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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
Oic Place

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8/84

6 4階に浮いてる人

 午前二時七分。


 ヴィルテは死んだ。


 画面が灰色になる。


「……また死んだ」


「前に出すぎたねぇ」


「前に出ないと攻撃できないじゃないですか」


「そこが難しいところだねぇ」


 ヨハンナはそう言って、カップの底に残ったシリアルをスプーンですくった。


 ヴィルテも自分のカップを見る。


 七種類のシリアルは、もうどれがどれなのかわからなくなっていた。


 牛乳を吸って、全部同じくらい柔らかい。


 ゲームの方も、少し似ている。


 最初は面白かった。


 知らないものばかりだった。


 歩く。


 攻撃する。


 敵から逃げる。


 アイテムを買う。


 敵を倒す。


 ダブルキルも取った。


 でも、まだヴィルテには、その先がよくわからない。


 ヨハンナは画面を見るだけで何かを考えている。


 誰がどこにいるとか。


 次に何が起きるとか。


 今戦うべきか、逃げるべきか。


 ヴィルテには、まだ敵がいたら撃つゲームだった。


「……」


 復活した。


 歩く。


 撃つ。


 また死んだ。


「ちょっと飽きてきました」


「ふっふっふ。早いねぇ」


「ヨハンナさんみたいに何が起きてるのかわからないですし」


「最初はそんなもんさ」


 ヴィルテはスマートフォンを伏せた。


 窓を見る。


 まだ雪が横に飛んでいる。


「屋上に露天風呂あるんでしたっけ」


「あるよ」


「今も?」


「ふっふっふ、こういう日は最高だよ」


「吹雪」


「猛吹雪の露天風呂」


 ヴィルテはもう一度、窓を見た。


 白い。


「行こうかな」


「行っておいで」


「ヨハンナさんは?」


「わたしはさっき行ったからいいよ」


「いつの間に」


「ヴィルテがゲームしてる間」


「……」


 気づかなかった。


 ヴィルテは立ち上がった。


     ◇


 二階。


 階段を上がる。


 急に静かになった。


 一階の共用スペースは、午前二時を過ぎてもまだ人の気配があった。


 暖炉。


 話し声。


 ゲームの音。


 食器。


 誰かが歩く音。


 二階には、それがない。


 照明も少し暗い。


 Oic Placeは利用者の数に合わせて、使用する空間を変える。


 今夜の二階は最小構成になっていた。


 大部分の照明が落ち、可動式の仕切りで閉じられている。


 使われている一角だけが明るい。


 ソファで眠っている人が二人。


 窓際で本を読んでいる人が一人。


 それだけだった。


 ヴィルテは歩く。


 靴下越しに、床の柔らかさがわかる。


 遠くで換気設備が低く鳴っている。


 ごう。


 建物の外では、風が強化ガラスを叩いた。


「……」


 階段へ向かった。


 三階。


 もっと人が少ない。


 ヴィルテが廊下へ出ると、奥から声がした。


 若い女の人が二人、壁際の椅子に座っていた。


「なんか四階に浮いてる人いるみたい」


「浮いてる?」


「うん……」


 ヴィルテの足が止まった。


 女の人たちはこちらを見ていない。


「どんな?」


「人」


「それはわかるよ」


「座ってる」


「浮いてるのに?」


「うん」


「……なにそれ」


 ヴィルテも思った。


 なにそれ。


 屋上へ行くには、四階を通る。


 階段を見る。


「……」


 まあ。


 人だろう。


 ここはOic Placeだ。


 人くらいいる。


 四階へ上がった。


     ◇


 いた。


「……」


 浮いていた。


 本当に。


 人が。


 廊下の先。


 大きな窓の前。


 外は猛吹雪だった。


 雪が窓を覆って、街の灯りはほとんど見えない。


 その白い窓を背にして、一人の女が坐禅を組んでいる。


 床から少し離れて。


 浮いている。


 長い髪。


 細い肩。


 手は膝の上。


 動かない。


 ヴィルテは立ち止まった。


「……」


 見覚えがある。


 気がする。


 後ろ姿だけなので、よくわからない。


 聞けばいい。


 あの。


 なにしてるんですか。


 浮いてますよ。


 どうやってるんですか。


 いろいろ聞きたいことはあった。


 ヴィルテは考えた。


 やめた。


 関わらんとこ。


 そっと横を通った。


 女は動かなかった。


 屋上へ続く扉に手をかける。


 開ける。


「さっむ!」


 扉を閉めた。


「……」


 もう一度開けた。


     ◇


 風が顔に刺さる。


 寒い。


 寒いというより痛い。


 屋上は白かった。


 雪。


 雪。


 雪。


 その向こうに、ぼんやりと街の灯り。


 けれど、何もないわけではなかった。


 雪に覆われた屋上菜園。


 低い温室。


 ベンチ。


 何かの設備。


 そして屋上の端に、湯気が立っている。


「あった」


 露天風呂。


 透明な強化ガラスが風を遮っている。


 頭上にも一部だけガラスの屋根があり、吹き込んでくる雪を防いでいた。


 ガラスには雪が当たる。


 張り付く。


 数秒もしないうちに、水になって流れていく。


 熱が通っているらしい。


 ヴィルテは着替えスペースへ駆け込んだ。


     ◇


 服を脱ぐ。


 水着に着替える。


 シャワーを浴びる。


 温かい。


 それだけで少し生き返った。


 身体についた水滴を軽く払い、外へ出る。


「うっ」


 寒い。


 数歩。


 それだけなのに寒い。


 急いで湯船へ入る。


「あぁ……」


 声が出た。


 肩まで沈む。


 熱い。


 冷えた頬だけが外に出ている。


 風がガラスの向こうで唸っている。


 ごう。


 ごう。


 雪が猛烈な勢いで横切っていく。


 けれど、ここには届かない。


 頭上のガラスに雪が落ちる。


 白くなる。


 溶ける。


 透明になる。


 また白くなる。


 ヴィルテは縁に腕を置いた。


「……最高じゃん」


 ヨハンナの言った通りだった。


 猛吹雪の露天風呂。


 意味がわからないと思った。


 入ってみると、意味がわかった。


 視界の向こうでは、カラディシアが雪に沈んでいる。


 街灯。


 建物の窓。


 遠くの教会。


 その輪郭が、吹雪のたびに消えたり現れたりする。


 ヴィルテは息を吐いた。


 白くならなかった。


 湯気に混ざった。


「……」


 ふと、後ろを見た。


 屋上への扉。


 その向こうには四階がある。


 浮いていた人。


「……」


 見覚えがあった。


 誰だったっけ。


 考える。


 思い出せない。


 まあいい。


 ヴィルテはもう一度、街を見た。


 温かい。


 気持ちいい。


 眠くなってきた。


 午前二時三十八分。


 Oic Placeの四階では、まだ人が浮いていた。

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これからも、カラディシアでの日常をお楽しみください。

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