過去の真相と婚約の口付け
「――――お嬢様、お嬢様?」
「…………」
「聞いておられますか、お嬢様?」
「……はっ!! っ、カロル、ごめんなさい! なんだか、ぼーっとしちゃってたみたいで……」
メイドのカロルの声で、私は慌てて返事をした。
「ふふふ。もう、しょうがないですねぇ。そんなことだろうと思ってました。
で、お嬢様。そろそろフランツ様にお会いになられてはどうでしょうか? お嬢様だって、本当はフランツ様に会いたいのでしょう?」
「……」
(そう、私はフランツに会いたい。と、同時に迷ってる。だから、今はどうしようかと、とても迷っている最中なのだ)
―――
あの日、フランツに出会ってから、私はベネット公爵家にやってくるフランツと顔を会わせずにいる。フランツが嫌いとかそんなことは絶対にない。
むしろ、私はやっぱりまだフランツが好きだ。
でも、フランツが私を好きだってことを聞いてから、どういう態度でフランツに会えばいいのかわからなくなっているのだ。
あの日、フランツが私達を助けにきたのは、メアリアが私達を心配して捜索隊を出してくれていて、それをたまたま王城に呼ばれていたフランツが私達のことを聞きつけて、駆けつけてくれたからだそうだ。
私がフランツとアロイスの喧嘩を止めた後、メアリアとクレイグが駆けつけてくれて、その後はフランツとは話さないまま解散となったのだ。
それで、だ。
その翌日から、フランツは毎日のように私に会いたいと、ベネット公爵家に訪ねてきているのだ。しかも、ご丁寧に大きな花束を持ってやってきている。
さすがにフランツに会わなくても、花束くらいは受け取ることになるので、数日経った今の私の部屋は、現在花で溢れ返った状態な訳なのだ。
(もう、こんなに花が溢れかえっていたら、花屋でも開けそうな勢いだわ……)
半ば呆れ気味に私はため息をついた。でも、気持ちはどこか嬉しくてたまらないんだけどね。
(だって、フランツからのプレゼントだからね! ふふふ。)
そういえば、初日はハプニングがあった。
フランツが初日に『愛している、ナリィ』と言って、持ってきた花束は薔薇の大きな花束だった。
あの薔薇の量は、公爵令嬢とはいえ、私も驚いた。
それで、フランツの花束を見だ途端に兄ホワイトが、
『ナリィ、そんな花なんて受け取らなくてもいいんだよ? なんなら、今からでも、燃やしてきてあげようか? うん、それがいいね! よしっ、可愛い妹に纏わりつく虫は除去しないといけないよねっ!』、
とかなんだか意味のわからないことを言い出して、本気で焦ったのだ。
『フランツからのプレゼントなのに、いきなり何、変なこと言い出すんだ! この兄は!』と思って、さすがにそこは全力で兄を引き止めて、フランツから贈られた花束達は死守したんだけどね。
あれは、危なかったよ。
燃やすの反対! 花達には罪はないからね!
……え? そんなにフランツが好きなら、はよ会え!、って?
うん、それは私もわかってる。
いい加減、フランツを避けるのも限界だしねぇ……
「はぁ、お嬢様。意地をはってばかりいませんと、そろそろ素直になられてはどうです? ……フランツ様に会いたくてたまらなくて、もう我慢できないぃ〜っ!、ってお嬢様の顔に書いてありますわよ?」
「っ、へわぁ!? え、えぇっ!?? そんなこと私の顔に書いてあるの?!」
「えぇ、書いてありますとも。」
「?!!」
(まじですか。フランツのことは好きだけど、そんなことが私の顔に書いてあるなんて恥ずかしすぎるよっ……!)
「それから、お嬢様? 変な声になっておりますわ。」
カロルが冷静に私の行動を諫めてくる。
「あ、あぁ、そ、そうね。……気をつけるわ」
(まぁたしかに、『へわぁ!?』は公爵令嬢としたはアウトな声だろう。 反省、反省。)
「それで、お嬢様。 本日これからフランツ様にお会いしませんか?」
カロルはなんてことないような口ぶりで、『今からお茶を飲みませんか?』くらいの軽〜い感じで聞いてきた。
「え、えぇぇぇっ!? きょ、今日っ!? これからぁあああ?!!」
(さすがに、それは急すぎなのではないだろうか?)
「ええ。すでに、フランツ様を客室に案内してお待ちいただいております。」
「えぇ……そ、そんなぁっ! まだ心の準備もまだなのに……」
(……おぉう。 ってことは、もう、カロルはフランツ側のセッティングを完了しちゃってるわけね。オワタ……これを無視するなんてできないわね……)
思わず死んだ魚のような目でカロルを見つめてしまうが、それは許してほしい。私の心情は、まさにそれなのだ。
心の準備が整わないままフランツに会うなんて。しかも、この前のフランツからの告白?(うん、あれは告白よね?)、の後にフランツに会う大事な時なのに、最悪の心のモチベーションなんだからっ!
(うぉおおおおっ! 神よ! あ、自称神っぽい、怪しい神様じゃなくて、本当の神様! 私を助けてください〜!)
見た目はそのままで、心の中でだけムンクよ叫びのような悲惨な顔をして、私は嘆いた。
「お嬢様、これはもう勢いですわ! 意外と会ってみれば、すんなりいくと思うんです!」
カロルはガッツポーズをかましながら、思いっきり笑顔で微笑んでいる。
「カロルぅ〜……」
私は決定してしまったフランツとの再会に思いを馳せ、項垂れた。
放心状態の私には聞こえなかったが、
『だって、フランツ様、お嬢様のことがめちゃくちゃ大好きじゃないですか! フランツ様の気持ちはお嬢様だけが気づいておりませんでしたけど、明らかに2人は両想いですわ!
それに。こーんなに、可愛らしくて美しいお嬢様に惚れない殿方なんて、いるはずがありませんものっ! …………ここまでして、今さらフランツ様がお嬢様を好きじゃないのなら、わたくしが許しませんことよ? ほほほほほ』、
とカロルは自信あり気に、不気味に笑いながら熱く語っていたのだ。
―――――
「ナリィ、久しぶりだな。会ってくれてありがとう」
客室を開けると、天国でした!!
……いえ、嘘です。
つい、カッコ良すぎるフランツがいたので、舞い上がってしまったが、ここは天国じゃない。普通に、我が家の客室だ。
(うわ〜っ! ってか、フランツが我が家で私を訪ねてくるのなんて、何年ぶりなんだろう? …………はっ! もしや、これは、夢……?!!)
散々会うまで迷っていたくせに、フランツにあった途端、私は鼻血を出しそうなくらい変な意味でテンションが上がった。 やや暴走気味の思考に浸っていた。
「…………ナリィ、やはり今までのことで、私のことなど愛想を尽かしてしまったか?」
「!!」
(愛想を尽かした、だんてあるわけないっ!)
私が、脳内で『フランツ祭り』をしている間になんだか、フランツに変な誤解を与えてしまったようだわ!
これは、直ちに是正しなければっ!
私は、客室のソファに座り、お茶を飲んで呼吸を整えた。
「……久しぶり、フランツ先生」
でも、なんとなく、フランツのことを今までのように『フランツィ』と呼ぶのは違う気がして、私は敢えて『フランツ先生』と呼んだ。
私が呼び方を変えたことで、フランツはハッと息をのみ、ショックを受けたような顔をしていた。
(うん。我ながら、好きな相手に対してこんなやり方は子どもっぽいかもね。
でも、良い。今は素直になれそうにないし、余計なことを言ってしまいそうだ。
そもそも、今までずっと嫌われてきてたなに、この前から急に態度が変わって混乱気味だ。 今ただフランツに会うだけでも勇気がいったし、私としては頑張っている状態なんだから。)
「……っ! ナリィ、やはり私に対して怒っているのではないか?」
「いえ、そんなことはないです」
「その話し方…………やはり君は怒っているのだろう?」
「……」
私はフランツから目をそらして押し黙った。
(怒ってる、…………っていうのは違う。似てるけど、違う。
フランツへの気持ちの整理がまだつかないから、どう接したらいいのかわからないんだよ)
「そうか。だが、私に会ってくれてありがとう。すまないが、君に今までのことを説明したいと思うので聞いてほしい。」
(説明? もしかして、昨日フランツとアロイスが話してた『記憶を失って性格が変わった事件』にも関係があるのかな?
もし、それなら、知りたいな。何があったのか、私も知りたい。)
――――私の過去に何があったの?
「うん」
悩むことなく、私は頷いていた。
私の返事を聞いて辛そうで、そして安堵したような複雑な表情をしたフランツが、「そうか。ありがとう」と私に言い、悲しい過去を思い出すようにしながらポツリポツリと過去の出来事を話し出す。
―――――
「――――これが、今まで君に言えなかった、全てだ。」
フランツは、苦し気な顔で話し合えると、これから処罰を受けるような罪人のような顔をしていた。
それはまるで、これから私からどんな言葉を言われても受け入れる覚悟は出来てる、みたいな諦観したような表情だった。
(え……どうしてそこまでフランツは後悔してるの?
過去の私も私なら、確かにその事件で傷ついたのは嫌だったと思うけど、大好きなフランツを守れたし、私もフランツに助けてもらったのなら後悔はしてないと思うんだけどなぁ?)
というか、私はそんなにフランツとアロイスが言うほど、その事件のことを気にしてない。
むしろ、『過去の私よ、よくやった!』と言いたいような誇らし気な心境だったりするんだけど。
(うん、きっとこれは『フランツに恋してる私』だからする、特殊な考え方なのかもしれない。
現に、フランツやアロイスは、私とは違う考え方みたいだしね。)
つまり、フランツが言うには、私はフランツを手に入れたい家から攻撃を受けて、一部の記憶を失い、性格が変わってしまったらしい。
(私、……記憶を失ってたんだ)
そして、助け出された私は無傷だと思われていたけど、何かに蝕まれていた、らしい。
フランツは、私が襲われた事件の調査を進めながら、
私を蝕むものを一時的に抑えるものを莫大な金額で定期的に取引して、
私に『金色の宝石付きのピンクのレースのリボン』をプレゼントしてくれていた、ということだった。
そして、私のホワイトお兄様と協力して、私を救うために動いてくれていたらしい。
(あ、あのリボンっ! 私がフランツからもらって、いつもお気に入りで着けてたリボンだ!
…………私、気づかない内もずっとフランツに守ってもらってたんだ……! ってことは、知らない間に、フランツに助けてもらっていたってことだよね?!!)
フランツのロバーツ公爵家は財力が凄くて、ペリクレス王国1番のお金持ち、だ。
そのロバーツ公爵家の継嗣のフランツだからこそ、私を蝕むものを一時的に抑えるために定期的に取引できて、私はこの年まで無事に過ごすことができていたんだね。
確かに私のベネット公爵家も、同じ公爵家だけど、フランツのロバーツ公爵家に比べたら、そこまでお金持ち、ってわけじゃない。
一回だけならまだしも、定期的にずっと莫大な金額を取引するのは苦しかったと思うしね。
(フランツは、私を事件に巻き込んでしまったと後悔してるみたいだけど、私としてはフランツに対して恨みとか怒りの気持ちはない。
だって、フランツがいなければ、私はとっくの昔に身体中を蝕まれてしまっていただろうし、今現在私が無事に生きていられるなんてことはなかった思うんだよね。)
――だから、フランツに『命を助けてくれてありがとう』と感謝することはあれど、フランツに対しての負の感情は一切ないんだよね。
そして、今の私の心の中では、影から私を助けてくれていた『やっぱり、フランツは凄いっ!!』ってことで満たされている。
なかなか私って単純だし、そもそも原因はフランツなんじゃないか?と思われるかもしれないけど、それでいい。
そのあともフランツは私のために動いてくれていたし、愛してくれている。
それで、私は大満足だ。
フランツが調査し続けた結果だと、調査をして取引相手が、リバース男爵家と繋がっていることも、ようやく掴めてきていた、らしい。
それで、リバース男爵家のマリア=リバースから何か情報を引き出せないか、と調査を進めていたらしい。
で、私が目撃したフランツとマリアが抱き合っていて、マリアが告白していたのは、フランツとマリアは相思相愛だったから、ってわけじゃないらしい。
倒れそうになったマリアを紳士として支えようとしたら、残念なことにマリアを抱きしめるような形になってしまったそうだ。
それで、その時に、マリアから
『……フランツ先生。 私、フランツ先生が好きなんです!』と告白するマリアを最悪なタイミングで私が見てしまった、ってことらしい。
(私、タイミング、悪っ!!)
『もちろん、私が愛しているのはナリィだけだし、ナリィ以外の女などに興味は全くないので、すぐに断ったがな』
と、あっさりとフランツはマリアの告白を断ったと話していた。
その顔は、マリアなどどうでもいいが、私を愛しており、私には誤解されたくない、と言う想いが伝わってきた。
(そっか。フランツとマリアが相思相愛じゃなくて良かった……!
ほんとに、良かった……!!)
フランツの言葉を聞いて、私は安心したような嬉しいような気持ちになった。
それからの話し合いで、私も私でフランツに嫌われて避けられていると思っていたけど、フランツもフランツで私がもうフランツを好きじゃないかもしれない、と思っていたらしいこともわかった。
(ええっ!? 私がフランツを好きなのは、フランツにはバレバレだと思ってたし、私がフランツを好きじゃないことなんて、あり得ないのにっ!! なんで、そんなすれ違いが起こってるんだよ〜〜っ!!?)
「私がフランツ以外を好きだなんてこと、あるわけがないじゃないっ!!」
思わず私は叫んでいた。
「すまない。だが、君に『好きな人はいる?』と聞かれた時に、誤解してしまったのだ。
私達は過去に、将来の伴侶となる約束を交わした。
だが、幼い君はその約束に条件をつけた。それが、私に好きな人ができれば約束は無効にできるというものだった。
当時の私は、この私が君以外を愛すことはないと思っていたので、その条件を受け入れた。
だが、そのあと君はわたしのせいで事件に巻き込まれ、私に『好きな人はいる?』と尋ねてきた。だから私は思ったのだ。あぁ、これは、君を守れなかった私と君と交わした約束を無かったことにしよう、と言われているのだと。」
フランツは辛そうな表情で、そう語った。
(そっか。私はそんな約束を無効にするために聞いたわけじゃなくて、その時の記憶なんてなかったから、本当にフランツに好きな人はいないのかが知りたくて聞いただけだった。
だけど、昔に私と交わした約束を大事に覚えてるフランツからしたら、そうやって誤解してしまうのも仕方がないのかもしれない。
けど…………ちょっと待ってほしい)
――大事なことをフランツは忘れていると思う。
「フランツの気持ちはわかったよ。けど、それっておかしくない?」
「なぜだ? どこがおかしいと言うのだ?」
フランツは、叱られた後の犬のようにショボンとしたままだが、何がおかしいのかさっぱりわからないという表情でいた。
「え……どうして賢いフランツが気づかないの? 私、その事件で記憶を無くしたんだよ?」
「?」
首をかしげて、やはりまだフランツはピンときていないようだ。
「だから、私がフランツと昔に交わしたっていう、その……将来の伴侶? ……うわぁっ、照れる! きゃ〜っ! ……ごほんっ!ごほんっ! あ、ごめんなさい。ちょっと、話がそれました。
――つまりっ!!
私、その約束のこと、覚えてないの! だから、フランツィとの約束を無効にする気なんて、ないしっ! むしろ、そんなことしたら、私が困るのっ!
…………っというか、私は、その時にフランツに告白したかったくらいなんだよっ!」
最後の方は、愚痴のように私はブツブツと呟いていた。
もう目の前にフランツがいることなんて考えてられない。
今の私の頭の中はパニック状態で。
大好きなフランツと『将来の伴侶の約束を交わしていた』とか、
『フランツもずっと私を好きで誤解していただけで、変わらずに私を愛してからていたこと』とか……、とにかく! 頭が幸せすぎてパニックを起こしていた。
だから、目の前のフランツが、さっきまで死にかけの犬みたいに元気をなくしていたはずなのに、私の言葉を聞いて目をキラキラと輝かせてよくを孕んだ目で私を見つめ出していることに気づいていなかった。
「……………そうか」
やけに、艶っぽいフランツの声が聞こえたな、と思った時。
私はフランツに抱きしめられていた。
「〜〜っ!! っ、ふ、ふふふふらんつぃ!!」
フランツのいい香りに包み込まれた私は、そのことに気がつくと混乱して、フランツの名前を叫んだ。
「なんだ、ナリィ?」
フランツは笑いを堪えたようでいながら、今まで聞いたことがないくらい、色っぽい声で私の名前を呼んだ。
今、私はフランツに抱きしめられているわけで。
つまり、必然的にフランツの声はすぐ近くから聞こえてくるんだけれどもっ!!
(色気がっ!! 色気がやばいの〜っ!!)
それは、信じられないくらい色っぽい声で。フランツが私に囁くように、低く優し気なこえで私の名前を呼ぶから、私の身体に響いた。
(あ、ああっ!! その声で、『ナリィ』は反則ですっ!! )
私は顔を真っ赤にさせて固まった。
「……ナリィ、もう君を離せそうにない。許してくれ。
もし、君が私から離れたい、と言ったとしても離せそうにない。
愛してる、ナリィ。」
私の首筋に顔をうずめながら、フランツは私を離さない、とばかりにぎゅうっ、と抱きしめていた。
「わ、わわわたしもっ! フランツィが、すっ、好きっ!」
真っ赤になってどもりながらも、私はフランツに思いの丈を伝えた。
私の告白を聞いたフランツは、満足気に笑った気配がした。そして、ほんの少し私を抱きしめる力を弱めると、私の瞳を見つめてきた。
そのフランツの目は、明らかに私を求めて欲を孕んだ、1人の男の人の目だった。
「ナリィ、愛している。――――正式に、私達の婚約を交わそう。」
フランツは私と視線を合わせていて、今にも唇と唇がくっつくくらいの距離だった。
フランツの緊張した吐息が私にも伝わってくる。
きっと、私の緊張もフランツに伝わってると思う。そして、それと同時に私が、どうしようもないくらいフランツを愛していていることも、フランツの瞳に映る私を見れば、伝わってるんだろうな、ってことがわかる。
(っ……嬉しいっ!! ずっと、ずっとずっと、こんな風にフランツと両想いになれたらいいな、って思った。)
――嬉しくて堪らない!
意図したわけじゃないのに涙が出てきて、それをフランツが拭ってくれる。
「ナリィ、愛している。今まで君を傷つけてしまったこともあったが、これからはもう2度と君を傷つけない。君だけを生涯愛すると誓う。
――――だから、お願いだ。
私、フランツ=ロバーツの妻になってほしい。私と結婚を前提とした婚約を結んでくれはしないか?」
歓喜で押し黙って涙を流す私に、ありえないのに断られるまでも思ったのか、焦ったようなフランツが私の涙を拭いながら、さらに婚約の言葉を重ねた。
(違う。違うの、フランツ。これは、フランツと両想いになれたことが嬉しくて流れる涙だから、誤解しないで。)
――私がフランツの求婚を断ることなんて、ないんだから……!!
「はい、よろしくお願いします」
嬉しすぎて止まらない涙のせいで、カロルが綺麗にしてくれた化粧はぐちゃぐちゃになってると思う。今の私の顔は、きっと化粧と涙が混ざって、見るも無惨な惨状になっているだろう。
でも、そんなことは、もうどうでもいい。
私は幸せだ。
フランツと両想いになれただけでこんなに幸せになれるなんて、私はどうしようもないほどフランツが好き過ぎる。
「っ、ナリィ!!」
フランツは、私の返事を聞くと、喜びに満ち溢れた幸せそうな顔をした。
そして、私の涙を拭う手を止めて、さりげなく私の顎を片手でクイッと上に向けた。そうすると、元々近くなっていた私とフランツの唇は、キスがしやすいような形になった。
「ありがとう、ナリィ。必ず、君を幸せにする。愛している。」
そう言って、フランツと私の唇は重なった。
フランツは、私を抱きしめたまま私に口付けをしたのだった。それは、どうしようもないほど幸せで。私が生まれてきてから今までの人生で、1番幸せな瞬間だった。




