6 外務大臣はピクルスがお嫌い
「わー、すごい。ヘスバーガーだ」
ヴィルテは足を止めた。
ゲディミナス通りに面した建物の一階。見覚えのある看板が掲げられていた。
ヘスバーガー。
フィンランド発祥のハンバーガーチェーンで、リトアニアでも馴染み深い店だ。
ヴィルテは看板を見上げ、それから店内を覗き込んだ。
ガラス越しに見えるカウンターも、テーブルも、壁の色も、よく知っているヘスバーガーだった。
「ふっふっふ、入るかい?」
「……これ、許可取ってるんですか?」
「正式な店舗だよ」
「へえ」
ヴィルテは、もう一度看板を見た。
入口のガラスには、HESBURGER KALADISIAと書かれている。
ドアを押し開けると、懐かしい香りが漂ってきた。
揚げたてのポテト。
焼いたパン。
肉とソースの匂い。
そして、聞き覚えのある音楽。
ラジオヨハンナのトークもない。
ヴィルテは、ほっとしながらコートを脱ぎ、入口近くのハンガーにかけた。
「奢りですか?」
「ふっふっふ、二言はないよ」
「やったぁ」
ヴィルテはメニューを見上げた。
見慣れたハンバーガーの写真が並んでいる。
「ふっふっふ、どれにするんだい?」
「あ、値段も一緒なんですね」
「リアリティは大事だからねぇ」
「そうですか」
ヴィルテは、しばらくメニューを眺めた。
カラディシアに来てからというもの、食事の選択肢には困っていなかった。
Oic Cornerも、Oic Buvetteもある。
安くて、量も多くて、美味しい。
ただ、こうして見慣れたメニューを眺めていると、いつもの店に来たような気分になった。
ヴィルテはハンバーガーのセットを注文した。
哲学ヨハンナも、自分の分を注文する。「ピクルスは抜いてほしいねぇ」
注文を済ませた二人は、窓際のカウンター席を選んだ。
大きなガラス窓の向こうには、雪の積もったゲディミナス通りが広がっている。
街灯の下を、厚手のコートを着た人々が行き交っていた。
電動キックボードに乗った男性が通り過ぎ、その後ろを、小さな魔法生物が飛んでいった。
「カウンター席が好きなんだねぇ」
「外の景色見ながらの方が良いですね」
「良いことだよ。撮影のときもカメラを一方向に置けば済むからねぇ」
「撮影?」
「映画さ。ドラマでもいいけどねぇ」
「何の話ですか」
ヴィルテはぼんやり考えた。
そして、一つのことに思い至り、口の動きを止めた。
窓の外を見る。
監視カメラはいくつか見つけたが、撮影しているようなカメラは見当たらなかった。
「え、撮影してるとか言いませんよね。カラディシアのPR動画に出演させようとか」
「ふっふっふ、面白い発想だねぇ。大丈夫だよ」
「なら良かった」
「その時は契約書を持ってくるさ」
「メディア露出はちょっと」
ヴィルテはコーラを啜った。
哲学ヨハンナは、楽しそうに笑っていた。
窓の向こうでは、二人連れの観光客が写真を撮っている。
片方が建物を指さし、もう片方がスマートフォンを構えた。
その背後を、買い物袋を提げた女性が通り過ぎていった。
「ここでの生活は楽しいかい?」哲学ヨハンナが尋ねた。
「まあ、雪がひどいですけどね」
「いずれはそこもどうにかするさ」
「魔法でどうにかしないんですか?」
「この国はねぇ、極力魔法を使わないようにしてるんだ。技術力だけで成り立たせたいからねぇ」
「まあ、そういうところもあるんですね」
「ふっふっふ」
ヴィルテは、窓の外を眺めた。
雪は降っていなかったが、道路脇には除雪された雪が積み上がっている。
ここ数日の猛吹雪を思い出した。
ムーヴァーが止まり、外を歩くのも大変だった。
魔法でどうにかできるなら、そうすればいいのに。
とは思ったが、外務大臣には外務大臣なりの考えがあるのだろう。
ヴィルテはハンバーガーを頬張った。
パンは柔らかく、肉は温かい。
ソースの味も、よく覚えているものだった。
懐かしい。
そう思いながら、もう一口食べた。
「おや、ピクルスだねぇ」
隣で、哲学ヨハンナが言った。
ちょっと残念そうな顔をしている。
「ピクルスは抜いてほしいって言ったのに、仕方がないねぇ」
ヨハンナは、ハンバーガーの中からピクルスを取り出した。
フォークでつまみ、そのままヴィルテの方へ寄越す。
「……」
ヴィルテは、もぐもぐと口を動かした。
ピクルスを見る。
哲学ヨハンナを見る。
もう一度、ピクルスを見る。
哲学ヨハンナは、何事もなかったようにハンバーガーを食べている。
ヴィルテはピクルスをつまみ、口に含んだ。
酸味が広がる。
まあ、ピクルスは好きだからいいのだけれど。
ヴィルテはコーラを飲んだ。
まさかこの人、今後も食事の度に嫌いなものを当然のようにこちらに寄越すつもりではないだろうか。
ヴィルテは、横目で外務大臣を見た。
「ふっふっふ、美味しいねぇ」
「そうですね」
窓の向こうでは、雪の積もったゲディミナス通りを、人々が行き交っていた。




