↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
外務大臣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/85

12 外務大臣はパリがお好き

「わたしとしたことが、案内してしまっていたねぇ。うっかりしてたよ。今日はヴィルテちゃんについていこうと思ったのに」


 哲学ヨハンナは、鴨川を眺めながら言った。


「いえいえ、楽しかったですよ。次はどうします?」


「学園のある地域で、行きたいところはあるかい?」


「パリとか」


「こっちだよ」


「あるんですね」


「ふっふっふ」


 二人は立ち上がり、川沿いの道を歩き始めた。


 京都の町並みを抜けると、再びヨーロッパ風の建物が現れた。石畳の道が続き、建物の様式が少しずつ変わっていく。


 哲学ヨハンナは、時折コーヒーを飲みながら歩いていた。


 ヴィルテは、通りに並ぶ店の看板を眺めたり、道端の彫刻を見たりしながら、その後をついていった。


 数キロ歩いた先に、大きな川があった。


 セーヌ川だった。


 緑色の水面を、白い遊覧船がゆっくりと進んでいる。


 バトー・ムーシュというらしい。


 川の向こうには、古い石造りの建物が並んでいた。橋の上には観光客が集まり、川岸では何人かが写真を撮っている。


 少し離れたところに、ノートルダム大聖堂が見えた。


「わー、ずっと来たかったんですよ」


「どうだい?」


「良いですね。わー、ほんとに緑色だー」


 ヴィルテは川岸の柵に近づき、水面を覗き込んだ。


 緑色の水が、ゆっくりと流れている。


 遊覧船が通り過ぎると、波が岸辺に寄せてきた。


「泳ぐのは勧めないよ」


「そうですね、ちょっと汚そう」


 ヴィルテは水面から目を離し、足元を見た。


「わー、あっちには煙草の吸い殻。ほんとに落ちてる」


 石畳の隙間に、煙草の吸い殻が落ちていた。


 少し先にも、もう一本。


「ふっふっふ、リアリティが大事だからねぇ。ここで泳いだらまず病気になるよ」


「そのようですね」


 ヴィルテは、もう一度川を眺めた。


 見た目は綺麗だった。


 ただ、泳ぎたいとは思わなかった。


 その時だった。


 少し離れたところに、清掃員の姿が見えた。


 明るい色の制服に、きちんと整えられた帽子。腰には清掃道具が収められ、手には長い柄の箒を持っている。


 清掃員は、道端に落ちていた小さな紙くずを見つけると、手際よく箒で集めた。


 そのまま屈んで拾い上げ、腰の容器に収める。


 動作に無駄がなかった。


 通りかかった観光客が道を尋ねると、清掃員はにこやかに応じ、少し先の橋を指さした。


 観光客が礼を言って立ち去ると、清掃員も軽く会釈した。


 なかなか感じの良い人だった。


 ただし、顔はヨハンナだった。


「……」


 ヴィルテは、その様子を眺めた。


 清掃員ヨハンナは、周囲を見回した。


 右を見る。


 左を見る。


 後ろを見る。


 誰もこちらを見ていないことを確認すると、腰のポケットから小さな携帯灰皿を取り出した。


 蓋を開ける。


 中から煙草の吸い殻を一本取り出す。


 そして、石畳の隙間にそっと置いた。


「……」


 ヴィルテは目を細めた。


 清掃員ヨハンナは、少し離れて吸い殻の位置を確かめた。


 首を傾げる。


 もう一度近づき、箒の先で吸い殻の向きをわずかに変えた。


 それから二歩下がった。


 満足したらしい。


 携帯灰皿をポケットに戻し、何事もなかったように箒を持ち直した。


 そして、立ち去ろうとした。


 その時、ヴィルテと目が合った。


「……」


「……」


 清掃員ヨハンナは、急いで目を逸らした。


 しかし、手遅れだった。


 ヴィルテは、じっと見ていた。


 清掃員ヨハンナも、じっとこちらを見た。


 しばらくして、清掃員ヨハンナは人差し指を口の前に立てた。


 しー。


 ヴィルテは頷いた。


 清掃員ヨハンナも頷いた。


 そして、何事もなかったように背筋を伸ばし、箒を片手に歩き出した。


 すれ違った観光客には、にこやかに会釈していた。


「……哲学ヨハンナさん」


「なんだい」


「この吸い殻って」


「ふっふっふ、テーマパークには装飾が大事だからねぇ。世界観を崩してはいけないよ」


「いや、もっと花とか飾ればいいのに」


「花が見たいならヌイイに行こう」


「ヌイイ」


「ヌイイ・シュル・セーヌさ。こことは違って清潔なエリアだよ」


「行きましょ行きましょ」


 ヴィルテは川岸を離れた。


 哲学ヨハンナも、のんびりとその後に続いた。


 少し歩いてから、ヴィルテは振り返った。


 先ほどの清掃員ヨハンナが、今度は観光客の落とした紙くずを拾っていた。


 拾い上げた紙くずを容器に収め、観光客に笑顔で会釈する。


 観光客も、嬉しそうに礼を言った。


 清掃員ヨハンナは、また周囲を見回していた。


 ヴィルテは、見なかったことにした。

カラディシアの日常を楽しんでいただけましたか?

続きが気になったら、ぜひブックマークを! 評価や感想などで応援していただけると、今後の執筆の励みになります。

これからも、カラディシアでの日常をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。