4 クラシックとカジュアルの違い
「ふっふっふ、大量だねぇ」
悟りヨハンナはご機嫌だった。
注文した料理が、二人分。
ワールドワイドビッグビュヴェットバーガー、3Lサイズ。ポテトにナゲット、サラダ、ホットシナモンアップルパイ。それから、ダイエットコーラ。
ヴィルテは料理の載ったトレーを見た。
なかなかの量だった。
「じゃあ、どっちに座りたい?」
「そうですね、右側も良いけど、途中で移動すればいいですよね」
「欲深いねぇ」
「とりあえずこっちにしましょう」
ヴィルテは右側のクラシックな空間から、左側のカジュアルな空間へ足を踏み入れた。
そのときだった。
『ふっふっふ』
ヴィルテの動きが止まった。
足を引っ込める。
「……」
聞こえた。
気がした。
気のせいかもしれない。
クラシックな空間では、メロウなジャズが流れていた。
ピアノの柔らかい音色。
低く響くベース。
食器の触れ合う音。
誰かがコーヒーカップをソーサーに置いた。
かちゃり。
「……」
ヴィルテは左側を見た。
明るい照明。
白い壁。
学生らしい若者たちが、ハンバーガーを食べながら談笑している。
恐る恐る、一歩踏み出した。
『ふっふっふ』
やはり。
聞こえた。
なにこれ。
『ふっふっふ、今のところの戦績は、わたしが十でゲーミングヨハンナはゼロだねぇ』
「……」
ヴィルテは足を引っ込めた。
クラシック側に戻る。
ジャズが聞こえた。
ピアノが軽やかに旋律を奏でている。
落ち着いた話し声。
コーヒーの香り。
ヴィルテは左側を見た。
もう一度、足を踏み入れる。
『おやおや、ついにマルファイトかい。テクニカルを放棄してパワー系で来たねぇ。大方、フルAPで来るつもりだろうねぇ』
「……」
ヴィルテは、いったんクラシック側に戻った。
ジャズ。
ピアノ。
ベース。
落ち着いた大人たちの話し声。
コーヒーの香り。
「あ、へー、あっちはラジオヨハンナなんだ……」
「ふっふっふ」
ヴィルテはそちらを見た。
悟りヨハンナが笑っていた。
「どうしたんだい?」
「いえ、まあ、考えてみれば、もう手遅れですよね。悟りヨハンナさんがいるんですし」
「ふっふっふ」
ヴィルテは左側へ向かった。
カジュアルな空間に入ると、ハンバーガーの焼ける香りが一段と強くなった。
揚げたてのポテトの匂いもする。
学生たちが笑っていた。
誰かがストローで飲み物を啜っている。
椅子を引く音。
トレーを置く音。
それから、
『ふっふっふ、じゃあ、ゲーミングヨハンナのマルファイトが無駄なあがきをしている間に、午後の占いコーナーでも始めようかねぇ』
ラジオヨハンナの声が聞こえていた。
ヴィルテは天井を見上げた。
スピーカーがあった。
どうやら、カジュアル側ではラジオヨハンナの配信が流れているらしい。
「窓際にします?」
「いいねぇ」
「カウンター?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ……あ、テーブル席しか空いてないんですね」
「珍しいこともあるもんだねぇ」
ヴィルテは店内を見渡した。
カジュアル側は大混雑だった。
ほとんどのテーブルが埋まっている。
制服姿の学生たち。
友人同士らしい若者たち。
家族連れもいた。
窓際では、四人組の女の子たちが大きなハンバーガーを囲んでいた。
一人がRowenaを操作し、残りの三人が画面を覗き込んでいる。
何か面白いものでも見つけたのだろう。
笑い声が上がった。
ヴィルテは振り返った。
クラシック側は、比較的空いていた。
窓際の席にも余裕がある。
静かな音楽。
落ち着いた照明。
ゆっくり食事をしている人々。
ヴィルテは少し考えた。
しかし、もう左側に来てしまった。
「ここにしましょう」
「ふっふっふ、いいねぇ」
二人は窓際のテーブルに座った。
窓の外では、雪が降っていた。
街路樹の枝に雪が積もっている。
通りを歩く人々は、厚いコートを着込み、フードを深く被っていた。
時折、風が吹く。
積もった雪が舞い上がり、窓の向こうを白く染めた。
店内は暖かかった。
ヴィルテはコートを脱いだ。
トレーの上には、大きなハンバーガーがあった。
写真で見たときも大きかったが、実物はもっと大きく見えた。
厚いバンズ。
何枚も重なった肉。
チーズ。
レタス。
トマト。
ソースが少しはみ出している。
ヴィルテは両手で持ち上げてみた。
重かった。
どうやって食べよう。
少し考えた。
とりあえず、置いた。
「じゃあ、いただきます」
ヴィルテは十字を切った。
カトリック式だった。
「ふっふっふ、祈るのかい」
「そうしたいと思った時だけ」
「どういうときにそう思うんだい」
「わからないけど、今はなんとなく」
「ふっふっふ、感心だねぇ」
悟りヨハンナは微笑んだ。
ヴィルテはハンバーガーを持ち上げた。
少し潰す。
まだ大きい。
もう少し潰す。
どうにか口に入りそうだった。
かぶりついた。
焼きたての肉の香りが広がった。
チーズの塩気。
ソースの甘み。
レタスの歯触り。
温かいバンズ。
美味しかった。
ヴィルテは頬張ったまま、窓の外を見た。
雪が降っている。
暖かな店内では、人々が食事を楽しんでいた。
隣のテーブルから笑い声が聞こえる。
ポテトの匂い。
コーヒーの香り。
そして、
『ふっふっふ、打ち上げたいんだねぇ。でも? 残念だねぇ。わたしが右に行くと思ったんだねぇ。左だよ』
ラジオヨハンナの声が響いた。
『フラッシュを切ると思ったんだねぇ。この程度でフラッシュするようじゃ、ソナちゃんのプロは名乗れないよ』
ヴィルテはハンバーガーを咀嚼した。
ゲーミングヨハンナは、まだ戦っているらしい。
『おやおや、コメントが流れてるねぇ。占い? ふっふっふ、忘れてたねぇ』
ヴィルテはコーラを飲んだ。
冷たかった。
『じゃあ、ゲーミングヨハンナのマルファイトくんがウルトを無駄打ちしたところで、占い行くよ』
悟りヨハンナはポテトをつまんでいた。
「ふっふっふ、美味しいねぇ」
「美味しいですね」
『まずは、今日の双子座からだねぇ』
ヴィルテはもう一度、ハンバーガーにかぶりついた。
窓の外では、雪が降っていた。
猛吹雪は収まっていた。




