12 ったるいねぇ、だるいねぇ
「ったるいねぇ、だるいねぇ」
ヴィルテは背後を振り返った。
ヨハンナだった。
「……」
ヴィルテは、しばらくその人物を見つめた。
またヨハンナだった。
露天風呂の入口から現れたヨハンナは、気だるそうに肩を回すと、湯船の縁に腰を下ろした。
「ふっふっふ、寒いねぇ」
そう言って、足先を湯に浸ける。
ヴィルテは肩まで湯船に浸かった。
Oic Placeの屋上に設けられた露天風呂は、二十五メートルプールほどの大きさがあった。
湯船の縁には、いくつかの説明文が掲示されている。
温浴による効能。
入浴時の注意事項。
日本における温泉文化の歴史。
日本では古くから温泉が親しまれており、療養や保養、地域交流の場として利用されてきたらしい。
ヴィルテは、その説明を一通り読んだ。
湯は暖かかった。
昨晩の猛吹雪が嘘のように、空は晴れ渡っている。
そよ風が吹いていた。
屋上の手すりの向こうには、カラディシアの夜景が広がっていた。
雪をかぶった建物。
琥珀色の街灯。
遠くまで続く、整然とした道路。
ムーヴァーに乗って移動する人々の姿も見える。
そして、遠くには巨大な屋外モニターがあった。
アメフトや野球の競技場に設置されているような、大きなスクリーンだった。
そこには、ラジオヨハンナのライブ配信映像が映し出されていた。
『悔しいねぇ。まあ、今回は相手がゾーイちゃんだったからねぇ』
ラジオヨハンナは、いつもの調子で喋っていた。
ヴィルテは深く息を吐いた。
「ふぅ……」
肩まで湯船に浸かる。
暖かかった。
「ふっふっふ」
隣から声が聞こえた。
ヴィルテは顔を上げた。
「ヨハンナさん」
「お邪魔するよ」
「どうぞ」
ヨハンナが湯船に入ってきた。
ゆっくりと腰を下ろし、肩まで湯に浸かる。
「ふぅ……」
気持ちよさそうだった。
「勝ったみたいだねぇ」
「ゲーミングヨハンナさんですね」
「そうだねぇ」
ヴィルテは頷いた。
なるほど。
となると、このヨハンナはゲーミングヨハンナではない。
口ぶりからするに、ラジオヨハンナでもなさそうだ。
悟りヨハンナだろうか。
しかし、さっき別れたばかりだった。
それに、なんとなく雰囲気が違う。
うん?
ヴィルテは眉をひそめた。
勝ったみたいだねぇ。
この人は、いったい誰なのだろう。
「……あなた、誰ですか」
「ふっふっふ」
「……警察呼びますよ」
「ふっふっふ、怯えさせちゃったかな」
「……大声出しますよ」
「わかったよぉ」
ヨハンナは、ちょっと困ったように笑った。
「わたしは哲学ヨハンナ」
「また新種ですか」
「ふっふっふ、面白いこと言うねぇ」
ヴィルテは、哲学ヨハンナを見た。
ゲーミングヨハンナ。
ラジオヨハンナ。
悟りヨハンナ。
そして、哲学ヨハンナ。
どうやら、まだまだいるらしい。
「……哲学ヨハンナさん?」
「そうだねぇ」
「なにをしている人なんですか?」
「ふっふっふ」
哲学ヨハンナは、湯船の縁に両腕を預けた。
夜空を見上げる。
星々が瞬いていた。
「この国の、外務大臣さ」




