5 シェフと呼びなよ
「ふっふっふ、待たせたねぇ。ピッツォッケリ・ボロネーゼだよぉ」
ウェイトレスヨハンナが、湯気の立つ皿を運んできた。
ヴィルテは、ちら、と窓ガラスを見た。
先ほどの男性のところだ。
挽肉とトマトのソースがたっぷり絡んだピッツォッケリ。なかなか美味しそうだった。
「あの」
男性が、ウェイトレスヨハンナに声をかけた。
「なんだい?」
「包んでいただくことって、できますか?」
「ふっふっふ、聞いてくるよぉ」
ウェイトレスヨハンナは厨房へ向かった。
「……」
ヴィルテは首を傾げた。
日本語なので、何を話しているのかはわからない。
ただ、男性が少し困ったような顔をしているのはわかった。
「どうしたんでしょうね」
「んー?」
ウィルヴェルはボンゴレを食べながら、ちらりと男性を見た。
「なんか、持ち帰りたいんだって」
「へー」
ヴィルテはもう一度、窓ガラスを見た。
男性は、目の前のボロネーゼを眺めていた。
まだ一口も食べていない。
その時、厨房から白いコックコートを着たヨハンナが出てきた。
シェフヨハンナだった。
「ふっふっふ、お客さん」
「……はい」
「うちのパスタはねぇ、出来立てが一番なんだよねぇ」
「は、はぁ。でも……」
「レンジでチンするつもりかい? うちのパスタを台無しにしたいのかい?」
「……いえ」
ヴィルテはフォークを止めた。
何を話しているのだろう。
シェフヨハンナは笑顔だった。
男性は、ますます困ったような顔をしていた。
「ってか、あの、ヨハンナちゃん。俺、別にそんなことは……」
「シェフと呼びなよ」
「……」
男性が黙った。
シェフヨハンナは、にこにこしている。
「……シェフ」
「ふっふっふ」
シェフヨハンナは満足そうに頷いた。
「あったかいうちに食べなよ。ハッピーになるよ」
「……はい」
男性は小さく頷いた。
シェフヨハンナは、機嫌よく厨房へ戻っていった。
「……」
ヴィルテはウィルヴェルを見た。
「なんだったんですか?」
「あはは」
ウィルヴェルは笑った。
「出来立てが一番だから、ここで食べなって」
「へー」
ヴィルテは、もう一度男性を見た。
男性はフォークを手に取り、ボロネーゼを巻いていた。
なんとなく、元気がない。
「……怒られちゃったんですかね」
「んー、まあ、そんな感じかな」
「かわいそう」
「あはは」
ウィルヴェルは水を飲んだ。
ヴィルテは窓ガラスに目を戻した。
男性が、一口食べた。
もぐもぐ。
少し間を置いて、もう一口。
もぐもぐ。
美味しいのだろうか。
表情からは、よくわからなかった。
ただ、耳は相変わらずこちらを向いていた。




