4 ダリウス
午前零時。
「死にました」
「死んだねぇ」
ヴィルテはスマートフォンから指を離した。画面の中央に、自分のキャラクターが倒れている。復活まで、二十三秒。
「今のは逃げたほうがよかったですか?」
「そうだねぇ」
「でも、倒せそうだったんですよ」
「そうだねぇ」
「あとちょっとだったんです」
「そうだねぇ」
「……絶対、そう思ってないですよね?」
ヨハンナがカフェ・オ・レを飲んだ。「ふっふっふ」
「思ってない」ヴィルテは画面へ戻った。キャラクターが復活する。さっきまでよりは、何をしているのかわかるようになっていた。味方についていく。敵が来たら攻撃する。危なくなったら逃げる。それだけ。簡単そうに聞こえる。実際にやると、難しい。「ヨハンナさん」
「なんだい?」
「みんなどこ行ったんです?」
「さてねぇ」
「味方いないんですけど」
「ほんとだねぇ」
「どうすればいいです?」
「一人で行かないほうがいいよ」
「じゃあ、どこにいればいいんです?」
「味方のいるところ」
「だから、いないんですって」
「困ったねぇ」
「他人事ですね」
ヨハンナは笑った。
Oic Placeは、午後十一時の頃よりさらに静かになっていた。
照明は最低限しか点いていない。
暖炉の近くには、いくつもの毛布の膨らみがある。
誰かが寝返りを打つ。
少し離れたところで、ページをめくる音がした。
窓の外では、まだ風が鳴っている。
ヴィルテは見なかった。
「あ」
敵がいた。
攻撃する。
逃げる。
追いかける。
「いけます」
「どうかなぁ」
「いけますって」
敵の体力が減る。
もう少し。
ヴィルテは追った。
画面の端から、別の敵が現れた。
「あ」
さらにもう一人。
「あっ」
「来たねぇ」
「聞いてないです!」
「わたしも知らないよ」
逃げる。
遅かった。
画面が暗くなった。
「……」
「三人いたねぇ」
「ずるい」
「五対五のゲームだからねぇ」
「一対一で来てくださいよ」
「そういうゲームじゃないのさ」
ヴィルテは不満そうに画面を見た。復活まで、三十一秒。さっきより長い。「なんで長くなってるんです?」
「後半になるほど復活に時間がかかるんだよ」
「嫌な仕組みですね」
「死ぬことが重くなるのさ」
「最初から重くしてくださいよ」
「初心者がいなくなるねぇ」
「……なるほど」少し納得した。
復活した。
今度は一人で行かなかった。
味方が二人いる。
ついていく。
敵が来た。
撃つ。
逃げる。
また撃つ。
敵の一人が倒れた。
「あっ」
もう一人。
画面に大きな文字が出る。
「二人倒した!」
「おお」
「見ました?」
「見てたよ」
「二人ですよ」
「ダブルキルだねぇ」
ヴィルテは少し笑った。
もう一人いないだろうか。
画面の向こうを探す。
いた。
「もう一人います」
「欲が出てきたねぇ」
「これ倒したら三人ですよね?」
「そうだねぇ」
「行きます」
「行くのかい?」
「行きます」
三秒後。
「あ」
画面が暗くなった。
「……」
「欲を出したねぇ」
「出しました」
「ふっふっふ」
*
午前零時十一分。
二戦目が終わった。
負けた。
「でも二人倒しました」
「倒したねぇ」
「最初よりは上手くなってますよね?」
「なってるよ」
「じゃあ、もう一回」
「いいねぇ」
ヴィルテは次の試合を開始した。マッチングが始まる。その間にエナジードリンクを開けた。ぷしゅ、と小さな音がした。一口飲む。画面が切り替わった。
「あー」ヨハンナが自分のスマートフォンを見た。「トップになっちゃったね」
「え、え?」
「そっちは?」
「ドラゴンです」
「頑張ってね」
「えー、サポートヨハンナさんじゃないんですか」
「別の人だねぇ」
「どうしよ……」
「わたしはどうしようかなぁ」ヨハンナはキャラクターの一覧を眺めた。
「なににするんです?」
「ダリウスにしようかな」
「うぃっく」後ろから声がした。「よんだ?」
ヴィルテが振り返った。
男が立っていた。片手にビールの缶を持っている。年齢は、よくわからない。少なくとも学生ではなさそうだった。髪は少し乱れている。顔が赤い。
「呼んでないよ」ヨハンナが答えた。
「そっか」男は納得した。そのまま歩いていった。
ヴィルテは男の背中を見送った。少し間を置く。「……誰ですか?」
「ダリウスだねぇ」
「え?」
「ダリウス」
ヴィルテはヨハンナのスマートフォンを見た。大きな斧を持った男が映っている。それから、遠ざかっていく男を見る。「……こっちも?」
「ダリウス」
「同じ名前?」
「そうだねぇ」
「ややこしい」
「今までは別に困らなかったんだけどねぇ」ヨハンナはダリウスを選んだ。
ヴィルテはもう一度、人間のほうを見る。
ダリウスは少し離れたテーブルに座っていた。ビールを飲んでいる。
「知り合いなんですか?」
「知り合いだねぇ」
「ここに住んでるんです?」
「住んではないねぇ」
「ヨハンナさんもそう言ってましたよね」
「わたしも住んでないよ」
「二人ともいるじゃないですか」
「便利だからねぇ」
ヴィルテは少し考えた。
Oic Place。
食事ができる。
シャワーがある。
洗濯もできる。
寝る場所もある。
ゲームをしていても怒られない。
確かに、便利ではある。
だからといって、半年もいるのはどうなのだろう。
ヴィルテはヨハンナを見た。
「なんだい?」
「なんでもないです」
試合が始まった。
*
午前零時二十七分。
「ヴィルテ」
「はい」
「そっちじゃないよ」
「え?」
「逆」
「あっ」ヴィルテは慌てて方向を変えた。少しずつわかってきたつもりだった。どうやら、つもりだったらしい。
画面を操作していると、近くから電子音が聞こえた。
『本人確認を行います』
ヴィルテは顔を上げた。
さっきの男。ダリウスだった。テーブルに小さな端末を立てている。画面へ顔を向ける。
『確認しました』
「はいはい」ダリウスはビールをテーブルの端へ移動させた。端末に何か表示される。説明を読む。さっきまでとは少し雰囲気が違った。背筋を伸ばしたわけではない。顔が引き締まったわけでもない。ただ、普通に画面を見ている。普通に操作している。
ヴィルテはゲームをしながら、何度かそちらを見た。「ヨハンナさん」
「なんだい?」
「あの人、何してるんです?」
「仕事だねぇ」
「……仕事?」
「モニター」
ヴィルテはもう一度ダリウスを見る。
ダリウスは端末に表示された質問を読んでいた。何かを操作する。戻る。もう一度同じ操作をする。少し考える。文字を入力する。
「働いてる……」
「聞こえてるぞ」ダリウスが言った。
「あっ」ヴィルテは画面へ顔を戻した。「すみません」
「いいけど」ダリウスは入力を続けた。「一応、働いてるよ」
「……はい」
敵が来た。
「あっ」
「ヴィルテ、来てるよ」
「はい!」
今度はゲームへ戻る。
*
十分ほどして、ヴィルテはまた死んだ。
復活を待っている間、ダリウスを見る。「モニターって、何するんです?」
「いろいろ」ダリウスは画面から目を離さず答えた。
「今日は?」
「アプリ」
「何の?」
「言っていいのかな」端末を見る。「……駄目だな」
「じゃあ聞きません」
「そうしてくれ」
ヴィルテは少しだけ興味を持った。
画面はダリウスの側からしか見えない角度になっている。
しばらくすると、ダリウスは端末を持ち上げた。周囲を映す。
『現在地を確認します。第三者が画面を視認できない環境で作業してください』
「ここじゃ駄目か」ダリウスが立ち上がった。
「どこ行くんです?」
「個室」そう言って歩いていく。
ヴィルテはその背中を見た。「ここにも個室あるんですか?」
「あるよ」
「何でもありますね」
「だいたいねぇ」
ヴィルテは案内図を思い出した。まだ知らない場所のほうが多い。「なんで個室じゃないと駄目なんです?」
「機密情報なんじゃないかなぁ」
「ああ」納得した。
ヨハンナが敵を倒した。「モニターにもいろいろあるからねぇ。外でやっていいものもあれば、他人に見せちゃいけないものもある」
「ゲームとかも?」
「発売前ならあるねぇ」
「へぇ」
「逆に、見せてほしいものもあるよ」
「見せてほしい?」
「新商品とかねぇ。公共の場所で使ってくれたら、それ自体が宣伝になるだろう?」
ヴィルテは少し考えた。「確かに」
「そういう案件なら、ここでゲームしてるだけでも仕事になるかもしれないねぇ」
「それいいですね」
「ヴィルテ向きかい?」
「ゲームしてお金もらえるなら」
「始めて二時間でそこまで堕落したのかい?」
「まだ二時間もやってません」
「そこじゃないねぇ」
*
午前零時四十分。
ダリウスが戻ってきた。端末をテーブルに置く。またビールを取った。
「終わったんですか?」
「終わった」
「早いですね」
「二十分の案件だからな」缶を傾ける。
「それでお金もらえるんですか?」
「もらえるよ」
「いいな」
「やる?」
「十五歳でもできます?」
「案件によるんじゃないか」ダリウスはヨハンナを見る。
「十四からできるのもあるねぇ」
「じゃあ、できる」ヴィルテは少し嬉しくなった。「どんなのがあります?」
「食品とか、アプリとか、ゲームとか。アンケートだけのもあるねぇ」
「ゲーム」
「そこに食いついたねぇ」
「さっきの話聞いたからです」
ダリウスがビールを飲む。「ゲームは人気あるぞ」
「やっぱり?」
「楽そうだからな」
「実際は?」
「知らん。俺はあんまりやらない」
「そうなんですか」
「ゲームやるくらいなら飲んでる」
「それはそれでどうなんです?」
「十五歳に言われたくないな」
ヴィルテはエナジードリンクを飲んだ。「わたしはお酒飲んでません」
「それもそうだな」ダリウスは素直に認めた。
*
少し離れたところから、声が聞こえた。
「はい、じゃあ今日はこれを試していきます」
ヴィルテが振り返った。
若い男がいた。テーブルの上に小さな照明を置き、スマートフォンをスタンドに固定している。その前には、見たことのない箱。「新商品の試作品ですね。まだ一部のお店でしか売ってないんですけど――」男はカメラに向かって話している。声は大きすぎない。眠っている人がいるからだろう。
「……あれもモニター?」ヴィルテが聞いた。
「そうだねぇ」ヨハンナが答えた。
「動画撮ってますけど」
「モニターから、ああいう仕事に行く人もいるのさ」
「へぇ」
「ちゃんと仕事して、感想もわかりやすくて、品行方正で、カメラに出しても問題なさそうならねぇ。企業の動画なんかに呼ばれることもある」
「YouTube?」
「そうそう」
ヴィルテは男を見る。
男は商品の箱をカメラへ見せている。
「それで人気が出たら、自分で動画を始める人もいるねぇ」
「インフルエンサー?」
「そんなところだねぇ」
「モニターから?」
「何十万人に一人とかだろうけどねぇ」
「少な」
「そんな簡単に有名になれたら、みんな有名人だよ」
「それもそうか」ヴィルテは少しだけ男を眺めた。説明がうまい。商品の見せ方にも慣れている。カメラへ向かって話しているのに、妙に自然だった。自分には無理そうだと思った。
その隣で。
「……時代だな」ダリウスが呟いた。ビールを飲む。ぐびぐび。若い男を見る。また飲む。
「なんです?」ヴィルテが聞いた。
「いや」ダリウスは缶を置いた。「ああいうの期待して、モニター頑張ってる若いのもいるからな」
「いいじゃないですか」
「悪いとは言ってない」ダリウスはもう一度、若い男を見た。
商品の説明をしている。笑顔。カメラ。照明。台本らしいものまである。
ダリウスは思った。俺は、ああじゃなくてよかった。ビールを飲む。ぐびぐび。「……」缶を止めた。少し考える。いや。ああじゃなかったから、今こうなってるのか。「……」もう一口飲んだ。
ヴィルテが横から見ている。「どうしたんです?」
「なんでもない」
「そうですか」
「そうだよ」
ヴィルテはゲームへ戻った。
*
午前零時五十三分。
もう一人、男がやってきた。ダリウスの向かいに座る。「お疲れ」
「おう」
ヴィルテはちらりと見る。
こちらも、どうやらダリウスの知り合いらしい。
「マンタス」ダリウスが言った。
「なに」
「もうちょいちゃんと働いといたほうがいいぞ」
マンタスがダリウスを見る。「ダリウス、あんたが言うなよ」
「いずれわかるさ」
「何が」
「そのときになる前に、貯金はしとけ」
「毎日百レフは貯めてるよ」
「そっか」ダリウスは頷いた。「それには手を付けないことだな」
「わかってるよ」
「酒代なくなってもだぞ」
「……」
「今、考えただろ」
「考えてないよ」
「考えた顔だったぞ」
マンタスは黙って缶を開けた。ぷしゅ。
ヴィルテはゲームをしながら、その会話を聞いていた。「仲良いんですね」
「誰と誰が?」ダリウスが聞いた。
「二人」
「普通」
「普通だな」マンタスも答えた。
「そうですか」ヴィルテは画面を見る。
味方が集まっている。
今度は置いていかれないようについていく。
敵が一人。
もう一人。
「ヨハンナさん」
「なんだい?」
「これ、行っていいです?」
「味方もいるねぇ」
「じゃあ行きます」
「行ってみようか」
ヴィルテは攻撃した。
一人。
倒した。
もう一人。
味方と一緒に追う。
倒した。
『DOUBLE KILL』
「あっ」ヴィルテの目が大きくなる。「また二人!」
「やるねぇ」
「今度は死んでません」
「成長したねぇ」
ヴィルテは笑った。そして、すぐに画面の奥を見る。「もう一人いないかな」
「もう欲が出てるねぇ」
「今度はいけます」
「さっきも聞いたねぇ」
ヴィルテは敵を探した。
その横で、ダリウスとマンタスが酒を飲んでいる。
少し離れたところでは、若い男が新商品の紹介を続けている。
暖炉の前では誰かが眠っている。
窓の向こうでは、相変わらず猛吹雪が街を覆っていた。
カラディシアに来て二週間。
ヴィルテは、まだこの国のことをほとんど知らない。
Oic Placeのことも。
モニターという仕事のことも。
さっき知り合った酔っ払いが、なぜ十五歳の自分にまで貯金の話をしているのかも、よくわからない。
ただ。
「いた」
画面の端に敵が見えた。
「ヨハンナさん」
「なんだい?」
「三人目」
「行くのかい?」
「行きます」
午前一時まで、あと四分。
ヴィルテはもう、眠ることを考えていなかった。




