4 まだ見ている
「……」
ヴィルテは、窓ガラスに映る男性を見た。
まだ見ている。
粉チーズの容器を手に取り、ラベルをじっと眺めているのだ。
何が書いてあるんだろう。
ヴィルテも、テーブルに置かれた粉チーズを手に取った。
なにか面白い雑学でも書いてあるのだろうか。
容器をくるりと回してみる。
書いてあった。
プラントチーズ。
寒さが厳しく、貧しい土壌。
そこから始まる、少し長い文章だった。
「寒さが厳しく貧しい土壌、そこで育つのは限られた植物だけ。カラディシアはそんな国でした……」
ヴィルテは小さな声で読み上げた。
「そこで、建国者たちは考えました。ここでチーズが食べたい、どうすれば。答えは、プラントチーズでした」
「何読んでるの?」
ウィルヴェルが尋ねた。
「いや、誕生のエピソードが」
「へー、見して見して」
「ええ」
ヴィルテは容器を差し出した。
その時、ちら、と窓ガラスを見る。
男性は、粉チーズをそっと置いたところだった。
今度はタバスコを手に取っている。
「……」
ヴィルテもタバスコを取ってみた。
こちらにもラベルがある。
「へー、このタバスコも全部プラントなんですって」
「プラントってすごいねー」
ウィルヴェルは感心したように言った。
ヴィルテは、もう一度窓ガラスを見た。
男性は、タバスコをそっと置いていた。
その耳が、こちらに向いている。
顔も、先ほどより赤くなっているような気がした。
「……?」
暑いのだろうか。
ヴィルテは首を傾げ、それから手元のタバスコに目を戻した。
「だめだ、おんなじことしか書いてないよ」
ウィルヴェルが言った。
「ですね」
ヴィルテはタバスコのラベルを眺めた。
「この地でタバスコをパスタにかけたい、どうすれば。たどり着いた答えはプラントでした」
「あははは」
ウィルヴェルが笑った。
ヴィルテもつられて笑った。
「ししょー、手ぇ抜いた」
「手抜きですね、これ」
二人はもう一度笑った。
その時だった。
「すみません」
背後で、男性が手を上げた。
ヴィルテは笑い声を止めた。
「ふっふっふ」
ウェイトレスヨハンナがやってきた。
「どうしたんだい?」
「あの、席を変わっていただくことってできますか?」
「……?」
ヴィルテは首を傾げた。
日本語だった。
男性が何を言っているのか、ヴィルテにはわからない。
ウィルヴェルも笑うのをやめ、耳を澄ませていた。
男性が、ちら、とこちらを見た。
ヴィルテと目が合いそうになると、すぐにウェイトレスヨハンナへ視線を戻した。
「寒いので、奥の方に空席があれば……」
「ふっふっふ、奥のほうかい?」
ヨハンナが店の奥を見た。
ちょうど四人組の客が、奥のテーブルに腰を下ろしたところだった。
「空いてるのはカウンターだけだねぇ」
「……」
男性がカウンターを見た。
ヴィルテも周りを見回した。
カウンターには、空席が一つだけあった。
ヴィルテの隣だった。
「……」
男性は、その席を見ていた。
ヴィルテはウィルヴェルを見た。
ウィルヴェルは何も言わなかった。
「あ、じゃあ、……大丈夫です」
男性が、消え入りそうな声で言った。
「ふっふっふ、そうかい」
ウェイトレスヨハンナは頷き、厨房へ戻っていった。
ヴィルテは、もう一度ウィルヴェルを見た。
「……どうしたんですか?」
「寒いんだって」
ウィルヴェルは、ボンゴレをフォークにくるくる巻いて、口に含んだ。
「へー」
ヴィルテは窓の外を見た。
まばらな雪が、静かに舞っていた。
確かに、今日は寒い。
窓際なら、なおさらなのかもしれない。
「喋りすぎたね」
ウィルヴェルが言った。
「あったかいうちに食べちゃお」
「あ、はい」
ヴィルテは自分のネーロを見た。
そういえば、まだ半分ほど残っている。
「半分こしましょ?」
「良いよー」
二人は皿を寄せ合った。
ヴィルテはウィルヴェルのボンゴレを少し取り、自分のネーロを分けた。
「んー、美味しい」
「ねー」
ヴィルテは、もう一度だけ窓ガラスを見た。
男性は、先ほどと同じ席に座っていた。
粉チーズもタバスコも、テーブルの上に置かれている。
その耳だけが、相変わらずこちらを向いていた。




