2 初仕事
はじめに訪れる場所はどこかな。
ヴィルテは考えた。
最初に撮るのは、どういうものが良いんだろう。
観光地の写真だろうか。食べ物だろうか。それとも、Oic Placeのような施設を紹介した方が良いんだろうか。
考えても、あんまりわからなかった。
翌日。
学校が休みだったので、ヴィルテは早速、中央文化区画にやってきた。
とりあえず、良いなと思った風景を片っ端から撮影することにした。
ヴェネツィアのような運河。
ガムラスタンの路地裏。
ローマのスペイン階段。
「……食べてる」
スペイン階段を再現したエリアでは、みんながこれでもかとジェラートを舐めていた。
階段のあちこちに人が座り、色とりどりのジェラートを手にしている。
恋人同士で分け合っている人もいれば、三段重ねのジェラートを慎重に舐めている子供もいる。
本物のスペイン階段では、ジェラートを食べることは違法らしい。
ヴィルテはRowena5を構えた。
パシャ。
ここではジェラートを食べてもオッケー。
そんな文章を写真に添えたら、面白いんじゃないか。
ヴィルテは写真を保存した。
また別の場所。
妙にうつむき加減な人たちが、柱の下に集まっていた。
みんな裾の長いローブを羽織っていて、顔も服装もよくわからない。
十人ほどいるだろうか。
誰も喋らず、ただ柱の周りに立っている。
待ち合わせだろうか。
それとも、なにかの集会だろうか。
パシャ。
待ち合わせ場所にピッタリ。
ヴィルテは、そんな文章を思いついた。
ローブ姿の人々は、相変わらずうつむいたままだった。
やがてヴィルテは、ヴィリニュスエリアへやってきた。
ゲディミナス塔を模した建物に入り、屋上まで上がる。
そこから見えたのは、故郷を思い出せる景色だった。
ヴィリニュス大聖堂。
その前に広がる大広場。
そこから伸びる、見慣れた大通り。
雪を被った屋根が夕方の光を受け、街並みの向こうには、遠くの建物まで続いている。
ヴィルテは、しばらくその景色を見つめていた。
そして、肩で大きく息をした。
知らず知らずのうちに、息を詰めていたらしい。
「懐かしいな」
まだ三週間も経っていないのに。
ついこの間まで、あの街で暮らしていた。
学校へ行き、買い物をして、家へ帰る。
そんな当たり前の景色が、今は目の前に広がっている。
ヴィルテはRowena5を取り出した。
パシャ。
画面の中には、ヴィリニュスの街並みが収まっていた。
しばらく風景を楽しんでから、塔を降りた。
先日訪れたヘスバーガーに入り、チーズバーガーのセットを買う。
哲学ヨハンナからもらった七千レフには、まだ手をつけていなかった。
食べさせてもらおう。
窓際の席に座り、トレーを置く。
なんとなく、胸の前で十字を切り、形式通りの祈りを口にした。
それから、バーガーを取る。
おっと。
パシャ。
包装紙から少し顔を出したチーズバーガーと、ポテトとドリンク。
窓の向こうには、雪の積もったヴィリニュスの街並み。
なかなか良い写真が撮れた気がした。
「オーケーローウェル」
『ヴィルテ。私を呼びたいときは、ローウェルとおっしゃっていただければ十分ですよ。それか、特定の言葉を登録してもいいです』
「そっか、じゃあ、とりあえずローウェルって呼ぶね」
『別の名前でも良いですよ』
「え? できるの?」
『そういう機能もございます』
「そっか、考えとくね」
『楽しみにしてます』
ヴィルテはポテトをつまんだ。
「哲学ヨハンナさんに対して話すときより優しいね」
『あぁ……』
途端に、ローウェルの声色が冷めた。
『外務大臣は、私たちを困らせて遊んでいるので』
「なるほど」
『相応の口調で対応しているまでです』
「そっか。写真のフォルダを見て」
『では、失礼いたします』
ぴぴ。
『なかなかいい写真を撮りましたね。動画は?』
「あ、撮ってないね」
『電子媒体の新聞なら、動画も載せられます』
「ハリー・ポッターみたいな感じか」
『はい。ですが、他者の著作名を口にするのはお控えください』
「なんで」
『著作権に抵触する場合がございます』
「なるほど?」
『そういったリスクマネジメントも私の仕事ですので』
「そっか。まあ、気をつけるね。よくわかんないけど」
『ふっふっふ、メタジョークですよ。第四の壁を破ってみました。いかがですか?』
「ちょっとわたしには難しすぎたかな」
『承知しました』
ヴィルテは、チーズバーガーを一口食べた。
温かい肉とチーズの味が広がる。
「うん。これでちょっとガイドブック作ってみてくれる?」
ぴぴぴ、ぴ。
『いかがでしょう』
「はや」
画面に画像ファイルが表示された。
色鮮やかな見出し。
大きく配置された写真。
スペイン階段のジェラート、ガムラスタンの路地裏、ゲディミナス塔からの眺め。
それぞれに短い紹介文が添えられ、文字の配置や余白まで綺麗に整っている。
上手い具合に、ポップに仕上がっていた。
『十代の女の子向けに仕上げてみました。いかがですか』
「良いと思う、けど」
『はい』
「なんだろ。自分のっていうか、ローウェルのっていうか、これで良いのかなって気がするな」
『制作のやり方に疑問がお有りですか? それともクオリティに?』
「んー、両方かも」
『なるほど。ですが、外務大臣の奴にはご満足いただけるかと』
「んー、まあ、そうだね」
ヴィルテは、画面を指でスクロールした。
写真は自分で撮ったものだった。
紹介されている場所も、自分が歩いて見つけた場所だった。
けれど、完成したガイドブックを眺めていると、誰か別の人が作ったものを見ているような気がした。
「哲学ヨハンナさんは、別にこれをそのまま販売しようっていうわけじゃないんだよね」
『契約内容を確認いたします』
ぴぴ。
『そのようですね。ただ、ヴィルテがカラディシアの街をどのように感じるかを知りたいようです』
「そっか……」
ヴィルテは少し考えた。
画面を閉じ、写真のフォルダを開く。
そこには、まだ文章も飾りもない写真が並んでいた。
ジェラートを食べる人々。
柱の下に集まるローブ姿の集団。
雪のヴィリニュス。
窓際のチーズバーガー。
「ありがと。とりあえず、ごめんね。写真のまま送ってみる」
『承知しました。外務大臣の奴に送信いたしますか?』
「うん、お願い」
ぴぴ。
『外務大臣の野郎に送信致しました』
「うん、ありがと」
『どういたしまして。これで本日のタスクはクリアとなりますが、このあとはいかがいたしますか』
「んー」
ヴィルテは少し考えた。
チーズバーガーは、まだ半分ほど残っていた。
「ローウェル、なんか面白い話して」
『昔々、十五歳の変わり者の女の子がいました。名前はヨハンナ。いつもふっふっふと笑っている変な子です。スイス出身の彼女は……』
ヴィルテはポテトをつまみながら、その話を聞いた。
窓の外では、夕暮れのヴィリニュスエリアを人々が行き交っていた。
*
数十分後。
哲学ヨハンナから返信が届いた。
件名は、
『ふっふっふ、こんな感じで頼むよ』
だった。
『ふっふっふ、お疲れ様。いい写真を撮ったねぇ。動画も撮ってご覧よ。きみの写真をもとに色々作ってみたよ。明日は、出来ればこんな感じで頼むよ。良ければ感想も聞かせてほしいねぇ。ふっふっふ』
メールには、複数のファイルが添付されていた。
ヴィルテは、一つずつ開いてみた。
いくつかはガイドブック。
いくつかはタブロイド紙。
写真を大きく使い、見出しや短い記事を添えたものだった。
その下には、短編小説まで置かれていた。
さらに、CMのような短い動画もあった。
ヴィルテが撮影した写真が、音楽とともに次々と切り替わる。
スペイン階段では、人々がジェラートを食べている。
ガムラスタンの路地裏を抜け、ヴィリニュスの大広場が広がる。
最後には、ヘスバーガーのチーズバーガーが映った。
「なるほど……」
ヴィルテは、添付ファイルを閉じた。
それから、ローウェルが作ってくれたポップなガイドブックを、もう一度開いてみた。
「こっちで良かったのか」
しばらく画面を眺めてから、Rowena5をしまった。
*
夕方。
ヴィルテはOic Placeに戻った。
シャワーを浴び、借りたタオルで髪を拭きながら、窓際の寝床へ向かう。
暖炉には火が入っていた。
近くでは誰かが本を読み、少し離れたところでは、ゲームの効果音が聞こえている。
ヴィルテは横になった。
窓の外では、雪が降り始めていた。
明日は、どんな写真を撮ろうか。
動画も撮ってみよう。
スペイン階段なら、人々がジェラートを食べているところを撮れば良い。
運河なら、船が通るところだろうか。
Oic Placeの紹介も面白いかもしれない。
暖炉やシャワーや、屋上のお風呂。
そういえば、ローウェルに動画の編集も頼めるんだろうか。
そんなことを考えているうちに、気づけば眠っていた。




