3 プラントミート
とある工場の監視室
カラディシア北部工業地区。
広大な敷地に建設されたプラントミート製造工場は、国内の食品供給を支えると同時に、世界のプラントミート市場の約二割を占める巨大な生産拠点でもある。
原料の搬入から加工、成形、加熱、冷却、包装、出荷に至るまで、製造工程の大部分は自動化されている。
製造ラインには無数のセンサーと検査装置が設置され、中央管理AIのローウェルが、製品の品質から設備の稼働状況まで常時監視していた。
そのため、監視室に常駐する職員たちの仕事は、主に異常発生時の対応である。
もっとも、異常などそう頻繁に起こるものではない。
「おい」
「なに」
「ウノって言ってないぞ」
「言ったって」
「いつ言った」
「ドロ4出す前だよ」
「聞いてねえよ」
「聞いてなかっただけだろ」
監視室には三人の職員がいた。
二人は中央のテーブルを挟んで向かい合い、残る一人はソファに寝転がっていた。
テーブルにはカードが散らばり、空になったコーヒーカップが二つ置かれている。
壁一面に並ぶモニターには、各製造ラインの稼働状況が表示されていた。
「そもそもさ、ドロ4出す前にウノって言ったんだから、俺の勝ちだろ」
「まだ上がってねえだろ」
「次で上がるだろ」
「俺が上がらせねえよ」
「何持ってんだよ」
「言うわけねえだろ」
『ぴぴ』
「お、ローウェル?」
「命拾いしたな、お前」
「るっせ。どうしたローウェル」
『Bエリアにて異物混入を検知しました』
「了解。ありがとう」
『該当製造ラインを停止しました。対象製品は隔離済みです。確認をお願いします』
「お前行けよ」
「お前だろ」
「俺は残り一枚だ。お前は?」
「五枚」
「プラス四枚だ。お前行けよ」
「関係ねえだろ」
「大ありだろ。俺もうすぐ上がるんだから」
「俺だって上がるつもりだったんだよ」
「五枚も持って?」
「持ってちゃ悪いのかよ」
「お前さっきから全然減ってねえじゃん」
「お前がドロ4ばっか出すからだろ」
ソファに寝転がっていた三人目の職員が、顔を上げた。
「じゃんけんで決めろよ」
「お前行けよ」
「俺、休憩中」
「俺らも休憩中だよ」
「じゃあ誰が仕事してんだよ」
「ローウェル」
『はい』
「呼んでねえよ」
『失礼しました』
三人目の職員は再びソファに横になった。
向かい合う二人は、しばらく睨み合っていた。
「……わかったよ。俺が行くよ」
「おう」
「その代わり、カード触んなよ」
「触んねえよ」
「絶対だぞ」
「わかったって」
男は手札をテーブルに伏せ、椅子から立ち上がった。
「ったく、言ってねえからなお前。ウノ」
「言ったよ」
「聞いてねえんだよ」
「だから聞いてなかっただけだろ」
男はぶつぶつ言いながら監視室を出ていった。
扉が閉まる。
残された男は、テーブルの上に伏せられた五枚のカードを眺めた。
「……」
それから、相手の手札を一枚、そっと持ち上げた。
『ぴぴ』
「うおっ」
『Cエリアの冷却設備に温度変動を検知しました』
「……あ、そう。了解」
『許容範囲内ですが、経過観察を継続します』
「よろしく」
男はカードを戻した。
しばらくして、ソファから声がした。
「お前、今カード見ようとしただろ」
「見てねえよ」
「見ようとしたじゃん」
「してねえって」
「ローウェル」
『はい』
「こいつ、カード見ようとした?」
『監視室内の映像記録を確認しますか?』
「おう」
「おい、やめろよ」
『確認しました』
「どうだった?」
『カードを持ち上げていますが、表面を確認したかどうかは判定できません』
「ほら見ろ」
「いや、持ち上げてんじゃねえか」
「見てねえだろ」
「見ようとしてんだろ」
「してねえって」
そのころ、Bエリアでは一人の職員が製造ラインの点検を始めていた。
ローウェルの案内に従って検査装置を開き、異物の混入箇所を確認する。
原因は、搬送設備の樹脂製部品から剥がれた小さな破片だった。
「ローウェル、これだな」
『はい。破片の形状が検出された異物と一致しています』
「部品交換するわ」
『交換用部品は保管庫B-12にあります』
「了解」
男は工具を取り出し、作業を始めた。
数分後。
「ローウェル、交換終わった」
『確認します』
短い電子音が鳴った。
『異常は検出されませんでした。試運転を開始します』
「よろしく」
製造ラインがゆっくりと動き始めた。
男はしばらく設備を眺め、問題がないことを確認すると、工具を片づけた。
「ローウェル、戻っていい?」
『はい。お疲れさまでした』
「おう」
監視室に戻ると、二人がまだ揉めていた。
「だから、見てねえって」
「持ち上げたんだろ」
「持ち上げただけだろ」
「なんで持ち上げたんだよ」
「気になったからだよ」
「何がだよ」
「何のカード持ってんのかなって」
「それ見ようとしてんじゃねえか!」
戻ってきた男は、二人を眺めた。
「……何やってんだお前ら」
「こいつ俺のカード見ようとしたんだよ」
「見てねえって」
「ローウェルにも確認した」
「判定できないって言ってただろ」
「持ち上げたって言ってたろ」
男は自分の椅子に座り、伏せてあった手札を取った。
五枚。
「……」
一枚、二枚、三枚。
男はカードを数えた。
「おい」
「なんだよ」
「俺、六枚持ってんだけど」
「知らねえよ」
「さっき五枚だったよな」
「知らねえって」
「お前、増やしただろ」
「増やしてねえよ」
「ローウェル」
『はい』
「こいつ俺のカード増やした?」
『監視室内の映像記録を確認しますか?』
「頼む」
「おい、やめろって」
『確認しました』
「どうだった?」
『一枚追加しています』
「お前さあ!」
「見ようとしただろ!」
「見てねえよ!」
壁一面のモニターでは、世界各地へ出荷されるプラントミートが、滞りなく製造されていた。
Bエリアの稼働率は正常値に復帰。
異物混入による製品の流出はゼロ。
工場全体の稼働状況も良好だった。
『ぴぴ』
「今度はなんだよ!」
『休憩時間が終了しました』
「……」
「……」
ソファの男が起き上がった。
「じゃ、仕事するか」
「お前ずっと寝てただろ」
「寝てねえよ」
「寝てただろ」
「目閉じてただけだよ」
『ぴぴ』
「なんだよローウェル!」
『次の休憩時間は二時間後です』
「知ってるよ!」
製造ラインは今日も順調だった。
*
昼下がりのOic Buvetteは、それなりに混雑していた。
窓際の席では学生たちが談笑し、奥のテーブルでは作業着姿の男が一人、Rowenaを眺めながらポテトをつまんでいる。
ヴィルテとウィルヴェルは、窓際の二人掛けのテーブルに向かい合って座っていた。
テーブルの上には、二人分のハンバーガーセット。
ヴィルテは包装紙を広げ、ハンバーガーを両手で持ち上げた。
「でも、このバーガー、なんでこんなに安いんでしょう」
彼女は言った。
「プラントミートを大量生産してるんだって」
ウィルヴェルはビッグビュヴェットバーガーを頬張った。
「北区の工場で。世界のプラントミート売上シェアの二十パーセント」
「へー。それってすごいんですか?」
「すごいんじゃない? 世界で売られてるプラントミートの五分の一が、カラディシア産ってことだから」
「五分の一……」
ヴィルテは手元のハンバーガーを見下ろした。
「そんなに作ってるんですね」
「そうそう」
ウィルヴェルは紙カップの飲み物を一口飲んだ。
「カラディシアの外じゃ、まだプラントミートのほうが高いんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。でも、それって大量生産ができてないからなの。設備も高いし、作る量が少ないと、一個あたりの値段も高くなるでしょ」
「なるほど」
「ならやっちゃおうっていうのが、カラディシアだったんだね」
「やっちゃおう」
「うん。工場を造って、大量に作って、国内でも売るし、海外にも売る」
「へー」
「カラディシアのプラントミートは、海外じゃ鶏肉と同じくらいの価格で売ってるんだよ」
「じゃあ、こっちではもっと安いんですか?」
「そう。国内だと輸送費も抑えられるし、Oicが大量に仕入れてるからね」
「なるほどー」
ヴィルテはハンバーガーを一口食べた。
柔らかいパンに、香ばしく焼かれたパティ。ソースと野菜の味が口の中に広がる。
「……おいしい」
「でしょ」
「これが植物なんですよね」
「そうだね」
「不思議ですね」
「何が?」
「植物なのに、お肉みたいで」
「お肉みたいに作ってるからね」
「それはそうなんですけど」
ヴィルテはもう一口食べた。
ウィルヴェルはポテトを二本つまみ、口に運んだ。
「まあ、でも、安いっていいよね。これだけ食べてもそんなにお金かからないし」
「ですね」
「毎日食べられる」
「毎日はちょっと……」
「飽きる?」
「太りそうです」
「それはそう」
二人はしばらく黙って食べた。
窓の外では、ムーヴァーに乗った人々がゆっくりと通り過ぎていく。
向かいの建物の屋上には、薄く雪が残っていた。
「それにしても」
ヴィルテは言った。
「こんなにたくさん作る工場って、どんなところなんでしょうね」
「さあ。ほとんど自動化されてるって聞いたけど」
「人は働いてないんですか?」
「いや、働いてるよ。機械の点検とか、故障したときの対応とか」
「大変そうですね」
「どうだろうね。普段はそんなにやることないのかも」
「でも、世界中の人が食べるものを作ってるんですよね」
「そうだね」
ウィルヴェルは最後の一口を食べ、包装紙を丸めた。
「工場で働いてる人に感謝だね」
「ですね」
ヴィルテは頷いた。
それから、ハンバーガーをもう一口食べた。
おいしかった。
カラディシア北部の巨大工場では、そのころ、今日も大量のプラントミートが製造されていた。
製造ラインは順調に稼働している。
品質検査も正常。
出荷予定に遅れはない。
監視室では、二人の職員がテーブルを挟んで向かい合っていた。
「だからウノって言っただろ」
「聞いてねえよ」
「言ったって」
「いつ言ったんだよ」
「ドロ4出す前だよ」
「言ってねえだろ」
「言ったよ」
世界のプラントミート市場の二十パーセントを支える工場は、今日も平和だった。




