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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
Oic Buvette

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10 15歳の悩み

 店を出ると、冷たい空気が頬に触れた。


 ヴィルテはコートの襟元を整えた。


 昨晩の猛吹雪はすっかりやんでいた。


 空は晴れ渡り、星々が瞬いている。


 琥珀色の街灯が、雪をかぶった街路樹や建物の壁を照らしていた。


 道路には雪が残っていたが、歩道は除雪されている。ムーヴァーも普段通りに動いていた。


 そよ風が吹いていた。


 冷たい風だった。


 ヴィルテは手袋をはめ直した。


「家には帰らなくて良いのかい?」


 隣を歩く悟りヨハンナが尋ねた。


「まあ、今日もOic Placeで良いかなって」


「気に入ったんだねぇ」


「はい」


 ヴィルテは頷いた。


 無料のシャワーに、屋上の露天風呂。


 暖かい寝床。


 ゲームもできるし、本も読める。


 食べ物にも困らない。


 なかなか居心地の良い場所だった。


「ご両親は心配しないかい?」


「まあ、両親も若い頃は自由にやってたみたいなので。外泊するときは連絡しなさいよって言うぐらいですね」


「ご理解のあるご両親だねぇ」


「そうですね」


 二人はムーヴァーに乗った。


 夜の街には、まだ多くの人がいた。


 カップシリアルを片手に歩く若い女性。


 ホットドッグを頬張る学生たち。


 紙カップのコーヒーを持って談笑する男女。


 店先では、厚手のコートを着た男性が、湯気の立つ飲み物を受け取っていた。


 少し離れたベンチには、スーツ姿の男性が横になっていた。


 片手に酒の入ったカップを持っている。


 足元には鞄が置かれていた。


 ヴィルテは、その男性を見た。


 男性は、夜空を見上げていた。


 楽しそうでも、悲しそうでもなかった。


 ただ、酒を飲んでいた。


「……あの」


「なんだい?」


「相談、良いですか?」


「構わないよ。修道女だからねぇ」


「修道女だったんですか」


「修道女であり、サトリストさ」


「なるほど」


 ヴィルテは頷いた。


 修道女。


 サトリスト。


 よくわからないが、本人がそう言うのだから、そうなのだろう。


「やりたいことが見つからないんですよね」


「何歳だったかな」


「十五になったばかりです」


「そんなものさ」


 悟りヨハンナは、あっさり言った。


「悟りヨハンナさんは、十五歳の頃はなにをしてたんですか?」


「十五歳の頃かい。懐かしいねぇ。もう十八年前」


「覚えてます?」


「昨日のことのようにねぇ。博士号を三つ持ってたねぇ」


「すごい」


「ふっふっふ、だいたいのことはねぇ、見ればわかったし、すぐにわかっちゃうような子供だったのさ」


「へえ」


「だからある日、国語の授業でねぇ、先生が『考えるっていうのはね、こういうことなんだよ』って言ってたんだけど、その意味がわからなかったのさ」


「どういうことですか?」


「わたしにとって、先生の言う『考える』は、考えるまでもないことだったんだねぇ。むしろ『思う』とか、『見る』とか、『思いつく』とか、そういう感じだったのさ」


「賢かったんですね」


「そうだねぇ。学園では一軍だったよ」


「すごい」


 一軍。


 学園の総合成績上位十二位以内に選ばれた者たちだ。


 魔法族のヴィルテにとっても、その意味はよくわかっていた。


「何回?」


「十五歳の頃から二十二歳までねぇ。最後の年は首席だったよ」


「へー、……ほんとに?」


「ふっふっふ、疑ってみることも時には大事だねぇ」


 悟りヨハンナは笑った。


「それで、十五歳の頃だったねぇ。遭難してたよ」


「遭難」


「まずはアルプスの雪山だったねぇ。次はバミューダ諸島の無人島。次はバミューダトライアングルの霧の中の幽霊船。その次は北海の石油プラットフォームだねぇ」


「……旅行?」


「遭難だねぇ。ああいうのもなかなか楽しいよ」


「へー……」


 ヴィルテは、言葉が思いつかなかった。


 博士号を三つ持っていて、学園の一軍で、世界各地で遭難していた。


 賢い人は、やはり変わっているというべきなのだろうか。


 前方から、二人組の警官が歩いてきた。


 厚手の防寒制服を着た男性警官たちだった。


「ラジオヨハンナやべえぞ」


「俺ゲーミングヨハンナ派」


「いや、今のところ三十対ゼロだろ」


「だから応援してんだよ」


「まあ、わかるけど」


 二人はそんなことを話しながら、ヴィルテたちとすれ違った。


 悟りヨハンナは、警官たちを見送った。


「ふっふっふ、人気者だねぇ」


「そうですね」


 ヴィルテは、警官たちの背中を見た。


 警官たちは、そのまま歩いていった。


 夜の街は平和だった。


「わたしはねぇ、やりたいことが多すぎたんだねぇ」


 悟りヨハンナが話を戻した。


「そうなんですか」


「ただねぇ、それらを全部考えると、寿命がいくらあっても足りないことに気づいてねぇ」


「はい」


「だから増えることにしたのさ」


「分身魔法ですね」


「そうだねぇ」


 ヴィルテも魔法族だった。


 だから、ヨハンナが三人いることも、わりとすんなり受け入れられた。


 三人に増える分身魔法など、かなりの高等技術のはずだが、学園一軍だったというのなら納得だった。


「それでねぇ、まあ、十五歳の頃は増えるために頑張ってたね」


「増えたかったんですか」


「そうだねぇ」


「その結果?」


「増えたねぇ」


「なるほど」


 ヴィルテは空を見上げた。


 晴れ渡った夜空に、星々が浮かんでいた。


 建物の屋上には雪が積もっている。


 遠くの通りから、人々の笑い声が聞こえた。


 そよ風が吹き、街路樹の枝を揺らした。


「やりたいことのない人生を生きる人もいるねぇ」


「はい」


「無理に探す必要はないさ。そういうのはねぇ、前向きに生きていれば、自然と見つかるものだよ」


 悟りヨハンナは、ゆっくり歩いていた。


「でもねぇ、部屋に閉じこもってゲームをしているだけというのも、悪いものではないかもしれないけれど」


「はい」


「こうして外に出てみたり、浮いてみたり、回ってみたり、おっきなハンバーガーのセットを二セット食べてみたり」


「……」


「そうやって生きている方が、やりたいことがたくさん見つかると思うんだよねぇ」


「それはそうかも」


 ヴィルテは頷いた。


 今日一日を思い返す。


 Oic Placeで過ごして、街を歩いて、悟りヨハンナと出会って、巨大なハンバーガーを二つ食べた。


 ラジオヨハンナは、三十回もゲーミングヨハンナを倒していた。


 なかなか変わった一日だった。


「きみだってほら、今はOic Placeに帰りたがってるねぇ。それもまた、やりたいことと言えるんじゃないかい?」


「……そういうものでいいんですかね」


「三十三歳としては、そんなもんで良いと思うよ」


「なるほど」


「ゲーミングヨハンナは勝ちたがってる。だからゾーイちゃんを使ってる」


「はい」


「わたしは悟りたい。だから回ってる」


「はい」


「同じことさ」


「……同じなんですかね」


「やってみることさ。何事もね」


 悟りヨハンナは、ヴィルテを見た。


「とりあえずは勉強と宿題、中学生という職業をやってみなよ」


「……まあ、あんまよくわかってないかもですけど、わかりました」


「ふっふっふ」


 二人は歩き続けた。


 ムーヴァーを降り、雪の残る歩道へ出る。


 街灯の下では、若い男女がホットドッグを分け合っていた。


 コーヒーを飲みながら歩く老人。


 Rowena端末を覗き込む学生。


 犬を連れて散歩する女性。


 ベンチに横になっていたサラリーマンは、まだ酒を飲んでいるのだろうか。


 ヴィルテは、そんなことを考えた。


 やりたいこと。


 将来の夢。


 職業。


 まだ、よくわからなかった。


 しかし、今夜はOic Placeへ帰りたかった。


 それは確かだった。


 やがて、通りの向こうに大きな建物が見えてきた。


 明るい窓。


 人々の出入りする玄関。


 Oic Placeだった。


 ヴィルテは、少し歩く速度を上げた。


 夜空には、星が瞬いていた。

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