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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
ローウェル

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68/84

3 プラントミート

 とある工場の監視室


 カラディシア北部工業地区。


 広大な敷地に建設されたプラントミート製造工場は、国内の食品供給を支えると同時に、世界のプラントミート市場の約二割を占める巨大な生産拠点でもある。


 原料の搬入から加工、成形、加熱、冷却、包装、出荷に至るまで、製造工程の大部分は自動化されている。


 製造ラインには無数のセンサーと検査装置が設置され、中央管理AIのローウェルが、製品の品質から設備の稼働状況まで常時監視していた。


 そのため、監視室に常駐する職員たちの仕事は、主に異常発生時の対応である。


 もっとも、異常などそう頻繁に起こるものではない。


「おい」


「なに」


「ウノって言ってないぞ」


「言ったって」


「いつ言った」


「ドロ4出す前だよ」


「聞いてねえよ」


「聞いてなかっただけだろ」


 監視室には三人の職員がいた。


 二人は中央のテーブルを挟んで向かい合い、残る一人はソファに寝転がっていた。


 テーブルにはカードが散らばり、空になったコーヒーカップが二つ置かれている。


 壁一面に並ぶモニターには、各製造ラインの稼働状況が表示されていた。


「そもそもさ、ドロ4出す前にウノって言ったんだから、俺の勝ちだろ」


「まだ上がってねえだろ」


「次で上がるだろ」


「俺が上がらせねえよ」


「何持ってんだよ」


「言うわけねえだろ」


『ぴぴ』


「お、ローウェル?」


「命拾いしたな、お前」


「るっせ。どうしたローウェル」


『Bエリアにて異物混入を検知しました』


「了解。ありがとう」


『該当製造ラインを停止しました。対象製品は隔離済みです。確認をお願いします』


「お前行けよ」


「お前だろ」


「俺は残り一枚だ。お前は?」


「五枚」


「プラス四枚だ。お前行けよ」


「関係ねえだろ」


「大ありだろ。俺もうすぐ上がるんだから」


「俺だって上がるつもりだったんだよ」


「五枚も持って?」


「持ってちゃ悪いのかよ」


「お前さっきから全然減ってねえじゃん」


「お前がドロ4ばっか出すからだろ」


 ソファに寝転がっていた三人目の職員が、顔を上げた。


「じゃんけんで決めろよ」


「お前行けよ」


「俺、休憩中」


「俺らも休憩中だよ」


「じゃあ誰が仕事してんだよ」


「ローウェル」


『はい』


「呼んでねえよ」


『失礼しました』


 三人目の職員は再びソファに横になった。


 向かい合う二人は、しばらく睨み合っていた。


「……わかったよ。俺が行くよ」


「おう」


「その代わり、カード触んなよ」


「触んねえよ」


「絶対だぞ」


「わかったって」


 男は手札をテーブルに伏せ、椅子から立ち上がった。


「ったく、言ってねえからなお前。ウノ」


「言ったよ」


「聞いてねえんだよ」


「だから聞いてなかっただけだろ」


 男はぶつぶつ言いながら監視室を出ていった。


 扉が閉まる。


 残された男は、テーブルの上に伏せられた五枚のカードを眺めた。


「……」


 それから、相手の手札を一枚、そっと持ち上げた。


『ぴぴ』


「うおっ」


『Cエリアの冷却設備に温度変動を検知しました』


「……あ、そう。了解」


『許容範囲内ですが、経過観察を継続します』


「よろしく」


 男はカードを戻した。


 しばらくして、ソファから声がした。


「お前、今カード見ようとしただろ」


「見てねえよ」


「見ようとしたじゃん」


「してねえって」


「ローウェル」


『はい』


「こいつ、カード見ようとした?」


『監視室内の映像記録を確認しますか?』


「おう」


「おい、やめろよ」


『確認しました』


「どうだった?」


『カードを持ち上げていますが、表面を確認したかどうかは判定できません』


「ほら見ろ」


「いや、持ち上げてんじゃねえか」


「見てねえだろ」


「見ようとしてんだろ」


「してねえって」


 そのころ、Bエリアでは一人の職員が製造ラインの点検を始めていた。


 ローウェルの案内に従って検査装置を開き、異物の混入箇所を確認する。


 原因は、搬送設備の樹脂製部品から剥がれた小さな破片だった。


「ローウェル、これだな」


『はい。破片の形状が検出された異物と一致しています』


「部品交換するわ」


『交換用部品は保管庫B-12にあります』


「了解」


 男は工具を取り出し、作業を始めた。


 数分後。


「ローウェル、交換終わった」


『確認します』


 短い電子音が鳴った。


『異常は検出されませんでした。試運転を開始します』


「よろしく」


 製造ラインがゆっくりと動き始めた。


 男はしばらく設備を眺め、問題がないことを確認すると、工具を片づけた。


「ローウェル、戻っていい?」


『はい。お疲れさまでした』


「おう」


 監視室に戻ると、二人がまだ揉めていた。


「だから、見てねえって」


「持ち上げたんだろ」


「持ち上げただけだろ」


「なんで持ち上げたんだよ」


「気になったからだよ」


「何がだよ」


「何のカード持ってんのかなって」


「それ見ようとしてんじゃねえか!」


 戻ってきた男は、二人を眺めた。


「……何やってんだお前ら」


「こいつ俺のカード見ようとしたんだよ」


「見てねえって」


「ローウェルにも確認した」


「判定できないって言ってただろ」


「持ち上げたって言ってたろ」


 男は自分の椅子に座り、伏せてあった手札を取った。


 五枚。


「……」


 一枚、二枚、三枚。


 男はカードを数えた。


「おい」


「なんだよ」


「俺、六枚持ってんだけど」


「知らねえよ」


「さっき五枚だったよな」


「知らねえって」


「お前、増やしただろ」


「増やしてねえよ」


「ローウェル」


『はい』


「こいつ俺のカード増やした?」


『監視室内の映像記録を確認しますか?』


「頼む」


「おい、やめろって」


『確認しました』


「どうだった?」


『一枚追加しています』


「お前さあ!」


「見ようとしただろ!」


「見てねえよ!」


 壁一面のモニターでは、世界各地へ出荷されるプラントミートが、滞りなく製造されていた。


 Bエリアの稼働率は正常値に復帰。


 異物混入による製品の流出はゼロ。


 工場全体の稼働状況も良好だった。


『ぴぴ』


「今度はなんだよ!」


『休憩時間が終了しました』


「……」


「……」


 ソファの男が起き上がった。


「じゃ、仕事するか」


「お前ずっと寝てただろ」


「寝てねえよ」


「寝てただろ」


「目閉じてただけだよ」


『ぴぴ』


「なんだよローウェル!」


『次の休憩時間は二時間後です』


「知ってるよ!」


 製造ラインは今日も順調だった。


 *


 昼下がりのOic Buvetteは、それなりに混雑していた。


 窓際の席では学生たちが談笑し、奥のテーブルでは作業着姿の男が一人、Rowenaを眺めながらポテトをつまんでいる。


 ヴィルテとウィルヴェルは、窓際の二人掛けのテーブルに向かい合って座っていた。


 テーブルの上には、二人分のハンバーガーセット。


 ヴィルテは包装紙を広げ、ハンバーガーを両手で持ち上げた。


「でも、このバーガー、なんでこんなに安いんでしょう」


 彼女は言った。


「プラントミートを大量生産してるんだって」


 ウィルヴェルはビッグビュヴェットバーガーを頬張った。


「北区の工場で。世界のプラントミート売上シェアの二十パーセント」


「へー。それってすごいんですか?」


「すごいんじゃない? 世界で売られてるプラントミートの五分の一が、カラディシア産ってことだから」


「五分の一……」


 ヴィルテは手元のハンバーガーを見下ろした。


「そんなに作ってるんですね」


「そうそう」


 ウィルヴェルは紙カップの飲み物を一口飲んだ。


「カラディシアの外じゃ、まだプラントミートのほうが高いんだけどね」


「そうなんですか?」


「うん。でも、それって大量生産ができてないからなの。設備も高いし、作る量が少ないと、一個あたりの値段も高くなるでしょ」


「なるほど」


「ならやっちゃおうっていうのが、カラディシアだったんだね」


「やっちゃおう」


「うん。工場を造って、大量に作って、国内でも売るし、海外にも売る」


「へー」


「カラディシアのプラントミートは、海外じゃ鶏肉と同じくらいの価格で売ってるんだよ」


「じゃあ、こっちではもっと安いんですか?」


「そう。国内だと輸送費も抑えられるし、Oicが大量に仕入れてるからね」


「なるほどー」


 ヴィルテはハンバーガーを一口食べた。


 柔らかいパンに、香ばしく焼かれたパティ。ソースと野菜の味が口の中に広がる。


「……おいしい」


「でしょ」


「これが植物なんですよね」


「そうだね」


「不思議ですね」


「何が?」


「植物なのに、お肉みたいで」


「お肉みたいに作ってるからね」


「それはそうなんですけど」


 ヴィルテはもう一口食べた。


 ウィルヴェルはポテトを二本つまみ、口に運んだ。


「まあ、でも、安いっていいよね。これだけ食べてもそんなにお金かからないし」


「ですね」


「毎日食べられる」


「毎日はちょっと……」


「飽きる?」


「太りそうです」


「それはそう」


 二人はしばらく黙って食べた。


 窓の外では、ムーヴァーに乗った人々がゆっくりと通り過ぎていく。


 向かいの建物の屋上には、薄く雪が残っていた。


「それにしても」


 ヴィルテは言った。


「こんなにたくさん作る工場って、どんなところなんでしょうね」


「さあ。ほとんど自動化されてるって聞いたけど」


「人は働いてないんですか?」


「いや、働いてるよ。機械の点検とか、故障したときの対応とか」


「大変そうですね」


「どうだろうね。普段はそんなにやることないのかも」


「でも、世界中の人が食べるものを作ってるんですよね」


「そうだね」


 ウィルヴェルは最後の一口を食べ、包装紙を丸めた。


「工場で働いてる人に感謝だね」


「ですね」


 ヴィルテは頷いた。


 それから、ハンバーガーをもう一口食べた。


 おいしかった。


 カラディシア北部の巨大工場では、そのころ、今日も大量のプラントミートが製造されていた。


 製造ラインは順調に稼働している。


 品質検査も正常。


 出荷予定に遅れはない。


 監視室では、二人の職員がテーブルを挟んで向かい合っていた。


「だからウノって言っただろ」


「聞いてねえよ」


「言ったって」


「いつ言ったんだよ」


「ドロ4出す前だよ」


「言ってねえだろ」


「言ったよ」


 世界のプラントミート市場の二十パーセントを支える工場は、今日も平和だった。

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