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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
Oic Buvette

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35/84

9 本領発揮

 窓際のカウンター席。


 ヴィルテは、ワールドエンドラージビュヴェットバーガーを頬張っていた。


 ピクルス、オニオン、オリーブ、レタスは三倍。


 植物由来のパティとチーズを挟んだ巨大なハンバーガーは、両手で持っても食べにくいほどの大きさだった。


 隣では、悟りヨハンナがナイフとフォークを使って、器用にハンバーガーを切り分けている。


 窓の外では、雪が降っていた。


 夕暮れを過ぎた街には、琥珀色の街灯が灯り始めている。


 店内は賑やかだった。


 学生たちの笑い声。


 食器の触れ合う音。


 厨房から聞こえる調理の音。


 そして、ラジオヨハンナの声。


『ふっふっふ、……おや、次はゾーイちゃんかい。心理戦を始めたねぇ』


 ヴィルテは顔を上げた。


「心理戦?」


「ふっふっふ、ゲーミングヨハンナのやつ、本気で勝ちを取りに来たねぇ」


 悟りヨハンナが、フォークを置いた。


「どういうことですか?」


「ラジオヨハンナはソナちゃんらぶだけどねぇ、ゾーイちゃんのこともらぶなのさ」


「つまり?」


「愛ゆえに、ゾーイちゃんを上手く攻撃できない」


「なるほど」


 ヴィルテは頷いた。


 なるほど。


 そういうこともあるのか。


『ふっふっふ、ゾーイちゃんを使えば、こちらが上手く動けないと踏んだわけだねぇ。甘いねぇ。それならそれでやりようはあるのさ』


「やりようはあるみたいですよ」


「ふっふっふ、そうみたいだねぇ」


 ヴィルテは野菜スムージーを飲んだ。


 その時だった。


「頼むぞ、ゲーミングヨハンナ」


 すぐそばの席から声が聞こえた。


 ヴィルテはそちらを見た。


 三人の男子学生が座っていた。


 一人はRowena端末を横向きにして、画面を見つめている。


 残る二人はハンバーガーを食べながら、時々その画面を覗き込んでいた。


「お前が勝ったら、ワールドワイドビッグビュヴェットバーガーを食える」


「はっはっは、お前、今日は負け続きだな」


「どうせ今度も負けだよ」


「わかんねーじゃん。ゲーミングヨハンナが心理戦仕掛けたんだぞ」


「だから?」


「本気出したってことだよ。ゲーミングヨハンナの得意は、ゲームシステム以外のところにあるんだ」


「どゆこと?」


「エモートで相手を揺さぶったり、三分前とはまったく違う動きでゲームを撹乱するんだ。でも、こいつの目的は一つ。相手のネクサスを折ることだ」


「ふーん」


「現に、ゲーミングヨハンナはラジオヨハンナに三十回負けてる。でも、それはレーン戦の話だ。試合そのものは二十五回も勝ってる」


「……まあ」


「たしかに?」


 ヴィルテは、ちくわの磯辺揚げスティックをつまんだ。


 三十回負けて、二十五回勝っている。


 よくわからない戦績だった。


「そんなゲーミングヨハンナが、ラジオヨハンナに勝つためだけにゾーイを選んだ。これはもう勝利宣言だろ」


「……まあ、勝てると良いな」


「そだな」


 男子学生は、ハンバーガーを一口食べた。


「そんでさー、理科の新しい先生がさー、話し方がめっちゃおもれーの」


「ミシェル先生だろ」


「そうそう。多分、研究し過ぎで人と話すの慣れてないんじゃないかなって」


「そういうとこが可愛いよな」


「わかる」


 真剣そうな顔で画面を見ていた学生まで、顔を上げた。


 ヴィルテは、理科の先生のことを頭に思い浮かべた。


 ミシェル先生。


 ヴィルテがカラディシアに来たタイミングで赴任してきた、カナダ人の理科の先生だ。


 気だるげで、どこかアンニュイな雰囲気の女性だった。


 どうやら、男子学生たちには人気があるらしい。


「でさ、こないだの授業でさ」


「うん」


「実験の説明してる途中で、急に黙っちゃって」


「はっはっは」


 男子学生たちの話題は、すっかり理科の授業に移っていた。


 端末の画面では、ゲーミングヨハンナとラジオヨハンナが戦っている。


 らしい。


 ヴィルテは、最後のちくわの磯辺揚げスティックを食べた。


 野菜スムージーも飲み終えた。


 サラダの容器も空だった。


 隣を見ると、悟りヨハンナも食事を終えていた。


「ふっふっふ、お腹いっぱいになったかい?」


「ええ、ごちそうさまでした」


「行くかい?」


「行きましょうか」


 ヴィルテはトレーの上の容器を重ねた。


 悟りヨハンナも、ナイフとフォークを片づける。


 その時だった。


『待ちなよ』


 ヴィルテは顔を上げた。


『なんだいそれ。わたしの大好きなゾーイちゃんで、なにを……』


 ラジオヨハンナの声だった。


『初手が仮面? ライアンドリー? 一体なんで……』


 ヴィルテは、隣の悟りヨハンナを見た。


「……?」


「ふっふっふ、ラジオヨハンナが苦戦してるようだねぇ」


「みたいですね」


 ラジオからは、しばらく声が聞こえなかった。


 代わりに、ゲームの効果音が聞こえていた。


 ヴィルテは、重ねた容器を持ち上げた。


「行くかい?」


「行きましょう」


 二人は席を立った。


 トレーを返却口へ運び、店を出る。


 外の空気は冷たかった。


 太陽はすでに地平線の向こうに消えていた。


 琥珀色の街灯が、夜の街を明るく照らしている。


 昨晩の猛吹雪は、すっかりやんでいた。

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