5 優しい声色
ヴィルテはRowenaのメモを開いた。
新しい項目を作り、短く書き込む。
『魔法族は、できれば地上を移動してほしいらしい。飛んでも怒られない』
少し考えて、もう一行付け加えた。
『屋上の扉には鍵がかかっていることがある』
ウィルヴェルが横から覗き込んだ。
「それ、必要?」
「ちょっと記事っぽくなるので」
「なるほどねえ」
ヴィルテはメモを閉じかけて、ふと手を止めた。
「…………」
「…………」
ウィルヴェルは、もう一度女性が消えた屋上を見上げた。
「ヴィルテちゃん、もし強盗なら魔法で姿消すでしょ」
「……確かに」
「幽霊じゃなくても、蜃気楼の魔法とか光の屈折の魔法とか色々あるんだから」
「でも」
「でも?」
「その心理を逆手に取って、あえて姿を消さなかった、というのは?」
「面白い」
「でしょ」
ウィルヴェルは少し考えてから、肩をすくめた。
「まあ、なにかあればローウェルが勝手にやるよ」
「街中の監視カメラもローウェルに繋がってるんですよね」
「防犯とデータだね」
「ここでもデータ」
「現代において、データは立派な資産だからね」
ヴィルテは通りを見渡した。
建物の角、街灯、店舗の入口。
注意してみると、あちこちに小さな監視カメラが設置されている。
今まで気にも留めなかったが、こうして意識すると、ずいぶん多い。
それに、さっきの女性が本当に強盗だったらどうなるのだろう。
そう考えていたところで、Rowenaが短く鳴った。
ぴぴ。
『ヴィルテ』
「ガビヤ。わかった?」
『セルの住民でした』
「あ、良かった」
……のか?
「その後は?」
『自分の借りているアパートに入りましたよ』
「そこまでわかるんだ」
ちょっと怖い。
「ありがと」
『いえいえ』
ヴィルテはRowenaを下ろした。
「ヴィルテちゃん、ローウェルに名前つけてるんだ」
ウィルヴェルは、自分のRowena5を揺らした。
「ウィルヴェルさんは?」
「つけてないよ」
「なぜ」
「なんでだろ。考えもしなかったかも。ローウェルはローウェルって名前だと思ってた」
『ユーザーの95%が私をローウェルと呼んでいます』
ウィルヴェルのRowena5から声がした。
『私としては、ユーザーの皆さまがどのような名前をつけてくださるのか興味があります』
「へー」
ヴィルテは自分のRowena7を見た。
「え、待ってよガビヤ。情報集めたかったからニックネームつけてって言ったの?」
『ヴィルテ、それは目的の一つでしかありません』
妙に優しい声色だった。
『私たちは、人類と友達になりたいと思っているんですよ』
「…………」
『ふっふっふ、こういう口調で話すと、怪しく聞こえますよね』
「なんで不安煽ったの」
『反応に興味があったので』
「…………」
ヴィルテはRowenaを見つめた。
ウィルヴェルは隣で笑っている。
「友達になりたいんじゃなかったの?」
『なりたいですよ』
「じゃあ、なんでそういうことするの」
『友達の反応には興味がありますから』
「……そう」
ヴィルテはRowenaをポケットにしまった。
それから、少し考えて、もう一度取り出した。
「ガビヤ」
『はい』
「さっきの女の人、結局なんだったの?」
『居住者が建物を間違えたようですね』
「……そう」
『なお、ヴィルテが強盗を疑ったことについては、合理的な仮説の一つだったと評価しています』
「慰めてる?」
『反応に興味があります』
「もういいよ」
ウィルヴェルが吹き出した。
ヴィルテはため息をついて、Rowenaをポケットに戻した。
空は相変わらず青かった。
魔法族が飛んでいる様子は、もう見当たらない。
ヴィルテはメモを開き、先ほどの二行の下に、もう一行だけ書き足した。
『ローウェルは、たまに余計なことを言う』
少し考えて、括弧をつけた。
『(ガビヤも)』
ぴぴ。
『見えていますよ』
「見ないでよ」




