4 外務大臣は視界を取りたい
ぱち、ぱち。
薪の爆ぜる音が聞こえた。
毛布の中は暖かかった。頬に感じる空気もほんのりと温かい。暖炉の火が、ゆっくりと部屋を暖めているらしい。
ヴィルテは目を閉じたまま、毛布を鼻先まで引き上げた。
ぱちっ。
また、薪が爆ぜた。
もう少し寝ていたい。
しかし、どうやら随分と眠ったらしい。身体の疲れはすっかり取れていた。
薄く目を開ける。
窓の外がオレンジ色だった。
朝日か。
いや。
なにかがおかしい。
通りを行き交う人々は、どうにも朝らしくない。
買い物袋を提げた人。仕事帰りらしい人。店先で立ち話をする人々、そして、左回転で自転しながら流れていく悟りヨハンナ。
窓の向こうには、夕暮れ時の街が広がっていた。
『ふっふっふ、ラジオヨハンナが、16時をお知らせするよ。ちなみに、夕方の占いはねぇ、色々考えたんだけどねぇ、タロットとダイスを合わせた占いにしたよ』
16時?
16時!?
「やば!」
がばっ、と身体を起こした。
毛布がずり落ちる。
「学校……」
慌ててRowena5を手に取る。
金曜日。
カラディシアでは、金曜日は学校が休みだった。
「あ、良かった……」
胸を撫で下ろした。
『とりあえず、タロットがねぇ、バッグに入れたはずなんだけどねぇ、見当たらないからねぇ、一旦曲を挟もうか』
ヴィルテは毛布を畳み始めた。
『嬉しいお便りをもらったんだよねぇ。ラジオネーム、娘の着信音がふっふっふさんからだよ』
妙なラジオネームだ。
『「ラジオネームただでたべるおそばはおいしかったねぇの母です。娘はまだ5歳なので代筆します」』
ヴィルテの手が止まった。
ん?
『「先日のことです。娘がOic Cornerで店員さんと居合わせたお客さんの女の子に親切にしていただいたようです」』
……。
『「家に財布を忘れてしまい、10分で戻る予定で娘をOic Cornerのイートインに残したのですが、その間に店員さんと女の子が娘をかまってくれたそうで、とても喜んでいます。ありがとうございました」』
ヴィルテは、畳みかけていた毛布を見下ろした。
あの子だ。
間違いない。
ヨハンナの真似をしていた、あの小さな女の子。
かまったというか、からかわれていたというか。
親切にした覚えは、あまりない。
『「ところで、娘が先週から着信音をヨハンナさんの笑い声にしています」』
ヴィルテは顔を上げた。
『「例の、あの、なにか企んでそうな、すべてを見透かしていそうな、ふっふっふです。突然あの笑い声が聞こえると、なんだかざわざわします。どうにかしてください」』
「……ふっ」
思わず笑いが漏れた。
昨日の出来事が脳裏をよぎる。
今となっては笑えるが。
『とのことだねぇ。Oic Cornerの店員さん、お客さん、いいことしたねぇ』
ヴィルテは毛布を畳み終えた。
まさか、ラジオでお礼を言われるとは思わなかった。
『娘さんはねぇ、ふっふっふ、わたしの大ファンってことだねぇ。嬉しいけどねぇ、まあ、そこは娘さんとちゃんと話し合って決めないとねぇ。わたしは人の家の事情には、余程のことじゃない限り首を突っ込まないからねぇ』
そうですか。
『というわけで、ラジオネーム娘の着信音がふっふっふさんからのリクエスト、「Just the Way You Are」』
軽やかなイントロが流れ始めた。
『ふっふっふ、娘さんの着信音も、そのままでいいんじゃないかねぇ』
そのままでいい。
ヴィルテは小さく息を吐いた。
どうやら、あの親子は元気にしているようだ。
それなら良かった。
周囲を見回すと、少し離れたところで、二人のヨハンナがスマートフォンを横向きにしていた。
ゲーミングヨハンナと哲学ヨハンナだ。
「だからねぇ、哲学ヨハンナ、アッシュはそもそもミッドじゃないんだよ」
「良いじゃないか、わたしがなにを使ったって」
「下手だねぇ」
「きみだって昨日30連敗してたじゃないか」
「ふっふっふ、関係のない話を持ち出してまで反論するなんて、よっぽど苛ついてるんだねぇ」
「そりゃあ、開始7分で9回も倒されればねぇ」
「ふっふっふ、コーチングしてあげても良いよ」
「本当かい?」
「代わりに新しいRowena9をくれたらねぇ」
「おや、起きたのかい」
哲学ヨハンナが顔を上げた。
「あ、おはようございます」
「ふっふっふ、シャワー浴びなよ」
「はい」
ヴィルテは毛布を畳みながら、窓の外をもう一度見た。
やはり夕方だった。
暖炉では薪が静かに燃えている。
ラジオからは音楽が流れ、Oic Placeの一階には、食事をする人や、本を読む人、まだ眠っている人たちがいた。
「浴びたら行こうか」
「え、でも」
「良いじゃないか。夜の中央文化区画は綺麗だよ」
哲学ヨハンナは、再びスマートフォンに視線を落とした。
「……準備します」
ヴィルテは立ち上がった。
背後から、ゲーミングヨハンナの声が聞こえた。
「ちょっと、また倒されたのかい?」
「ふっふっふ、視界は取れたよ」
「取れてないよ。真っ暗だよ」
ヴィルテはシャワールームへ向かった。




