動けないけど、私は何とかマリアから離れられないかと、縄をほどこうとした。案外しっかりと括ってくれてある縄はビクともしない。


 けど、何も抵抗しないまま、殺されるのなんて嫌だ。


「――ナラノ、あなた()()()を知ってる?」


 狂ったように1人で笑っていたはずなのに、マリアがまた私を見つめていた。


(……なにか嫌な予感がする)


 マリアが右手に持っている瓶からは、禍々しい嫌なオーラを感じた。


「っ、し、知らないわ」


「あははっ! お利口さんのナラノでも、やっぱり()()のことは知らないのね。これはね……」




 ――ずっと、あなたを蝕んで苦しめていたものよ?





 気持ちが悪いくらい口角をニヤリと上げて、マリアが微笑んでいた。その笑みは、今まで見る中で1番憎悪にまみれた笑顔だった。


「……知ってた、ナラノ? フランツ先生が今まで、ナラノを救うためにどれだけ大金を使ってきたか? 公爵令嬢のあなたは、きっとそんなことも知らないでしょう?」


 それは、きっとフランツが婚約する前に私に話してくれたことだろう。


 私も、自称神様のこととか、やり直しの前の世界のこととかをフランツや家族に話したけど、フランツも今までのことを話してくれていた。


(フランツから話を聞いておいてよかったわ。何も知らずにマリアから話を聞いていたら、今の言葉できっと私は動揺していたでしょうから。)


「なぜか、あなたはそれから解放されてしまったみたいだけど……これをもう一度飲んだら、どうなるんでしょうね?」


 ふふふ、とマリアがその瓶を揺らしながら、

 コツ、コツ、コツ、とわざと足音を響かせながら私に近づいてくる。




 ――近づいてくるマリアは不気味だ。




「っや、やめて、マリア。殺すとか、薬とか、どうしてそこまで酷いことをするの?

 こんなことは良くないから、やめて。マリア、今ならまだ間に合う。

 私、あなたには何もされなかったと、言うから。だから、やめて。


 ――これ以上したら、もう私でもあなたを助けられないし、引き返せなくなっちゃう……!」


 綺麗事かもしれないけど、私はこれ以上マリアに酷いことをされたくないし、させたくなかった。

 もちろん、こんなことをしてくるマリアのことはもう好きじゃない。嫌いだ。



 でも、私は裏切られたけど一度は友達だったマリアのためにも、マリアを止めたかった。


 こんなことをしたら、きっとすごい報復がマリアに返ってくるはずだ。


 私はベネット公爵令嬢で、ロバーツ公爵家のフランツの婚約者なのだ。私を溺愛するベネット公爵はもちろんのこと、フランツだって許さないだろう。これは、自惚れなんかじゃくて事実だ。


 もしこのままベネット公爵令嬢の私をマリアが殺したら、私を愛する彼らが黙っているはずがないのだ。

 実行犯のマリアも、その巻き添えになる形でリバース男爵家の全員も、容赦なく処罰されてしまうと思うのだ。



 ――そんなのは、嫌だ。なんとなく、モヤモヤする。



「うるさいわね……いい加減、黙りなさいよ、ナラノ! あなたのそういう、偽善的で最後まで人に優しい所が腹が立つのよ!


 ……もう、もうっ、どうせ私には後がないのっ!! リバース男爵家は終わりなのよっ! これも全部、ロバーツ公爵家のフランツ先生を奪ったナラノのせいよっ!! あんたさえいなければ、今頃フランツ先生の婚約者は、私だったはずなのよ!! リバース男爵家だって、こんなにお金に苦労はしなかったはずよっ!!」


 マリアは泣き叫ぶように顔を歪めていた。その表情は、追い詰められていて、私を殺すことしか頭にないようだった。


(……怖い)


 マリアら怯えている私の表情すら楽しんでいるようで、敢えてコツ、コツ、コツ、と音を響かせながら近づいてくる。


「………………さようなら、ナラノ」


 マリアは呟くようにポツリとそう言って、私の口元に気持ちの悪いオーラの瓶を押し当て、私の鼻をつまんだ。


 瓶の中身を飲み込め、ということだろう。


 でも、その瓶の中身を飲み込みたくなくて、私は口を閉ざした。



 必然的に、鼻をつままれているし、口を開けば瓶の中身が入ってくるので、じっと苦しいのを我慢する。


 でも、鼻と口から空気が入ってこなくなるので、私は次第に呼吸が苦しくなってくる。



(息ができない……くる、しい……助けて、フランツ)



 次第に意識が朦朧としてくる意識の中、『飲むものか』、と思って閉じていた口も、力が抜けてきて、マリアの手でこじ開けられそうになる。


「飲みなさい、ナラノ! それで、元通りになるの。全てが上手くいくはずよ! フランツ先生の婚約者は私になって、リバース男爵家もフランツ先生からの大金で危機を脱せるはずなのよ!!」



(息ができない。苦しい……)



 手足は縛られたままでロクな抵抗ができていないけど、せめて朦朧とする意識の中で私はとにかく口を開けないことに専念した。


 蹲ったままだけど、首をそらしたりして、瓶の中身が口に入らないように抵抗していた。


「あなたがこれを飲んでもまだフランツ先生が思い通りに動いてくれないって言うのなら、…………ナラノ、あなたが死んでくれたらいいだけなのよ! あなたさえいなくなれば、それでいいの! 


 ふふふ。でも、ごめんね、ナラノ。フランツ先生がどんなにあなたを助けようとしても無駄なの。


 だって、私はあなたほど優しくなんてないから、どんなにフランツ先生にお金を積まれても、あなたを助けることなんてしてあげるつもりはないのだからっ!!


 あはははっ! でも、フランツ先生は私のものよっ!! あなたはフランツ先生を私に奪われて悲しみ、この世からいなくなってくれたらいいのよ!!」


 私がいなくなれば全て解決する、と盲目的にマリアは思っているみたいだ。怖い。

 でも、そんなことを言われて、『はい、死にます』なんて素直に頷けるわけがないけど。


 呼吸ができなくて、私の意識はだんだんさっきよりもぼんやりと朦朧としてくる。力を込めようと気合いを入れてもだんだん身体から力が抜けてきて、マリアが私の口に瓶の中身を流し込もうとしてきた。



(苦しい……これで私、死んじゃうのかな……)



 あぁ、せめて一目、フランツに会いたかった。


 やり直しの世界の私の結末はこんな終わってしまうのか、と思うと涙が出てくる。



 そうして、私の意識は遠くなっていった。



 最後に、ドタドタドタッ!!、と複数の足音と、「ナリィ!!」というフランツの声を聞いたような気がした。





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