6 気になる男
「……」
ヴィルテは、窓ガラスに映る男性を見た。
もう、なんだか気になってしょうがなかった。
だって、今なんかほら。
粉チーズを、これでもかというほどかけている。
さらさら、さらさら。
白い粉が、ボロネーゼの上に降り積もっていく。
それはまるで、降りすぎた初雪が山を中腹まで白く染めるかのよう。
いや、むしろ麓まで白く染まっていた。
「……」
ヴィルテはフォークを持ったまま、その様子を眺めていた。
男性がパスタをそのまま食べていたのは、最初の三口までだった。
四口目からは、粉チーズが加わった。
五口目には、もう少し。
そして今。
ボロネーゼの赤い色が、ほとんど見えなくなっている。
男性は容器を置き、フォークを手に取った。
もぐもぐ。
何事もなかったかのように食べている。
美味しいのだろうか。
ヴィルテには、よくわからなかった。
ただ、あれだけかけているのだから、きっと好きなのだろう。
「……ちょっとお手洗いに」
「いってらっしゃーい」
ヴィルテは席を立った。
男性の横を通り、店の奥へ向かう。
お手洗いは、厨房の脇を抜けた先にあった。
その途中で、聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。
「ふっふっふ、それでなんて言ってやったんだい?」
ヨハンナの声だった。
「シェフと呼びなよ」
「……」
「……」
少しの沈黙。
「ふっふっふ」
「ふっふっふ」
二人のヨハンナが笑っていた。
ヴィルテは足を緩めた。
厨房の中では、シェフヨハンナと、もう一人のヨハンナが話しているようだった。
「どう呼ばれるかになんか、こだわっちゃいなかったじゃないか」
「そうだねぇ」
「いつからそんなに意地悪になったんだい?」
「ふっふっふ」
また笑い声がした。
ヴィルテは首を傾げた。
シェフ。
そういえば、さっきの男性も、シェフヨハンナと何か話していた。
あの時、ずいぶん困ったような顔をしていたけれど。
「冷めても美味しいじゃないか」
「そうだねぇ。いつ食べても美味しいように作ってるからねぇ」
「ふっふっふ」
「ふっふっふ」
「……」
ヴィルテは厨房の方を見た。
シェフヨハンナは、楽しそうだった。
もう一人のヨハンナも、楽しそうだった。
どうやら、何か面白いことがあったらしい。
何がそんなに面白かったのだろう。
ヴィルテは少し考えた。
けれど、よくわからなかった。
ひとまず、お手洗いに入ることにした。
しばらくして。
「……戻りました」
「おかえりー」
ウィルヴェルは、ボンゴレを食べながら顔を上げた。
「どうかした?」
「……いえ」
ヴィルテは席に腰を下ろした。
そして、窓ガラスを見た。
男性は、まだ食べていた。
もぐもぐ。
ボロネーゼの上には、相変わらず粉チーズがたっぷり積もっている。
その横には、先ほどまで熱心に眺めていた粉チーズの容器と、タバスコ。
ヴィルテは、ふと考えた。
この人は、どうして席を替わりたがったのだろう。
どうして料理を持ち帰ろうとしたのだろう。
どうしてヨハンナさんに、あんな困った顔をしていたのだろう。
それに。
どうして、あんなに粉チーズをかけるのだろう。
「……」
男性が、また粉チーズの容器に手を伸ばした。
ヴィルテは思わず、その手を目で追った。
さらさら。
白い粉が、再びボロネーゼの上に降り積もる。
もう、山どころではなかった。
ヴィルテはフォークを持ち直した。
自分の皿には、まだピッツォッケリが残っている。
食べなくちゃ。
そう思った。
けれど。
「……」
ヴィルテはもう、男性から目を離せなくなっていた。




