5 カップシリアル
午前一時十二分。
扉が開いた。
ヴィルテはスマートフォンから顔を上げた。
ゲームは、ちょうど次の試合を探しているところだった。
入口から、何人かの人間が入ってくる。
一人。
二人。
三人。
全員、大きな透明のケースを抱えていた。
中には、何かが入っている。
赤。
茶色。
黄色。
白。
丸いもの。
輪っかになったもの。
小さな粒。
木の実らしいものまである。
「……なんです、あれ」
ヨハンナが顔を上げた。
「お」
少しだけ声が明るくなった。
「当たりだねぇ」
「なにがですか」
「カップシリアルの日だよ」
「なんです、それ」
「カップを十五レフで買えるんだ」
答えたのはダリウスだった。
さっきまでビールを飲んでいた男が、もう立ち上がっている。
「シリアル入れ放題。Lサイズしかないがな」
「へー」
「行こうか」
ヨハンナも立ち上がった。
「ヨハンナさんも?」
「もちろん」
ヴィルテは二人を見る。
ダリウス。
ヨハンナ。
二人とも、さっきまでほとんど動こうとしなかった。
その二人が立っている。
「……そんなに?」
「十五レフだからねぇ」
「十五レフだからな」
理由まで同じだった。
周囲でも、人が起き始めていた。
「シリアル?」
「今日?」
「カップある?」
毛布から顔だけ出していた女性が身体を起こす。
本を読んでいた老人が眼鏡を上げる。
少し離れたところでは、誰かが眠っている友人の肩を揺すっていた。
「来たよ」
「……なに」
「シリアル」
「……行く」
起きた。
「そんなイベントなんですか?」
「イベントじゃないよ」
ヨハンナが言った。
「賞味期限切れさ」
「急に夢がなくなりましたね」
「現実はだいたい物流でできてるからねぇ」
透明なケースが、次々と台の上へ並べられていく。
ミューズリー。
グラノーラ。
オートミール。
コーンフレーク。
ブランフレーク。
ライスクリスプ。
チョコレートシリアル。
ナッツ。
ドライフルーツ。
ヴィルテは途中で数えるのをやめた。
「多くないです?」
「いろんな店から来るからねぇ」
「全部、今日賞味期限切れ?」
「今日とは限らないよ。何日か前のもあるだろうねぇ」
「大丈夫なんですか?」
「消費期限じゃないからねぇ」
「ああ」
それは昨日、いや、もう日付が変わったので数時間前にも聞いた話だった。
食べられなくなったわけではない。
商品として売りにくくなっただけ。
そして、そういう食べ物がここへ来る。
十五レフを払う。
紙のカップが一つ出てきた。
「これがL?」
「そうだねぇ」
ヴィルテは手に取った。
思ったより大きい。
「これに好きなだけ?」
「入るだけねぇ」
「全部混ぜても?」
「止めはしないよ」
ヴィルテはケースを見る。
十八種類。
「……」
「その顔は全部入れる顔だな」
ダリウスが言った。
「違います」
「そうか」
「ちゃんと考えてます」
まずグラノーラ。
次にチョコレート。
ナッツ。
ドライフルーツ。
少し考える。
ブランフレーク。
「もう五種類だぞ」
「まだ入ります」
「入るかどうかの話じゃないんだよ」
「ダリウス」
ヨハンナが隣から言った。
「若者の可能性を狭めるもんじゃないよ」
「食い合わせの話してんだよ」
「ふっふっふ」
ヴィルテは六種類目を入れた。
さらに七種類目。
「ヨハンナさんは?」
「わたしはこれと、これと、これだねぇ」
「三種類だけ?」
「調和というものがあるからねぇ」
「さっきと言ってること違いません?」
「ヴィルテの可能性は尊重してるよ」
「自分ではやらないだけで」
「そうだねぇ」
ダリウスはコーンフレークを大量に入れていた。
「ダリウスさん、それだけ?」
「これが一番腹に溜まる」
「夢がないですね」
「十五レフの飯に夢を求めるな」
後ろには列ができていた。
ほんの十分前まで眠りかけていたOic Placeが、少しだけ賑やかになっている。
誰かが牛乳を注ぐ。
誰かが豆乳を選ぶ。
小さな女の子が母親に抱き上げられ、ケースを覗いている。
「チョコ」
「一つだけね」
「これも」
「一つって言ったでしょ」
「これもチョコ」
「それはレーズン」
ヴィルテは笑った。
最後にサワークリームオニオン味のシリアルがないことを確認した。
当然なかった。
牛乳を注ぐ。
カップが重くなった。
「……結構ありますね」
「欲張ったからねぇ」
三人で元の場所へ戻った。
ヨハンナがスプーンですくう。
ダリウスも食べる。
ヴィルテも一口。
「……」
噛む。
もう一度噛む。
「どうだい?」
「何食べてるのかわかんないです」
「七種類入れるからだ」
「でも美味しいです」
「なら成功だねぇ」
ヨハンナが笑った。
「ふっふっふ」
窓の外では、まだ猛吹雪が続いていた。
午前一時を過ぎたOic Place。
本来なら、一日の中でも最も静かな時間のはずだった。
けれど今だけは、あちこちから紙カップとスプーンの音が聞こえていた。
十五レフ。
賞味期限切れ。
シリアル入れ放題。
ヴィルテはスプーンでもう一口すくった。
カラディシアに来て二週間。
この国では、ときどき、食べ物が余っただけでちょっとした祭りになるらしい。
15円くらいです




