4 空を舞う影(…強盗?)
ヴィルテとウィルヴェルは、中央文化区画の通りを歩いていた。
午後のカラディシアは、よく晴れていた。
四階建ての建物が整然と並び、通りには歩行者や自転車、Oic Cycleに乗った人々が行き交っている。頭上では建物同士を結ぶ屋上の橋が、秋の日差しを浴びていた。
ウィルヴェルは歩きながら、時折カメラを構えている。
ヴィルテもRowenaを片手に、気になった店の名前や看板を記録していた。
ふと、何かを思い出したように空を見上げる。
「そういえば、ここって魔法族多いのに、空飛んでる人少ないですね」
「ん?」
ウィルヴェルも空を見上げた。
青空には薄い雲が浮かんでいる。鳥が数羽、建物の屋根を越えて飛んでいった。
「ここは実験都市だからね」
「実験都市?」
「Oic Pay使うと、20%ポイントつくでしょ」
「お得ですよね」
「うん。あれね、消費者のデータを集めて、提携企業に送信してるの」
「データ?」
「そう。ユーザーの年齢層、購入商品、そのあと同じ日にどこで何を買ったか、とかね。そういう情報を集めて、国民の行動パターンや、売れる商品の傾向なんかを調べてるの」
「へー。なんでそんなこと」
「使い道があるんだよ。色々ね」
ウィルヴェルはカメラを下ろした。
「例えば、新しくお店を出すとき、どこに何を置けば売れるのか。どの時間帯に人が集まるのか。そういうことが分かれば、企業にとっては便利でしょ」
「なるほど」
「カラディシアは、データ提供の見返りに建国と発展の資金を集めた国なの。で、それは今も続いてる」
「へー……」
「国が安定してもう少し経ったら、その辺も変わるかもしれないし、継続したままかもしれない。ちなみに、これは入国の際にも説明されるし、Oic Payの案内の最初の一行にも書かれてる」
「そうでしたっけ」
「読まなかった?」
「……たぶん」
「まあ、そういう人も多いだろうね」
ヴィルテは手元のRowenaを見た。
Oic Payは便利だった。
何しろ、買い物をするだけで代金の一部がポイントとして戻ってくる。カラディシアに来てからというもの、使わない理由が見つからないくらいだった。
「でも、なんか、個人情報が外部に漏れてるって思うと嫌ですね」
「ヴィルテちゃんの個人情報が、そのまま外に出ていくわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「カラディシア政府が集めた情報を、外部企業に提供する。その過程で、必要な情報だけが送信されるように濾過されるの。匿名化ってやつだね」
「匿名化」
「例えば、十五歳のリトアニア人の女の子が、何時何分にどこの店で何を買った、っていう記録をそのまま渡す必要はないでしょ」
「それ、私じゃないですか」
「例えばの話」
「本当ですか?」
「ふふ、どうだろう」
ウィルヴェルは笑った。
「まあ、年齢層ごとに何が売れているとか、ある地域でどんな商品が人気なのかとか、そういう形に加工するんだよ。細かい行動履歴を組み合わせると個人が推測されることもあるから、そこも制限しないといけないけどね」
「なるほど……」
ヴィルテは少し考えた。
「でも、それと空を飛ぶ人が少ないのと、どういう関係があるんです?」
「ああ、そうだった」
ウィルヴェルは、また空を見上げた。
「魔法族にも、できるだけ普通の人と同じ交通手段を使ってほしいってお願いしてるの」
「お願い?」
「うん。禁止じゃないよ。飛びたければ飛んでいい。ただ、できれば徒歩とか自転車とか、Oic Cycleなんかを使ってほしいって」
「なんでです?」
「都市の実験に協力してもらうため」
ウィルヴェルは通りの向こうを指差した。
「例えば、あそこに新しいお店ができたとするでしょ。人がどの道を通って来るのか、途中でどんな店に立ち寄るのか。そういう情報って、街を設計するうえで役に立つんだよ」
「はい」
「でも、魔法族がみんな屋根の上を飛んで移動してたら、地上の交通網を使う人たちとは行動が違ってくるでしょ」
「ああ、なるほど」
「だから、なるべく同じ条件で街を使ってもらいたいんだね。そうすれば、集めたデータも都市計画に活用しやすい」
「でも、飛んでもいいんですよね?」
「いいよ」
「罰金とかは?」
「ないね」
「注意されたり?」
「基本的にはされないと思うよ。飛行そのものが危険な場所は別だけど」
「じゃあ、お願いされてるだけなんですね」
「そういうこと」
ヴィルテは再び空を見上げた。
ちょうど、一人の魔法族らしい女性が、建物の屋上からふわりと浮かび上がるところだった。
女性はそのまま通りを横切り、向かいの建物の屋上に降り立った。
「……普通に飛んでますね」
「飛んでるね」
「いいんですかね」
「いいんじゃない?」
二人はしばらく、その女性を眺めていた。
女性は屋上の扉を開けようとして、鍵がかかっていることに気づいたらしい。
何度かドアノブを回したあと、諦めたように再び浮かび上がり、元の建物へ戻っていった。
「……何しに行ったんでしょう」
「さあ」
ウィルヴェルはカメラを構えたが、女性はもう屋上から姿を消していた。
「撮り損ねた」
「撮る必要ありました?」
「ちょっと面白かったから」
ヴィルテはRowenaのメモを開いた。
新しい項目を作り、短く書き込む。
『魔法族は、できれば地上を移動してほしいらしい。飛んでも怒られない』
少し考えて、もう一行付け加えた。
『屋上の扉には鍵がかかっていることがある』
ウィルヴェルが横から覗き込んだ。
「それ、必要?」
「ちょっと記事っぽくなるので」
「なるほどねえ」
二人は再び歩き出した。
「…………」
「…………」
「……あの、今の人、強盗じゃないですか?」
「…………」
「…………」
「……ちょっとローウェルに聞いてみようか」




