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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
インターン

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13 ガビヤ

『似ていません』


「おや」


 どこからともなく、声がした。


 ローウェルだった。


 ヴィルテのRowena5の画面が、ひとりでに明るくなっている。


「聞かれてたねぇ」


「ふっふっふ」


 ヨハンナたちは楽しそうに笑っていた。


 ヴィルテはRowena5を手に取った。


『ところでヴィルテ』


「なんですか」


『わたしのニックネームは決まりましたか?』


「あー、それなんだけどね」


 ヴィルテは口をつぐんだ。


 視線を感じた。


 顔を上げる。


 昼寝ヨハンナたちが、こちらを見ていた。


 毛布を肩にかけたまま。


 全員、こちらを見ていた。


「……えっと」


「ふっふっふ」


「どうしたんだい」


「なんでもないです」


 ヴィルテはRowena5に視線を戻した。


 ニックネーム。


 そういえば、まだ決めていなかった。


 ローウェルという名前は、別に嫌いではない。


 ただ、少し堅苦しい。


 もっと呼びやすい名前がいい。


 ヴィルテはしばらく考えた。


 リトアニアの名前。


 そうだ。


 故郷の神話から取るのはどうだろう。


 ライマ。


 サウレ。


 アウシュリネ。


 ガビヤ。


 炉火と家庭を守る女神。


「……ガビヤにしようかな」


『かしこまりました。ガビヤとお呼びください』


「よろしくね」


『よろしくお願いします、ヴィルテ』


 ヴィルテは小さく頷いた。


 ガビヤ。


 悪くない名前だと思った。


 画面の中では、音声入力を受け付ける小さな表示が静かに揺れている。


『ところでヴィルテ』


「なに、ガビヤ」


『昼寝ヨハンナたちの言う通りです、ヴィルテ。わたしはもう少し日常のあれこれをサポートできますよ』


「例えば?」


『宿題を手伝ったりできますし、アイデアを考えたりもできます。声だけではなく、文章、動画、画像、グラフなどで返事もできます』


「宿題やってくれるの?」


『ふふ、期待してはいけませんよ。解き方を教えるだけです』


「……ちぇ」


 ヴィルテは少し残念そうに呟いた。


 昼寝ヨハンナたちが笑った。


「ふっふっふ」


「残念だったねぇ」


「勉強は大事だからねぇ」


「そうだねぇ」


 ヴィルテは毛布を膝にかけ直した。


 宿題。


 そういえば、まだ終わっていないものがあった。


 もっとも、今すぐやる気にはならなかった。


『ヴィルテ』


「なに?」


『あなたは今、世界中の九十パーセント以上の人が、これさえあれば人生を変えられると夢に見るようなものを持っているんですよ』


「……え?」


『それも、ただのスマホやPCではありません。世界最高峰のアシスタントと、極限まで最適化されたソフトウェアの入った端末です』


 ヴィルテは手元のRowena5を見た。


 いつも使っている端末だった。


 写真を撮ったり、動画を見たり、ゲームをしたり。


 最近は、観光モニターの仕事にも使っている。


『文章を書くことも、絵を描くことも、動画を制作することもできます。プログラミングも、語学の勉強も、調査も、企画もできます』


「へー」


『Rowenaシリーズの端末同士を連携させることもできますよ。Rowena5をキーボードとして使い、Rowena7に出力することもできます。別のRowenaをペンタブレットとして使うこともできます』


「そんなこともできるんだ」


『もちろんです。あなたがやりたいことを始めるための道具は、もう手元にあるんですよ』


「ふーん……」


 ヴィルテは画面を眺めた。


 そんなにすごいものだったのか。


 毎日使っているので、あまり考えたことがなかった。


 ヴィルテは少し考えた。


 それから、口を開いた。


「とりあえずどうしようか。なにか良いアイデアある?」


『自分で決めもせずAIアシスタントになにすれば良いか聞くなんて、AIに隷属する未来人の鑑ですね。そのまま頑張れば将来は労働の神として未来人から崇められることでしょう』


「……」


 ヴィルテは画面を見つめた。


 ガビヤは何も言わなかった。


 昼寝ヨハンナたちも、何も言わなかった。


 数秒後。


「……それで?」


『わたしの意見を聞いたのでしたら、まあ、とりあえずガイドブックを作ってみてはいかがでしょう』


「でも、哲学ヨハンナさんは今日は良いって」


『そうですね……』


 ガビヤは少し間を置いた。


『ヴィルテはどんなガイドブックが読みたいですか』


「どんなだろ」


 ヴィルテは首を傾げた。


 ガイドブック。


 観光名所。


 レストラン。


 宿泊施設。


 交通案内。


 そういうものだろうか。


『あそこのスーパーは夕方六時からデザートが安くなるとか』


「良いねそれ」


 ヴィルテは顔を上げた。


 それは知りたい。


 少なくとも、自分なら読む。


 デザートが安くなる時間。


 どこのスーパーなのか。


 何が安くなるのか。


 売り切れることはあるのか。


 そういう情報なら、いくらあっても困らない。


『なんでも言ってみてください』


「えー、じゃあ……」


 ヴィルテは膝を抱え直した。


 天井を見上げる。


 何が知りたいだろう。


 どんな情報があれば、便利だろう。


 どんなことが書いてあれば、読んでみたいと思うだろう。


 昼寝ヨハンナたちは、静かにこちらを見ていた。


 誰も口を挟まなかった。


 窓の外では、雪が降っていた。


 暖かな室内に、空調の低い音が響いている。


 ヴィルテはRowena5を見下ろした。


「……そうだなあ」


 ガビヤは、返事を待っていた。

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