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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
インターン

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12 眠れないヨハンナたち

 しごできヨハンナたちは、フルマラソンを完走する勢いで走っていた。


 カラディシア国際空港のジム。


 壁一面のガラス窓の向こうでは、雪が降っている。滑走路の誘導灯が、薄暗い空の下で点々と光っていた。


 室内には何十台ものトレッドミルが並んでいた。


 だだだだだだだ!


 その一角で、スポーツウェア姿のヨハンナたちが、猛烈な勢いで走っていた。


「ふっふっふ、今何キロだい?」


「四十越えたよ」


「こっちはあと一キロ」


「ビールが美味しいねぇ!」


「あとちょっと!」


 だだだだだ!


 足音が重なり、床が微かに震えていた。


 ヴィルテは、その隣のトレッドミルで速歩きをしていた。


 時速七キロ。


 少し息が弾むくらいの速度だった。


 イヤホンから流れる音楽に合わせて、足を運ぶ。


 こつ、こつ、こつ、こつ。


 だだだだだだだ!


 隣のヨハンナたちは、もう随分前から走っているらしい。


 全員、四十キロ前後。


 それなのに、まだ喋っている。


 賑やかな人たちだ。


 ヴィルテは前を向き直った。


 トレッドミルの表示を確認する。


 四・九キロ。


 もう少し。


 こつ、こつ、こつ。


 五・〇キロ。


「……よし。五キロ歩いた」


 ヴィルテは速度を落とした。


 足元のベルトがゆっくりと減速していく。


 その時だった。


「よっし! 完走したねぇ!」


 隣から歓声が上がった。


「こっちは、あと、二分!」


「ふっふっふ、フォームが乱れてるよ」


「うるさいねぇ!」


 だだだだだ!


 四十キロ以上走ったところで、フォームを指摘されたヨハンナが怒っていた。


 指摘したヨハンナは、楽しそうに笑っている。


「ふっふっふ」


「もうちょっとだねぇ」


「わかってるよ!」


 だだだだだだだ!


 ヴィルテはトレッドミルを降り、ボトルの水を飲んだ。


 ごく、ごく。


 その間にも、ヨハンナたちは走り続けていた。


 やがて。


「よっし!」


 最後の一人が両手を上げた。


 トレッドミルの速度が落ちる。


 だだだだだ。


 だだだ。


 たっ、たっ。


 ういん。


 ベルトが止まった。


「ふっふっふ、お疲れ様」


「頑張ったねぇ」


「コミットしただけさ」


「結果にねぇ」


「ふっふっふ」


 ヨハンナたちは笑い合っていた。


 汗だくになっている。


 それでも、みんな満足そうだった。


 ヴィルテは自分のトレッドミルを振り返った。


 五キロ。


 十分歩いたはずだった。


 隣では、四十二・一九五キロ。


「……」


 まあ、いいか。


 ヴィルテはボトルの蓋を閉めた。


 他人と比べても仕方がない。


 特に、相手がヨハンナの場合は。


     *


 運動を終えたヴィルテは、大浴場でシャワーを浴びた。


 温かい湯が肩を流れ、汗を洗い落としていく。


 体を拭き、無料貸し出しのパジャマに着替える。


 柔らかい生地だった。


 少し大きめで、袖が手の甲にかかる。


 ヴィルテは袖を一度折り返し、Rowena5を取り出した。


 画面には、空港の館内図が表示されていた。


 大浴場の受付にいたヨハンナに教えてもらい、案内用のQRコードを読み込んでダウンロードしたものだ。


 指で画面を動かす。


 現在地。


 大浴場。


 ジム。


 飲食店。


 休憩所。


 宿泊施設。


「へー、Oic Placeカラディシア国際空港支店か……」


 見慣れた名前だった。


 カラディシアに引っ越してきてから、何度も利用している公共施設。


 無料で休憩できて、シャワーも浴びられて、洗濯もできる。


 寝ることもできる。


 空港にもあるらしい。


 ヴィルテは画面に表示された経路を確認した。


 ここから数百メートル。


 空港は広かった。


 長い通路を歩いていく。


 窓の向こうは真っ暗だった。


 雪が照明の光を受けて、斜めに流れている。


 通路には人影がほとんどなかった。


 足音だけが響いていた。


 ぺた、ぺた、ぺた。


 やがて、案内板が見えてきた。


 Oic Place。


 その先には、大きな入口があった。


 ヴィルテが近づくと、受付に座っていた女性が顔を上げた。


 ヨハンナだった。


「やあ、ステイかい?」


「はい、お願いします」


「ふっふっふ、どうぞ」


 受付ヨハンナは、にこやかに微笑んだ。


「……」


 ヴィルテは足を止めた。


「なんだい」


「スマイル〇円」


「ふっふっふ、ここはOic Placeだからねぇ、スマイル〇円はやってないよ」


「……じゃあ、失礼します」


「ふっふっふ」


 ヴィルテは受付を通り過ぎた。


 数歩進む。


「……」


 ふと、振り返った。


 受付ヨハンナは、まだ笑顔のままだった。


 こちらを見ていた。


「……」


 ヴィルテは前を向いた。


 なんだか怖いので、二度と振り返らなかった。


     *


 Oic Placeの中は、暖かかった。


 広々とした空間に、マットレスが並んでいる。


 天井の照明は落とされ、足元の小さな灯りが通路を照らしていた。


 窓の向こうでは、相変わらず雪が降っている。


 ヴィルテは静かに歩いた。


 人が寝ていた。


 あちらにも。


 こちらにも。


 毛布をかぶっている人。


 枕を抱えている人。


 仰向けになっている人。


 横向きになっている人。


 みんなヨハンナだった。


「……」


 Oic Placeの中には、ヨハンナしかいなかった。


 しかも、みんな寝ている。


 ヴィルテは空いているマットレスを探しながら、奥へ進んだ。


 すると、声が聞こえてきた。


「ふぁ……、昼寝したから寝れないねぇ」


「どうしようか」


「しりとりでもするかい」


 起きているヨハンナたちもいた。


 数人が毛布にくるまり、向かい合って座っている。


「みかん」


「ふっふっふ、終わらせたいようだねぇ。そうは行かないよ。ンジャメナ」


「夏みかん」


「終わっちゃったねぇ」


「ふっふっふ」


「……」


 ヴィルテは、その横を通り過ぎようとした。


「あ、ヴィルテちゃんだねぇ」


 一人のヨハンナがこちらを見た。


「良かったらおいでよ」


「暇だからねぇ」


「話し相手になってほしいねぇ」


 ヴィルテは少し考えた。


 まだ眠くはなかった。


「……じゃあ、失礼します」


 靴を脱ぎ、空いているマットレスに腰を下ろした。


 柔らかかった。


 ヨハンナたちは、毛布を肩にかけたまま、のんびりしていた。


「昼寝しちゃったからねぇ」


「寝られないんだよねぇ」


「どうしよっか」


「お話でもするかい?」


「もうしてるねぇ」


「そうだったねぇ」


「ふっふっふ」


 ヴィルテは膝を抱えた。


 この人たちは、昼間も寝ていた。


 ジムでも寝ていた。


 そして今、夜になって眠れなくなっている。


 当然ではないだろうか。


「ヴィルテちゃん、ガイドブック作りは進んでるかい?」


「まあまあですね。今日は哲学ヨハンナさんも一緒だったので、生成はしませんでしたけど」


「そうかい」


「ふっふっふ」


「ローウェルは使ってるかい?」


「はい。時々」


「あれはねぇ、便利だよ」


「暇なときはお話に付き合ってもらうのさ」


「この間は休日はなにしてるかって聞いたのさ」


「三時間ずっとねぇ」


「あの手この手でねぇ」


「質問の形を変えてねぇ」


「……」


 ヴィルテは顔を上げた。


 三時間。


 休日に何をしているかという質問を。


 三時間。


「そしたらねぇ」


「途中から勝手に話題を変えてきたのさ」


「単調さに耐えられないんだねぇ」


「似た者同士で気が合いそうだよ」


『似ていません』


「おや」


 どこからともなく、声がした。


 ローウェルだった。


 ヴィルテのRowena5の画面が、ひとりでに明るくなっている。


「聞かれてたねぇ」


「ふっふっふ」

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