1 外務大臣は常にだるい
外務大臣。
ヴィルテには、あまり馴染みのない仕事だった。
国の偉い人なのだろう。
それくらいはわかる。
しかし、具体的にどんな仕事をしているのかと聞かれると、よくわからなかった。
外交。
外国との交渉。
そういうことをする人だっただろうか。
ヴィルテは隣を見た。
「ったるいねぇ、だるいねぇ……」
哲学ヨハンナは、湯船の縁に頭を預けていた。
肩まで湯に浸かり、両腕をだらりと伸ばしている。
今にも湯船に溶け込んでしまいそうだった。
ヴィルテは、しばらくその様子を眺めた。
聞いてもいいのだろうか。
なんだか、あまり話しかけてほしくなさそうだった。
「あの」
「んー?」
「聞いてもいいですか?」
「ったるいけど良いよぉ」
「外務大臣って?」
「国の外交を束ねる仕事かなぁ。近隣諸国と上手くやったり、世界各国と交渉したり」
「へえ」
「まあ、そんな感じだねぇ」
哲学ヨハンナは目を閉じた。
湯気がゆっくりと立ち上っていた。
屋上の露天風呂は、夜になっても暖かかった。
空は晴れている。
星々が瞬き、遠くには琥珀色の街灯が並んでいた。
そよ風が吹くたび、湯面から立ち上る湯気が横へ流れていった。
「今日はねぇ、国中を歩いてたんだ」
「国中?」
「ムーヴァーあるだろう?」
「ありますね」
カラディシアの街中を通る、水平エスカレーターだ。
建物の外壁沿いを、ゆったりと進んでいる。
歩いたほうが早いくらいの速度だが、その上を歩けば、普通に歩くよりも早い。
そんな感じの乗り物だった。
バスや電車の代わりに設置されているらしい。
代わりが務まっているのかは、少々怪しいところだった。
「猛吹雪で停止しまくりでねぇ」
「はい」
「ちょうどいいから、利用者たちの声を集めていたのさ」
「なるほど。そういうこともやるんですね」
「わたしはね」
「なるほど」
ヴィルテは頷いた。
外務大臣の仕事なのかどうかは、よくわからなかった。
しかし、外務大臣本人がやっていたというのだから、そういうこともあるのだろう。
「わたしはねぇ、労働が嫌いなのさ」
「そのようですね」
「ふっふっふ」
哲学ヨハンナは笑った。
「だからねぇ、屁理屈だけこねていればお金がもらえる社会を作りたいのさ」
「なるほど」
「目標は三年で、この国をそういう国にすることだねぇ」
「なるほど」
とんでもない野望をお持ちのようだった。
ヴィルテは湯船の縁に背中を預けた。
哲学ヨハンナは、相変わらず脱力していた。
「そのために日夜精力的に働いているのさ」
「なるほど」
「ったるいねぇ、だるいねぇ……」
「この時間は、確かにそうですね……」
ヴィルテは空を見上げた。
晴れ渡った夜空に、星々が浮かんでいる。
遠くの巨大な屋外モニターでは、ラジオヨハンナがまだ何かを喋っていた。
こちらまでは、声がよく聞こえなかった。
湯船の向こう側では、数人の女性たちが談笑していた。
誰かが湯をかき混ぜる音がした。
「働きたくないねぇ」
哲学ヨハンナが呟いた。
「大人は大変ですね」
「まあねぇ」
哲学ヨハンナは、ゆっくりと目を開けた。
「思い返すと、子どもの時からこうだった気がするけどねぇ」
「……」
ヴィルテは、哲学ヨハンナを見た。
哲学ヨハンナは、また目を閉じた。
「ったるいねぇ……」
湯気が立ち上っていた。




