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マリアと破滅の音

 



 バァアアアアンっ!!!!!





 室内では物がぶつけられた大きな音が響いていた。


「どうなっておるのだっ!! なぜ、ロバーツ公爵家の倅は『今後は取引を取りやめる!』、などと言い出すのだっ!!」


「ヒィィィッ! わ、わかりません!

 な、なぜか、『もう必要はなくなった』としか申されず取り合って下さらなかったのです。

 さすがに、取引がなくなるのは困ると思いましたので、こちらから、『それならば値引きしてやっても良い』、とも提案して、取引をするように促したのですが、それもすげなく断られてしまいまして……」


 父イシュハルトは、自分の部下に厳しく怒鳴り散らかしていた。その声に、部下は萎縮しながらも困りきった様子で答えていた。




 そのやりとりを見て、マリアはため息をついた。



(私の父は、嫌なことがあるとすぐに大声を出して怒るのよ。あー、ほんっと、嫌になっちゃうわっ! )



「なぜだっ!! 取引をやめれば、ナラノ=ベネットがどうなるか、わかっているのか?! ロバーツ公爵家ならば、金はたんまりとあるはずだ!


 ……まさか、マリアに惚れすぎて、ナラノ=ベネットに莫大な金をかけるのは止めたというのか? ありえるな。だが、それはだめだ。ロバーツ公爵家の倅が取引に応じてくれなければ、我が家は火の車だっ!! 


おいっ! もう一度、ロバーツ公爵家の倅の元に取引を持ちかけに行って来い!!」


「!! し、しかしっ! ロバーツ公爵家のフランツ様からは『もう来るな』と言われてしまいました。あの時のフランツ様はとても恐ろしかったですし、私にはとても! とても、行けそうにありませんっ!!」


 父の部下は、言いにくそうにしながらも、フランツ先生の元に行くのを断っていた。



(あれほど怖がるなんて、根性がない男ね)



 マリアは、怒ったフランツがどれほど恐ろしいかわかっていないので、呑気にそんなことを考えていた。



「なっ、なんだとっ!? 私の命令に逆らうのか!! いいっ! お前はクビだっ!!

 しかし……いくら公爵家で、我が男爵家より位が上だからといって、何という物の言い方をしてくるのだっ!! ロバーツ公爵家の倅は、マリアにぞっこんのはずだろう?! ……なぁ、そうなのだろう、マリアっ!?」



(叫ばないでほしいわ。唾が飛んでくるし、何より耳が痛いもの。)



 マリアは、父イシュハルトの呼びかけにわずかに嫌そうな表情を浮かべた。


「ええ、そうよ! フランツ先生は、ナラノとじゃなくて、この私と婚約する予定なの!」


 私は、当たり前のことを、もう一度父イシュハルトに伝えた。


「そ、そうだよな!! ふぉっふぉっふぉっ!

 ロバーツ公爵家の倅に取引を拒まれるのは困るが、マリアがすこぉーしだけ早くにロバーツ公爵家の倅と婚約すれば、全ての問題は解決するはずだ!

 マリア、夏休みが明けたら、早速ロバーツ公爵家の倅との婚約を結びなさい。」


「ええ。もとより、そのつもりよ。

 フランツ先生には、すでに『夏休みが明けたら婚約を発表しましょう』って手紙を送ってあるの! 安心してね!」



(……なぜか、夏休み中に大量に手紙を送っても返事はないのだけど、婚約を断る手紙は届いてないのだし、問題ないわよね?

 フランツ先生とナラノの関係は、夏休み前にはダメになっちゃってたし! きっと、問題ないはずだわ!)




 ――少し、胸騒ぎがする気もしないでもないんだけど……




 マリアは胸騒ぎを気の所為だと無視することにした。



「おぉっ! さすがは、我が娘のマリア! 将来のロバーツ公爵夫人だなっ! 頼もしいぞ! ふぉっふぉっふぉっ!!

 ……おっ、そうじゃ。 ちぃとばかり早いが、マリアの婚約を祝ばねばならんなっ! 酒を! 酒を持ってこいっ!!」


 父イシュハルトは、太ったお腹を揺らしながら笑った。何よりもお酒や賭博が好きな父だ。私の婚約祝いなどと大層なことを言っているが、ただ自分が酒が飲みたいだけだろう。


 それならそうと、はっきりと『酒が飲みたいからもってこい!』と、言えばいいものを。


 半ば呆れ気味に、マリアは途端に機嫌を良くした父イシュハルトを冷めた目で見つめた。





―――





 我がリバース男爵家は、万年赤字経営だ。


 それでも、ロバーツ公爵家のフランツが、ナラノを蝕むものを一時的に抑えるものを法外な値段で取引することになってから、リバース男爵家は潤っていた。それで今までの借金も返せたし、さらに父の娯楽費用を出しても、ギリギリ黒字で過ごせるような経済状態になっていたのだ。



 ――つまり、リバース男爵家はフランツが手を引けばいつでも崩壊するような経済状態だったわけだ。



 現実的にみれば、ロバーツ公爵家からの莫大な金が入ってこなくなれば、今までのような暮らしはできなくなるので、お酒など飲まずに倹約に努めたほうが良い。


 マリアがロバーツ公爵夫人になるなんて話も、マリアがペリクレス貴族学院を卒業した後の話になるだろうから、それまでの生活をどうするのか考えた方がいいのだ。





 ――なのに、リバース男爵家の人間は皆んな腐っていた。





 ロバーツ公爵家のフランツが取引の手を引いたことで、これからリバース男爵家が破滅に向かうことを、誰1人として気づいていなかった。





 それでも、誰もが現実を見ないうちにも破滅はやってくる。


 マリアの父イシュハルトが、機嫌良さげに高級なお酒を飲んでほろ酔い気分を味わっているときに、リバース男爵家の『破滅』はやってきたのだった。


「っ、い、イシュハルト様、大変ですっ!!」


 慌てた様子の部下が父の部屋にノックもせずに入ってきたのだ。


「なんだ! 酒の邪魔をするな!」


 父は、邪魔されて不愉快そうに叫んだ。



(まぁっ。 あんなに髪を振り乱して……汚らしいこと)



 マリアは、その部下を汚らわしいものを見るような顔で見た。



 だが、気づいていなかった。


 その部下が、リバース男爵家にとって、どれほど重大な報告を持ってきたのか、ということを。



「大変ですっ! ロバーツ公爵家のフランツ様と、ベネット公爵家のナラノ様の婚約が発表されたのです!!」


「なんだとぉっ?!!」


「どうしてよ!! ありえないわ!!」


 マリアとイシュハルトは同時に叫んだ。



(なんでよ! ありえないわ……フランツ先生は私と婚約するのよ! それが、どうして、()()()()()と婚約だなんて、馬鹿げた話になってるのよっ!!)



 マリアは怒りでどうにかなりそうだった。



「〜っ! マリアぁっ!! これは、どうなってるのだ! ロバーツ公爵家の倅はお前と婚約するのではなかったのか!!」


「しっ、知らないわよ! 私だって、わけわかんないのよ!!」


 衝撃の事実に、父イシュハルトはほろ酔いから覚めたらしく、動揺したまま、マリアに向けて叫んだ。


 だが、マリアとて本当に意味不明だった。


「なんということだ!!

 あぁ……ロバーツ公爵家の倅がナラノ=ベネットと婚約しただと……?! ならば、我が家はどうなるのだ? マリアと婚約するのではなかったのか? ロバーツ公爵家との繋がりがなくなれば、リバース男爵家はどうなってしまうのだ……!!」


 父イシュハルトは頭を抱えて、顔色を真っ青にしていた。


 よほどロバーツ公爵家との関係がなくなったことは、リバース男爵家にとって痛手だったようだ。


 蹲り、ブツブツと何かを呟く父を見て、マリアはようやくリバース男爵家が危機的な状態なのだと理解した。





 だが、マリアは普通の男爵令嬢ではない。




 今この時も、未だにロバーツ公爵夫人になることを諦めていなかった。



(なんでよっ! フランツ先生と婚約して結婚するのは、このマリア=リバースよっ! ナラノ、……私のフランツ先生を奪ったこと、許さないからね!!)






 ―――――






 ロバーツ公爵家で、フランツは書類整理をしていた。


「フランツ様、またマリア=リバース様からお手紙が届いておりますが……」


 フランツの部下から、またマリア=リバースから手紙が届いたと声をかけられた。


「捨てておけ」


 フランツは、その手紙を一顧だにせずに、すぐさま処分するように言い渡した。


「かしこまりました」


 フランツの返事を聞くと、部下は一応聞いただけで主であるフランツが『処分しろ』と命令するとわかりきっていたかのように反論することもなく、素早く慣れた手つきで手紙を処分した。


 マリアはまさか渾身の力をこめた手紙が、フランツに読んでももらえずに処分されているなどと想像もしていなかっただろうし、今もしていないだろう。


 ちなみに、今届いたマリアの手紙には、

『ナラノの婚約だなんてデマを聞きましたが、嘘ですよね? フランツ先生と婚約するのは私ですから!』と、いうような自分勝手なことが書いてあった。



 全くもって、読む価値のない手紙だ。



 フランツが読まないのは、正解だった、といえる判断なのであった。





 


 夏休みの終わり頃になると、

『リバース男爵家があちこちの家にお金の無心しようとまわっているので注意するように』

という噂が流れるようになっていた。



 リバース男爵家の破滅は近かった。





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