↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
ローウェル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/84

幕間 とある記者の取り調べ

 がしゃん。


 こつ、こつ、こつ。


 重たい鉄扉が閉まり、靴音が静かな部屋に響いた。


 哲学ヨハンナは、椅子に座った女を見下ろした。


 女は、能天気そうな顔で部屋のあちこちを眺めていた。壁、天井、マジックミラー、監視カメラ。最後に、入ってきた哲学ヨハンナに気づくと、その顔を見上げた。


「……」


「……」


「……なにか飲むかい」


「あ、じゃあ、えっと……、なにがありますか?」


「水だねぇ」


「じゃあ、それを」


「コーヒーもあるよ」


「トイレ行きたくなるから……。長くなるんでしょう?」


「察しが良いねぇ」


 哲学ヨハンナはコーヒーメーカーに手を伸ばした。


「こういうのは初めてじゃないのかい」


「初めてです」


「そうかい」


 こぽぽぽぽ。


 コーヒーの落ちる音だけが、しばらく部屋に響いた。


「どうぞ」


「……毒とか?」


「ふっふっふ、自白剤かい? それとも劇薬?」


「聞かれても……」


「どっちも必要ないねぇ」


 哲学ヨハンナは向かいの椅子に腰を下ろし、机の上のファイルを開いた。


「ウィルヴェル……、記者かい」


「はい」


「どんな記事を?」


「調べは付いてるんでしょう?」


「確認だねぇ」


 女はコーヒーに口を付けた。


「その街のリアルを。国民はどう過ごしているか、スーパーやコンビニにどんなのがあるか、そこにしかないチェーン店になにがあるか、観光地のカフェと路地裏のカフェの違い、そんな感じです」


「ガイドブックかい?」


「はい。著書もいくつか」


「……」


 哲学ヨハンナはRowenaを取り出し、ぽちぽちと操作した。


 Amazonの検索結果に、いくつもの書籍が並んだ。


「へえ、なかなか良い写真を撮るねぇ」


「ええ、全部自分でやってるんです」


「楽しんでるかい」


「仕事は楽しませていただいてます。この状況は、楽しいとはいえませんが」


「そうだねぇ」


 哲学ヨハンナはRowenaを机に置いた。


「当初の予定を聞かせてくれるかい。滞在期間は?」


「三ヶ月」


「友人は?」


「入国当初はいませんでした。今は何人か」


「優秀な記者だねぇ」


 哲学ヨハンナは、記者と言うとき、両手の人差し指と中指を二度曲げた。


「帰りのチケットは?」


「そちらに押収されました。スカンジナビア航空、十四時三十分の便、フランクフルト経由でLAに」


「淀みないねぇ」


「三時間待たされてる間に、聞かれそうなことは整理しておいたので」


「協力的だねぇ」


 哲学ヨハンナは頷いた。


 それから、壁の監視カメラを見上げた。


 片手を上げ、人差し指を立てる。


 くるりと回し、親指を下に向けた。


 監視カメラの赤いランプが消えた。


「マイクもだよ」


 哲学ヨハンナはマジックミラーの向こうに向かって、もう一度手を振った。


 数秒後、机の端に置かれた録音機器のランプも消えた。


「……」哲学ヨハンナは、ウィルヴェルを見下ろした。


「……」ウィルヴェルは、爪を噛みながら哲学ヨハンナを見上げる。


「……ふっふっふ」


「……もー」


 ウィルヴェルは椅子の背もたれに身体を預けた。


「なんなんすかししょー」


「ふっふっふ、驚かせちゃったねぇ」


「ほんとですよぉ。ホテルで寝てたらいきなりなんか来るんですもん。なんなんすか」


「きみねぇ、節操なく写真をぱしゃぱしゃするクセ直しなって言っただろう」


「気をつけてたんすけどねぇ。いや、街並みが綺麗だから」


「ふっふっふ、そうだろう? でもねぇ、そりゃあ五秒ごとにぱしゃぱしゃやってたら、この国の警察だって眉をひそめるさ」


「気をつけまーす」


「ここがロシアやベラルーシと同じ地域にあるって忘れてたんじゃないだろうね」


「だって、ししょーが外務大臣やってる国なら、めちゃくちゃ緩いと思うじゃないすかー」


「緩いよ」


「でしょー?」


「めちゃくちゃ緩いよ」


「じゃあなんでこんなことなってるんすかー」


「きみがその緩い人たちすら不審がらせたからだよ」


「なにがいけないんすかー」


「写真撮りすぎるところだよ」


 ウィルヴェルは不満そうに頬を膨らませた。


 哲学ヨハンナはファイルから一枚の写真を取り出した。


「きみねぇ、これだよこれ、この写真」


 机の上に置かれたのは、青空を背景にした、立派な石造りの建物だった。


 左右対称の外観に、大きな窓。正面には広場があり、よく手入れされた植え込みが並んでいる。


 ウィルヴェルは身を乗り出した。


「きれいな建物っすよねー」


「大統領官邸だよ」


「あ、だからナンバープレートが……」


「そうだよ」


「監視カメラ多いなーって」


「そういうことだよ」


「それで逮捕っすか」


「一時的な拘束だよ」


「いつまで」


「今すぐ出れるよ」


「じゃー出してくださいよ」


 哲学ヨハンナは写真をファイルに戻した。


「きみについては名探偵ヨハンナから聞いてたよ」


「なに聞いたんすか」


「ふっふっふ、こうして会うのは初めてだからねぇ。せっかくだしゆっくり話そうよ」


「外で話しましょーよー」


「こんなところで話すなんてこと、そうそうできないよ」


「……」


 ウィルヴェルは改めて部屋を見回した。


 飾り気のない机。硬い椅子。マジックミラー。天井の監視カメラ。


「……言われてみれば」


「ふっふっふ、まあ、滅多にできない体験さ。じっくり楽しもうじゃないか」


 哲学ヨハンナは内線電話を取った。


「もしもし」


 途端に低い声になる哲学ヨハンナ。


 ウィルヴェルの脳内にシリアスで重厚なBGMが流れた。


「こいつ口が硬いねぇ。ちょっとカツ丼持ってきてくれるかい」


 ウィルヴェルは目を瞬かせた。


「そう、Oic Cornerの。XLL。そうだねぇ、牛丼と天丼、おにぎり各種、寿司各種。二つずつね。味噌汁とお茶も頼むよ。うん。経費で申請しなよ。じゃあね」


 受話器を置いた。


「ふっふっふ」


 重厚なBGMが消えた。


「いや、ちょっと待ってくださいよ」


「なんだい」


「食べすぎじゃないすか?」


「二人分だよ」


「二人分でも多いっすよ」


「余ったら持って帰りなよ」


「いいんすか?」


「いいよ」


「じゃあ、おにぎりは鮭がいいっす」


「各種だよ」


「あ、そっか」


 ウィルヴェルは満足そうに頷いた。


 それから、ふと顔を上げた。


「ところで、いつ帰れるんすか?」


「今すぐ帰れるよ」


「じゃあ帰してくださーい」


「ご飯が来るだろう」


「そうでした」


 哲学ヨハンナはコーヒーを飲んだ。


 ウィルヴェルもコーヒーを飲んだ。


「……ししょー」


「なんだい」


「これ、経費で落ちるんすか?」


「さあねぇ」


「さあねぇって」


「ふっふっふ」


 二人はしばらく黙っていた。


 ウィルヴェルは、もう一度マジックミラーを見た。


「向こうの人たち、なにしてるんすかね」


「仕事だねぇ」


「カメラもマイクも切れてるのに?」


「そうだねぇ」


「暇じゃないすか?」


「暇だろうねぇ。ゲームでもやってるんじゃないかな」


「ゲーム」


「マジックミラーの向こうにいるのもわたしだからねぇ」


「は?」


◯


「ふっふっふ」

「待ちなよ」

「なんだい?」

「きみ、ウノって言ってないじゃないか」

「言ったよ」

「2ドロー」

「ドロー返しだねぇ」

「4ドロー」

「待ちなよ、2ドローに4ドローでドロー返しはだめだよ」

「どこのローカルルールだい?」

「ネブラスカかい?」

「グンマかい」

「北センチネル島かい?」


◯


「多分3人でなんかやってるよ。しりとりかトランプか」


「じゃあもう最初から最後まで茶番じゃないすかー」


「そうだねぇ」


 哲学ヨハンナは椅子に深く腰掛け、脚を組んだ。


「ところで、きみ。三ヶ月もこの国にいて、なにが一番気に入ったんだい」


「えー、いっぱいありますよ」


「聞かせてくれるかい」


「いいっすよ。まずですねぇ……」


 ウィルヴェルは鞄を探そうとして、手元にないことに気づいた。


「あ、資料全部押収されてるんだった」


「口で話しなよ」


「写真見せたいんすよぉ」


「あとで返してもらいなよ」


「そうします」


 ウィルヴェルは机に両肘をついた。


「まず、街並みが綺麗なんすよねぇ」


「ふっふっふ、そうだろう?」


「特に大統領官邸」


「そこはもういいよ」

 マジックミラーの向こう側。


 薄暗い監視室には、三人のヨハンナがいた。


 一人は監視卓の前に座り、一人は椅子に横向きに腰掛け、もう一人は机に両肘をついている。


 監視モニターには、向かい合って座る哲学ヨハンナとウィルヴェルが映っていた。


「……」


「……」


「……」


 監視卓のヨハンナが、画面の隅に表示された時計を見た。


「暇だねぇ」


「そうだねぇ」


「なにかするかい」


「なにを?」


「しりとりとか」


「昨日やったよ」


「そうだったねぇ」


 しばらく沈黙した。


「トランプは?」


「あるよ」


「ウノもあるよ」


「じゃあウノにしようか」


「ふっふっふ、いいねぇ」


 机の引き出しから、使い込まれたUNOの箱が取り出された。


 三人は監視卓の脇に椅子を寄せ、カードを配り始めた。


 ほどなくして、監視カメラの赤いランプが消えた。


「あ、切れたねぇ」


「マイクもだって」


「はいはい」


 監視卓のヨハンナが録音を停止した。


「これでよし」


「じゃあ始めようか」


「もう始まってるよ」


「そうだったねぇ」


 ぱさ。


 赤の七。


 ぱさ。


 赤の二。


 ぱさ。


 青の二。


「ふっふっふ」


「きみ、ウノって言ってないじゃないか」


「言ったよ」


「聞いてないよ」


「言ったってば」


「いつ?」


「さっき」


「さっきっていつだい」


「カードを出す前だよ」


「聞こえなかったねぇ」


「耳が悪いんじゃないかい」


「きみと同じ耳だよ」


「そうだったねぇ」


 三人は笑った。


「じゃあ続けようか」


「いいよ」


 ぱさ。


「二枚ドロー」


「ドロー返しだねぇ」


 ぱさ。


「四枚ドロー」


「待ちなよ、二枚ドローに四枚ドローでドロー返しはだめだよ」


「なんでだい」


「ルールだよ」


「どこのローカルルールだい?」


「ネブラスカかい?」


「グンマかい」


「北センチネル島かい?」


「ふっふっふ」


「ふっふっふ」


「ふっふっふ」


 三人はしばらく笑っていた。


「北センチネル島の人たちはウノをやるのかい」


「知らないねぇ」


「じゃあ聞いてきなよ」


「嫌だよ」


「なんでだい」


「怖いじゃないか」


「ふっふっふ、そうだねぇ」


 監視卓のヨハンナが、カードを一枚引いた。


「そもそも、公式ルールではドロー返し自体が認められてないんだよ」


「知ってるよ」


「わたしも知ってるよ」


「じゃあなんでやったんだい」


「面白いからだよ」


「なるほどねぇ」


 三人は頷いた。


 ぱさ。


「四枚ドロー」


「だからだめだって」


「ふっふっふ」


 監視モニターの中では、哲学ヨハンナが脚を組み、ウィルヴェルと話していた。


 監視卓のヨハンナがちらりと画面を見る。


「向こう、楽しそうだねぇ」


「そうだねぇ」


「こっちも楽しいよ」


「ふっふっふ、そうだねぇ」


 ぱさ。


「ウノ」


「言ったねぇ」


「言ったよ」


「聞こえたよ」


「ふっふっふ」


 ぱさ。


「上がりだねぇ」


「ちょっと待ちなよ」


「なんだい」


「最後の一枚、ワイルドドロー4じゃないか」


「そうだよ」


「それ、出せないんじゃないかい」


「出せるよ」


「出せないよ」


「どこのローカルルールだい?」


「ネブラスカかい?」


「グンマかい」


「北センチネル島かい?」


「ふっふっふ」


「ふっふっふ」


「ふっふっふ」


 監視室には、三人分の笑い声が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。