初恋の君 2 (フランツとナラノの過去)
私は、ベネット公爵に許しを得て、ホワイトの家庭教師兼、ナラノの家庭教師を引き受けていた。
――ナラノが生まれてから5年が経った。
もうすぐナラノの誕生日になる。やや活発で元気すぎる所はあるが、ナラノはすくすくと成長して5歳を控えており、お披露目の間近となった。
この時には、すでにホワイトは10歳となりペリクレス貴族学院に入学していたので、私はナラノのためだけにベネット公爵家に足を運んでいた。
ペリクレス貴族学院で魔法研究の教師でもある私を見て、ベネット公爵からはナラノのために家庭教師をするのが大変なのであれば、無理はしなくてもいい、と言われた。
だが、それこそ、ナラノの家庭教師を辞める方が私には辛いことだ。
(私がナラノの家庭教師じゃなくなれば、堂々と愛らしいナラノに会うことができなくなるではないか。それは、だめだ。)
――あれで、ナラノは人たらしなところがある。誰も彼もを、無意識のうちに惹きつけてしまうのだ。
彼女が微笑むだけで、周りの者は幸せな気持ちになるし、もっとその可愛らしい笑顔を向けて欲しくなってしまうのだ。
しかも、ナラノはかなりの美少女だ。
そして、ナラノが気づかないうちに、ベネット公爵家では『ナラノ様を愛でる会』なるものが存在していると聞く。
(だめだ。私以外にナラノがあの笑顔を振りまいているところを想像するだけで、虫唾が走るな。)
――独占したい
いっそのこと、ナラノを私のものだと声高に叫びたいものだが、さすがにそんなことをすれば、いくら父リチャードとナラノの父ストーン様が、公爵家同士仲が良いと言っても、私の家庭教師は解雇されてしまうだろう。
私は、ナラノの母キャサリン様の趣味だという、ピンクのフリフリのドレスを着たナラノを膝の上に乗せながら、物思いに浸っていた。
そのとき――
「――フランツィ、好きだよ!」
「…………は?」
愛しくてたまらないナラノから、予想外の言葉が発せられた。
その言葉は、私が密かに胸に秘めていたが、いつかナラノから言ってほしいと願っていた言葉だった。
あまりの嬉しさに、私はまともな返事ができなかった。
「え、え……やっぱり、だめなのかな……」
私の返答がよろしくなかったからだろう、ナラノが勝手に誤解して、私にフラれたと思い込んでいる気がする。
(待て。私がナラノを拒絶するなど、あり得ないではないか。ナラノが私を好いていてくれるなら、私としてはすぐにナラノを私のものにしたいくらいなのだが……)
――いや、ここは焦りは禁物だな。慎重にいこう。
ここで、先走って失敗しては、可愛らしく純粋なナラノは怖がって、私から逃げ出してしまいそうだ。
(逃したくないな……確実にいこう。)
――確実にな。
まずは、ナラノが何に対して好き、だと言っていたのかを確認する必要がある。
「待ちなさい、ナリィ。その、好き、とはどういうことなのか、説明しなさい。」
「え……」
「なんだ、言えないのか?」
「あ、い、言えるよ! ちゃんと言えるもん! ……けど、まさか、こんな風に告白することになるとは思ってなかったから、恥ずかしかっただけだよ」
「そうか。問題がないならば、早く言いなさい。」
「うぅ……フランツィのいじわるぅ〜」
私は敢えて過度な期待をしないためにナラノに突き放したような言動をしているのだが、ナラノのこの反応はなんなのだ?
私の膝の上で、顔を真っ赤にさせて両手で覆っている様子は、まるで私のことが本当に好きなようではないか。
(まさか、家庭教師としてではなく、男として私を見てくれているのか? そうなのだろうか?
あぁ、ナラノ、そのような顔は私の前では見せても良いが、他の男の前では見せないでくれ。 今も、私の理性は差吹き飛んでしまいそうだ)
――ナラノ、そんなに可愛いことをされると、いくら耐えているとはいえ、私は我慢ができなくなりそうになる。
「―― ナリィ?」
ナラノの反応が可愛すぎて我慢の限界がきそうなので、わざと、急かすようなことをナラノに言った。
「は、えっと、あ、あっ……」
なんだ、何を言っているのだ?
大きくて溢れそうなほど輝く青の瞳に、涙をうるうるとナラノが溜め出した。
(かわいいな……)
「ナリィ?」
ナラノの耳元で囁くように、低い声で名前を呼んだ。
「っ!! 言う! 言うから、そんなに顔を近づけないで!…………えっと、私ね、フランツィが好きなの!! 大好きなのっ!!」
「っ!!」
私の膝の上でぷるぷると緊張で震えながらも、ナラノは涙を溜めた上目遣いで私を見上げていた。
その顔は、真剣そのもので。 嘘偽りは見られない。
まぁ、ナラノを生まれてから見守ってきている私に嘘など許さないがな。
(この可愛すぎる生き物はなんなんだ。いや、ナラノだとはわかっているのだが……そうじゃない。私の腰に衝撃が走り、熱を持ちだした。だめだ、今はナラノを私の膝の上に乗せているのだった。)
――ナラノの不意打ちで反応した私を、ナラノに気づかれたくはない。
「……え、どうしたの……」
私は無言で、さりげなくナラノを膝の上から縦抱きへと抱き抱え直した。
(まだ5歳のナラノにはまだ知識はないだろうが、私としても今は気づかれたくはないからな)
まさかロリコンなどと思われてはたまらない。私は、ナラノという存在を愛しているのだから。
私が抱き抱えたことで、ナラノは『なんで膝の上から下すんだ』、という不満そうな表情をしていた。
それもそうか。
私は、ナラノに家庭教師をするときは基本的に膝の上に座らせるようにしている。
それは、ナラノの体調管理や、護衛という形をとるためでもあるのだが。
ナラノの兄ホワイトからは、「ナリィは、渡さないぞ!!」となぜか敵意を向けられることが多い。
(なぜなんだ? これは、ナラノの体調管理でもあるのだぞ?)
確かに、私は幼いホワイトを膝に乗せて家庭教師の勉強を教えたりはしなかったが……それは、当たり前だろう?
ナラノはまだこんなに幼く可憐で可愛らしい女の子なのだからな。
ホワイトとはまるで違う。 ホワイトなど、出会ったときから元気で丈夫だったではないか。
(ホワイトは、何を当たり前のことで騒ぎ立てているのだろな。)
おっと、話が逸れたが、今にも涙が溢れそうなナラノをそろそろ流された方が良いな。
私は慣れた仕草で、ナラノの瞼にキスをした。
「ひゃぁっ!」
私がキスで、ナラノの涙が溢れないようにすると、奇声が聞こえてきた。
(これくらいで、何を驚いているのだか……愛しいナラノを慰めるこの行為は当たり前だと何度も言っているし、そろそろ慣れて欲しいものなのだが、あいかわらずナラノは私のキスにてれているようだな。
……まぁ、照れて慌てるナラノも、魅力的ではあるが……徐々に慣れてほしいものだな)
「ふ、ふらんてぃ……」
可愛らしくナラノが私を睨むように見つめていた。だが、そんな姿も、子猫が威嚇しているように見えるだけで、可愛いだけだ。
「なんだ?」
「涙くらい、自分で拭けるから……!」
「黙りなさい。君のことは、君よりも私の方が詳しい。君の涙は、こうする方が早く止まるだろう」
「へ…………?」
私の発言で、さらに固まるナラノ。
(なんだ、まだ照れているのか。君と私の仲ではないか。)
ナラノを無視して、ナラノの両方の瞼に変わるがわるキスの雨を降らせていく。
――これは、愛情のキスだ。
予習した本では、家族間では愛情を表すためにおはようのキスや、いってらっしゃいのキス、お疲れ様のキス、おやすみなさいのキス、など、ありとあらゆる場面で用いられる効果的なコミュニケーションの一つだと言う。
ナラノのために読んだ育児書や、参考資料の中にそのように記載があった。
だから、私のこの行為に問題はない、はずだ。
泣きそうになっている、いやもうほとんど泣いているナラノを慰めるためには、やはり愛情を与えるのが1番だろうからな。
「ち、ちがう。フランツィ、それ、なんかおかしい、と思う……!」
「はぁ……君はまだそんなことを言っているのか。」
ちがうちがう、とナラノが私に縦抱きで抱きしめられながら首を振っている。
(あぁ、そんなに首を振っては、髪型が崩れてしまうぞ。まぁ、ナラノなら、髪型ごときが崩れても可愛いことに変わりはないのだが……)
――だが、もう泣き止んだか? ふむ……やはり、この愛情を与える、というのは効果があるな。
「え、えぇ、なんでぇ?、……私が間違ってるの……? でも、ホワイトお兄様は変だった言ってたよね……?」
ナラノはブツブツと何か考え込んでいるようだ。
(やはりホワイトが、余計なことを言ったのか。面倒だな。
――だが、もう逃がさないぞ、ナラノ。 先程の言葉を確かめなければならないからな。)
私はナラノが意見を翻す前に、ナラノの気持ちを確定させたかった。
「それよりも、だ。……君は、私のことが好き、ということで間違いないのだな?」
「あ、うん。そうだよ。好き、フランツィのことが、私は好きだよ?」
「――それは、私が家庭教師だからか? それとも、生涯の伴侶としたい男として、という意味か?」
「へ……えぇ、しょ、将来の、は、伴侶、って……そんな、照れる……!」
「ナリィ?」
私はわざと低い声でナラノに声をかけた。
照れてるナラノも可愛いが、ここははっきりと言葉にしてもらいたいところだからな。
「こわっ……」という、ナラノの呟きは無視して、爽やかな笑顔を向けながら、ナラノに先を促した。
「どうなんだ、ナリィ?」
「う、うん。」
「それは、私の伴侶を求めて、だな?」
ナラノは、うぅ〜と呻きながらも頷いた。
「えっと、うん、そう。フランツィの伴侶、になりたいの……!」
「〜〜〜〜っ!!」
待ち焦がれた瞬間がやっとやってきた。
ナラノが生まれてからずっと、できれば将来を誓え会えたら、と何度思ったことか。
頬を染めるナラノはこの世のものとは思えないほど、愛らしかった。
天から光でも差しているのではないか、と思うほど、ナラノは輝いていた。もし天女がいるというならば、まずナラノで間違いないだろう、と思えるくらい、目を惹かれる美しい少女だった。
「そうか。では、決定だな。君と私は、将来の伴侶となろう。」
私は内心の歓喜を隠して、いつも通りの口調でナラノに告げた。
「あ、待って。やっぱりこのままはだめ。」
「っ!……なぜだ?」
ナラノからの予想を覆す発言に、思わず抱きしめているナラノの顔を見つめることになる。そして、自然と声も低くなる。
「え、フランツィ、怖いよ。そんな顔で見ないで?」
「…………」
私は無言でナラノに先の言葉を促した。
「だって、今のままじゃだめだよ。フランツィは優しいから、そう言ってくれるけど、そんなのだめ。…………あ、そうだ!うん、いい。これなら、私もフランツもお互いにとっていいよね!」
「……何を1人で言っている?」
「あ、ごめんね、フランツィ。えっと、つまりね。もし将来、フランツィに私以外に好きな人が現れなかったら、そ、その……私をフランツィの伴侶にしてほしいの。」
「あぁ」
(そんなのは簡単だが。 私に、ナラノ以外に好きな人が現れるとは思えないが……)
「……で、嫌だけど、もしフランツィに私以外に好きな人ができちゃったら、そのときは私に教えて?
そしたら、私もちゃんとフランツィのこと、諦めるから。フランツィは、その好きな人と伴侶になってほしいの。
……どうかな?これで、優しいフランツィも、将来好きな人ができても私に遠慮しなくて良いと思うんだけど……?」
(はっきり言って、ナラノの気遣いは不要だ。どう考えても、私がナラノ以外に心を惹かれるとは思えないからな。
だが、それを言ったとしても、ナラノが一度決めたことを取り消すとは、言わないだろうことは予測がつく。
それに、ナラノは私を気遣ってこのような発言をしたのだ。
――――ここは、大人の私がナラノ以外を好きになるなどという、ありえない条件に頷いた方が良いのだろうな……)
黙り込む私を、ナラノがえっと、どうかな、と言いながら愛らしく返事を待っている。
「――――わかった。それでいいだろう。」
「うん! ありがとう、フランツィ! 約束だよ?」
私の腕の中で、両手をあげてはしゃぐナラノ。
その笑顔を見れるだけで、簡単に私の心は満たされる。
「あぁ、約束だ」
(あぁ、ナラノ。必ず、君を私の伴侶に――)
―――――
――だが、この時の私は知らなかった。
ナラノは、この先の未来で、私のせいでこの時の私との記憶を失くしてしまうということを――
そして、ナラノはその出来事により一部の記憶を失い、性格が変わってしまうのだ。
元気で活発だったナラノは、打って変わって貴族令嬢らしくお淑やかで刺繍や読書を好むように変わる。
特に、本は大好きらしく、前ならば外で遊んでいたような時間も、様々な種類の本を読んで過ごすようになってしまうのだ。
(私のせいだ……)
私の自責の念は消えない。
私がついていながら、ナラノを守れなかったから、ナラノは記憶を失くしてしまったのだから。
それでも、私はナラノから離れることはできなかった。
もう、ナラノの伴侶は無理かもしれないが、それでもナラノからの離れるなど、私には不可能だったからだ。
往生際が悪いと言うことは分かっていたが、ナラノへの気持ちを捨てることはできずに、ナラノの家庭教師を続けた。
そして、とうとうナラノのペリクレス貴族学院の入学を控えたある日。私は、ナラノから恐れていた一言を尋ねられる。
――『ね、ねぇ、フランツィ。フランツィは好きな人はいる?』
(あぁ、ついにこの日がきてしまったのか……)
ナラノは、浅ましい私の想いに気づいてしまったのだろうか……
なんとかナラノの質問には答えずに、私はその場から、ナラノから逃げた。
だが、その日から、私とナラノの関係は明確に変わった。今までの家庭教師フランツィとナリィの関係はもうどこにもなかった。
そして、ただのペリクレス貴族学院の教師フランツと、学生のナラノになってしまったのだった――




