悪魔と影 (アロイスとマリア)
アロイスは魔法研究係が終わった後のマリアに声をかけた。
マリアの行動には、前々からアロイスにも思うところがあった。
でも、その時のマリアはアロイスやナラノに危害を加えてくるわけでもなかったし、問題は見られなかった。
そして、そのときのマリアは、アロイスの大切なナラノとも友人という関係を築いているようだったから、何もしなかった。
(ナラノがマリアを気に入ってんなら、俺がマリアをどう思おうと関係ないよな)
アロイスとしては、マリアのことは気に入らない女でしかなかった。
でも、それはアロイス個人の感情だ。
誰かに、その感情を押しつけるのはおかしいということくらい、アロイスもわかっていたので、ナラノにも特に何も言わなかった。
(だけど、もう限界だ……俺の大切なナラノを傷つけたマリアを俺は許せねぇ!)
アロイスの中で止めどなくマリアへの怒りの感情が溢れてくる。
(アイツと、話をつけるしかねぇな……)
マリアと顔を合わすなど、アロイスとしては御免蒙りたい所でしかない。
だが、アロイスは覚悟を決めた顔で、マリアに向き合った。
「お前、ちょっとこっちに来い。話がある。」
「あ、あら? アロイスさんから私に話なんて珍しい。もしかして……私に惚れた、とか……? っ、う、わぁっ!!」
アロイスに無理矢理手首を掴まれて引っ張られたマリアが驚きの声をあげたが、その声を無視して人気のない場所へと引っ張って行った。
―――
アロイスには、マリアに聞きたいことがあった。
――なぜ、マリアがフランツに好意があるような態度を取りナラノを傷つけるのか、ということだ。
アロイスの知るマリアは、自惚れでなければ俺に好意を向けていたはずだ。
フランツに好意を向けていたことなどないはずだ、とアロイスは思っている。
もちろん、アロイスとしては、マリアなど好意の対象ではないし、そもそもマリア=リバースという女が苦手だったが、それがアロイスには気がかりだった。
アロイスにとってマリアとの記憶は、ペリクレス貴族学院に入学した時からの、女の欲を孕んだ目でベタベタと付き纏われて嫌な思いしかした思い出がない。
『アロイスさん、素敵です!』
『アロイスさんの婚約者になれたら、私も、アロイスさんも、きっと幸せになれると思うんです!』
『私とアロイスさんがいい感じだって、噂が広まってるみたいなんです!
……照れますけど、やっぱり、私とアロイスさんってお似合いなんでしょうか?』
(……何を言っている。なんなんだ、この女は? ……俺がナラノ以外の女に惹かれるわけがないだろうが……)
アロイスは、違うクラスにも関わらず、マリアはペリクレス貴族学院に入学してからの5年間付き纏われ続けた。
アロイスは、好意を寄せているナラノにはまだ告白もできていないし、好意にさえ気付いてもらえていない。
だが、アロイスもそれなりにというか、かなり顔は整っている。身長は高いし、家の爵位も公爵家で高い。
それに、マーティン公爵家の嫡男で継嗣であるアロイスには、玉の輿を狙う女どもから絡まれるのは日常的なことで慣れていた。
だから、アロイスは、特に考えもせずにマリアもそんな沢山いる女の1人だと思っていた。
将来の婚約者をペリクレス貴族学院で探すことは悪いことではないし、この学校で出会って結婚した貴族も多くいることも知っている。
だが、彼女達も貴族だし、ある程度はわきまえている。
俺がそっけない態度で相手にしなければ、彼女達は自然と離れていくのが通常だった。
――でも、マリア=リバースは別だった。
『アロイスさん、好きです!私を婚約者にして、結婚してください!』
『は…………?』
『アロイスさんも私のこと、好きですよね?
なかなか告白してくれないから私から告白することになっちゃったのは嫌だけど、許してあげます。
だから、早く私のことをマーティン公爵家の皆さんに紹介してください』
(この女は頭がおかしい……)
マリアに告白されて、ようやく俺は気がついた。
まさかマリア=リバースがここまで気が触れていたとは……
(俺が、愛しているのはナラノだけだ。お前など、惹かれたこともないし、むしろ煩わしいとすら思っているのに。はぁ〜……、こんなことになるんなら、5年前にはっきりと拒絶しておけばよかったな)
だが、俺は貴族だ。
紳士として、淑女に恥をかかせるなどもってのほかだ。
マーティン公爵家の継嗣の俺も、そう思っていたからこそ、紳士として最低限の礼儀をもってマリアに接してきたのだが、この状況を見る限り、どうやらマリア=リバースに対してその対応では失敗だったようだ。
『すまんけど、俺はお前のこと好きじゃねぇからよ。』
『え……うそ…………』
『あー……、すまんけど、マジだ。正直に言うと、俺は他に好きなやつがいるんだよな。……すまんな』
『…………』
『傷つけちまって悪いけど、まぁ、そういうことなんだよ。俺は今後、お前を女として見ることはねぇし、好きにもならねぇ。……諦めてくれ。』
『………………』
俺がまるでマリアのことを好きなことを前提で、まるで告白が断られるなんて微塵も考えていないマリアの告白は恐怖でしかなかった。
俺は、マリアに気持ちが一切ないことや、今後そういう気持ちを持つことはないことを伝えて、マリアから一方的にアプローチされる関係に終止符を打ったのだった。
だから、俺が立ち去った後に、マリアが『ユルサナイ……!!』と、とんでもなく恐ろしい般若のような顔で言っていた言葉なんて知らなかった。
―――
人通りのない静かな場所で、俺はマリアの腕を掴んで問い詰める。
「お前の目的はなんだ?」
「なーんだ。私への告白じゃないんだ。」
つまらなさそうにマリアが言う。
「お前は、俺が好きだったんじゃないのか? それに、どうして友人のナラノを傷つけるようなことをする? 俺と違って、お前とナラノは友人なんだろう?」
「は? 冗談でしょ……あんな女、友達でもなんでもないわよ。」
嫌そうに顔を歪めるマリア。なぜだ?マリアはナラノの友人じゃないのか?
「……いや、お前はナラノが好きだと、あれほど言っていたじゃないか。6年生になって、ナラノと同じクラスになれた時はあんなに喜んでたはずだ。」
「あんなの、演技よ。それに……アロイスさん、何か誤解してるんじゃない? 私はもうあなたには興味がないの。いつまでも自惚れないでくれる? 」
「!」
マリアの態度に呆気に取られた。
「……手、離してくれる?」
「あ……ああ、すまん。」
俺は掴んだままになっていたマリアの腕を離した。
「あー。ちょっと、これっ……赤くなってるじゃない。」
思ったたより力が入ってたようで、マリアの手首はほんのりと赤くなっていた。
「すまねぇ。力が入りすぎたみたいだ。保健室に行くか?」
「アロイスさんと?」
手首を擦るのをやめて、顔を上げた。
「まぁ、そうなるな。こうなった以上、保健室に連れて行くのは当然だろ。」
「……んー、やめとくわ。アロイスさんが私に気があるなら、それでもいいんだけど、あなた私のこと好きじゃないでしょ?」
俺を伺うように、マリアが見つめてくる。
(たとえ保健室に連れて行ったとしてもそれは紳士としてそうすべきだからするだけだ。悪いが、俺がマリアを好きになることはない……)
「……すまんな」
「あ、いいのよ。謝らないで。私もそうだろうな、って思ってたし。
でも、もしかしたらって可能性もあったから、本命じゃないとはいえ、
ちょっとは期待してたんだけどね〜。
だって、5年間もアロイスさんにはアプローチしてきたんだもん
……まぁ、それも無駄だったけど。」
「……」
(本命じゃない?
いや、こいつのいうことをまともに受け止めるだけ無駄か?)
なんとなく気まずくて、俺は視線を逸らし言葉を発せなかった。
「まぁいいわ。私もこれでも忙しいのよ。用事がないなら、もう帰ってもいい?」
「いや、待て。」
「……まだ何か?」
マリアはめんどくさいのを隠そうともせずに答えた。
「なぜナラノに嫌がらせをする?ナラノが友人じゃないなら、なぜ今までナラノに近づいていたんだ?」
「…………さぁね。私のことが好きでもない人に、教えてなんてあげないわ。アロイスさんが今からでも私のことを好きだって言うなら、教えてあげてもいいけどね?」
「それはない!」
「ぷっ! 即答……? さすがに、凹むわ〜」
マリアはおかしくてたまらない、と言った様子で笑った。
「……お前の口調からは面白がってるようにしか見えないがな。」
「えぇ、面白いわよ。だって、こんなに面白いのは久しぶりだもん。
まぁ、最近はナラノのおかげで楽しいけどね。」
「お、おいっ! ナラノにはもう手を出すなよ……!!」
俺は、思わずマリアを睨みつける。
「そんなに、ナラノに手を出されるのは、イ ヤ?
……でも、残念よね。アロイスさんがどんなに頑張っても、ナラノが好意を寄せてるのは、アロイスさんじゃないもんね。あははっ。
おっかし〜!」
「っ! マリア!!」
「あー、はいはい。怒らないで。とにかく、私はナラノと友達じゃないけど、ナラノのことはこれからも関わることはやめない。それに、アロイスさんのことももう何とも思ってないのよね。
だから、……私は私で好きにやらせてもらうから!」
「〜〜ッ!! お前っ……!!」
「じゃあね。私は行くわ」
ヒラヒラと手を振って立ち去るマリア。
「ナラノに手を出したら許さないからなっ!!」
アロイスは大声で、立ち去るマリアに叫んだ。
(……なんてことだ。マリアは、5年間もナラノ友達のフリをして、ナラノを狙っている……? でも、何故なんだ……?)
マリアがわざとナラノを傷つける行動をしていたことを理解したアロイスは、戸惑っていた。
―――
ナラノやアロイス、メアリアが所属するクラスは、ペリクレス貴族学院でも選ばれた家柄や優等生で、思想や行動に問題のない者だけが所属できるクラスだ。
元々男爵令嬢で、まともな教育を受けていなかったマリアは、今までの5年間は別の1番下のクラスに所属していた。
でも、ナラノと友達となり、少しずつナラノから勉強を教わり、年々マリアは成績を上げていった。そして、ベネット公爵家のナラノとの仲もより良くなっていった。
また、アロイスに付き纏ったり、メアリアにもナラノ経由で頻繁に接触するようになった。
――そして、6年生になった今年。
マリアはようやく、ナラノや俺たちと同じクラスにまで上り詰めてきたのだ。
『ナラノと同じクラスなんて嬉しいっ!』
かつて、マリアはそう言ってナラノと同じクラスになれたことを喜んでいたはずだ。
(だが、マリアの話ではマリアはナラノを友人だとは思っていないようだ。……だとすれば、ナラノと同じクラスになるために、ナラノを利用していただけなのか……?)
――一体、マリア=リバースは何を考えている?
(マリア=リバースも、男爵令嬢とはいえ貴族の端くれだ。まさか、このような行動にでるとは……)
俺は、マリアの底知れなさに触れて恐怖を抱いた。
だが、すぐにナラノを利用されたことへの怒りが上回り、知らず知らずのうちに俺は拳を握りしめていた。




