6 夕暮れ時に
「ふっふっふ」
悟りヨハンナは、口の中のハンバーガーをコーラで流し込んだ。
「悟りがなにか、かい」
「はい……」
「人類が数世代かけて追い求めてきた質問を、随分と軽々と口にするじゃないか」
「すみません」
「責めてるんじゃないよ。つまりねぇ、それはわたしにもわからないのさ」
悟りヨハンナはハンバーガーにかぶりついた。
がぶっ。
もぐもぐ。
「だから浮いているのさ」
「浮けば、それがわかるんですか?」
「わかるかもしれない」
「……そんなわけ」
「なぜ言い切れるんだい?」
「だって、浮いて、回って、光って……それで、それだけで、そんな、悟りって、そういうものなんですか」
「わからないよ。わたしはただ、わたしの悟りを追い求めているだけさ」
そう言って、悟りヨハンナはハンバーガーに食らいついた。
もぐもぐ。
ごくん。
コーラを飲む。
「三個はいけるねぇ」
「おかわりですか?」
「きみもどうだい?」
「……貰おっかな」
「ふっふっふ、まずはそれを食べちゃいなよ」
「はい」
がぶり。
もぐもぐ。
ヴィルテはハンバーガーを頬張った。
悟りについては、結局よくわからなかった。
もっとも、悟りヨハンナ自身にもわからないらしいので、仕方がないのかもしれない。
それにしても、美味しい。
植物でできているとは思えない。
肉厚のパティからは、噛むたびに肉汁のようなものが溢れてくる。
チーズもよく伸びた。
ヴィルテはコーラを飲んだ。
ずずず。
時刻は夕方。
店内は、それなりに混み始めていた。
窓の外では雪が降っている。
猛吹雪は収まったものの、歩道にはまだ雪が積もっていた。
通りを行き交う人々の姿も、昼間より増えている。
店内には、スーツ姿の客が目立ち始めていた。
仕事帰りだろうか。
今日は猛吹雪で学校が休校になった。
大人たちは違ったのだろうか。
見れば、店内にはRowena端末と向き合って、なにやら作業をしている人もいた。
飲み物を片手に画面を操作している男性。
キーボードを叩いている女性。
誰かと通話している人もいる。
ここで仕事をしているのかもしれない。
それとも、仕事が終わっていないのかもしれない。
ヴィルテはポテトを一本つまんだ。
「ふっふっふ」
聞き覚えのある声がした。
ヴィルテは、そちらを見た。
「……」
見覚えのある女の子がいた。
ヨハンナかぶれの女の子だった。
つい先ほど、Oic Corner Japoniskaiで出会った、あの子である。
五歳くらいの小さな女の子が、大きなハンバーガーを両手で持っていた。
「ちーずばーがーはおいしいねぇ」
「美味しい?」
向かいに座る母親が、優しい声で尋ねた。
「おいしいねぇ」
「さっきはごめんね。やっぱりお留守番はまだ早かったね」
「おみせでまたされることもおるすばんっていうのかい?」
「どうかしらね」
「ふっふっふ、さみしくはなかったよ。ヴィルテちゃんやてんいんのおにーさんたちとあそんであげてたからねぇ」
遊んであげてたらしい。
少なくとも、あの子の中ではそういう認識だったらしい。
「……」
ヴィルテは、さりげなく体の角度を変えた。
あの子に気づいていないふりをしたかった。
学校の外で、クラスメイトを見かけたときの気分だ。
別に嫌いじゃない。
でも、ちょっと面倒くさい。
そんなクラスメイトを見かけたら、そっと視線を逸らし、気づいていないふりをする。
ヴィルテは悟りヨハンナに向き直った。
「ここ、お気に入りなんですか?」
「ふっふっふ、ゆっくりできるからねぇ。Oic Cornerもいいけどねぇ、ゆっくりくつろぐにはこちらのほうが向いてるのさ」
「なるほど」
ヴィルテはハンバーガーを持ち上げた。
もう半分ほど食べていた。
残りも美味しそうだった。
かぶりつこうとした、そのとき。
「悟りヨハンナさん」
声がした。
ヴィルテは顔を上げた。
悟りヨハンナもそちらを見た。
北欧系の男性が立っていた。
年齢は三十代くらいだろうか。
落ち着いた色のコートを着た、背の高い男性だった。
「今よろしいですか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます。相談室に伺ったのですが、いらっしゃらなかったもので」
「昨夜から修行してたのさ」
「修行ですか」
「Oic Placeでね」
「なるほど。実りはありましたか」
「まあ、それなりに悟れたかな」
「良かったです」
悟りヨハンナは、コーラを一口飲んだ。
「相談かい?」
「はい。少し、お話を伺いたくて」
「急ぎかい?」
「いえ」
「ならチャットでいいねぇ」
「おっしゃるとおりで」
「二十四時間受け付けてるから、そっちに問い合わせなよ」
「はい」
「悟りなよ」
「はい、悟ります」
「うん」
「悟りがあらんことを」
「あらんことを」
「失礼します」
「いつでもおいでよ」
男性は丁寧にお辞儀をすると、自分のテーブルへ戻っていった。
ヴィルテは、その後ろ姿を見送った。
それから、悟りヨハンナを見た。
「……今のは?」
「迷える子羊だねぇ」
「なぜ悟りヨハンナさんに? 悟ってるから?」
「そうだねぇ」
「……相談室?」
「中央文化区画に大聖堂があるだろう?」
「はい」
「わたしの職場だねぇ」
「はぁ」
ヴィルテは悟りヨハンナを見た。
悟りヨハンナは、ナイフとフォークでハンバーガーを切り分けていた。
もぐもぐ。
ごくん。
「ふっふっふ、美味しいねぇ」
「……そうですね」
ヴィルテはコーラを飲んだ。
大聖堂。
相談室。
悟りヨハンナ。
浮いている人。
ヴィルテは少し考えた。
そして、ハンバーガーにかぶりついた。
とりあえず、食べよう。
まだ半分残っている。




