9 本領発揮
窓際のカウンター席。
ヴィルテは、ワールドエンドラージビュヴェットバーガーを頬張っていた。
ピクルス、オニオン、オリーブ、レタスは三倍。
植物由来のパティとチーズを挟んだ巨大なハンバーガーは、両手で持っても食べにくいほどの大きさだった。
隣では、悟りヨハンナがナイフとフォークを使って、器用にハンバーガーを切り分けている。
窓の外では、雪が降っていた。
夕暮れを過ぎた街には、琥珀色の街灯が灯り始めている。
店内は賑やかだった。
学生たちの笑い声。
食器の触れ合う音。
厨房から聞こえる調理の音。
そして、ラジオヨハンナの声。
『ふっふっふ、……おや、次はゾーイちゃんかい。心理戦を始めたねぇ』
ヴィルテは顔を上げた。
「心理戦?」
「ふっふっふ、ゲーミングヨハンナのやつ、本気で勝ちを取りに来たねぇ」
悟りヨハンナが、フォークを置いた。
「どういうことですか?」
「ラジオヨハンナはソナちゃんらぶだけどねぇ、ゾーイちゃんのこともらぶなのさ」
「つまり?」
「愛ゆえに、ゾーイちゃんを上手く攻撃できない」
「なるほど」
ヴィルテは頷いた。
なるほど。
そういうこともあるのか。
『ふっふっふ、ゾーイちゃんを使えば、こちらが上手く動けないと踏んだわけだねぇ。甘いねぇ。それならそれでやりようはあるのさ』
「やりようはあるみたいですよ」
「ふっふっふ、そうみたいだねぇ」
ヴィルテは野菜スムージーを飲んだ。
その時だった。
「頼むぞ、ゲーミングヨハンナ」
すぐそばの席から声が聞こえた。
ヴィルテはそちらを見た。
三人の男子学生が座っていた。
一人はRowena端末を横向きにして、画面を見つめている。
残る二人はハンバーガーを食べながら、時々その画面を覗き込んでいた。
「お前が勝ったら、ワールドワイドビッグビュヴェットバーガーを食える」
「はっはっは、お前、今日は負け続きだな」
「どうせ今度も負けだよ」
「わかんねーじゃん。ゲーミングヨハンナが心理戦仕掛けたんだぞ」
「だから?」
「本気出したってことだよ。ゲーミングヨハンナの得意は、ゲームシステム以外のところにあるんだ」
「どゆこと?」
「エモートで相手を揺さぶったり、三分前とはまったく違う動きでゲームを撹乱するんだ。でも、こいつの目的は一つ。相手のネクサスを折ることだ」
「ふーん」
「現に、ゲーミングヨハンナはラジオヨハンナに三十回負けてる。でも、それはレーン戦の話だ。試合そのものは二十五回も勝ってる」
「……まあ」
「たしかに?」
ヴィルテは、ちくわの磯辺揚げスティックをつまんだ。
三十回負けて、二十五回勝っている。
よくわからない戦績だった。
「そんなゲーミングヨハンナが、ラジオヨハンナに勝つためだけにゾーイを選んだ。これはもう勝利宣言だろ」
「……まあ、勝てると良いな」
「そだな」
男子学生は、ハンバーガーを一口食べた。
「そんでさー、理科の新しい先生がさー、話し方がめっちゃおもれーの」
「ミシェル先生だろ」
「そうそう。多分、研究し過ぎで人と話すの慣れてないんじゃないかなって」
「そういうとこが可愛いよな」
「わかる」
真剣そうな顔で画面を見ていた学生まで、顔を上げた。
ヴィルテは、理科の先生のことを頭に思い浮かべた。
ミシェル先生。
ヴィルテがカラディシアに来たタイミングで赴任してきた、カナダ人の理科の先生だ。
気だるげで、どこかアンニュイな雰囲気の女性だった。
どうやら、男子学生たちには人気があるらしい。
「でさ、こないだの授業でさ」
「うん」
「実験の説明してる途中で、急に黙っちゃって」
「はっはっは」
男子学生たちの話題は、すっかり理科の授業に移っていた。
端末の画面では、ゲーミングヨハンナとラジオヨハンナが戦っている。
らしい。
ヴィルテは、最後のちくわの磯辺揚げスティックを食べた。
野菜スムージーも飲み終えた。
サラダの容器も空だった。
隣を見ると、悟りヨハンナも食事を終えていた。
「ふっふっふ、お腹いっぱいになったかい?」
「ええ、ごちそうさまでした」
「行くかい?」
「行きましょうか」
ヴィルテはトレーの上の容器を重ねた。
悟りヨハンナも、ナイフとフォークを片づける。
その時だった。
『待ちなよ』
ヴィルテは顔を上げた。
『なんだいそれ。わたしの大好きなゾーイちゃんで、なにを……』
ラジオヨハンナの声だった。
『初手が仮面? ライアンドリー? 一体なんで……』
ヴィルテは、隣の悟りヨハンナを見た。
「……?」
「ふっふっふ、ラジオヨハンナが苦戦してるようだねぇ」
「みたいですね」
ラジオからは、しばらく声が聞こえなかった。
代わりに、ゲームの効果音が聞こえていた。
ヴィルテは、重ねた容器を持ち上げた。
「行くかい?」
「行きましょう」
二人は席を立った。
トレーを返却口へ運び、店を出る。
外の空気は冷たかった。
太陽はすでに地平線の向こうに消えていた。
琥珀色の街灯が、夜の街を明るく照らしている。
昨晩の猛吹雪は、すっかりやんでいた。




