2 悟りすぎだねぇ
それからしばらくして、試合が終わった。
画面には結果が表示されていた。
「負けたねぇ」
「勝ったじゃないですか」
ヴィルテは画面を見た。
勝利。
間違いなく、そう書いてある。
「試合には勝ったねぇ。でも」
ゲーミングヨハンナはエナドリを啜った。
「……ソナちゃんには負けたねぇ」
「……ソナちゃんってそんなに強いんですか?」
「サポート性能はすごいよ。でも、1v1で押し勝てる力はないねぇ」
「負けたじゃないですか」
「ふっふっふ」
笑って誤魔化された。
「ラジオヨハンナはソナちゃん専だからねぇ。ごらんよ。あちらのデータだよ」
ヨハンナが画面を操作すると、ラジオヨハンナのプロフィールが表示された。
使用チャンピオンの一覧。
そこには、ソナの姿があった。
ほとんどソナだった。
「ね? ソナちゃんしか使ってないだろう? ゾーイちゃんやグウェンちゃんも使ってるけど、数試合だけだねぇ」
「可愛い」
ヴィルテは画面を覗き込んだ。
「ゾーイちゃんがいいかも」
「可愛いチャンプが好きなやつなんだよねぇ。だからそればっかり使って、いつの間にか極めてるのさ」
「へえ」
「ムカつくねぇ」
ヨハンナはエナドリを啜った。
「奴に勝った時、それは奴の使うソナちゃんに勝ったときだよ」
「なるほど」
「奴のソナちゃんはねぇ、ビルドの幅が広いんだよねぇ」
ヨハンナはラジオヨハンナの戦績を眺めていた。
「しかも、適材適所で使い分けてるんじゃないんだよ。今回はフルAPにしよっかな、今回はサポートビルドにしよっかな、次はタンクにしよっかな、そんな感じさ」
「ヨハンナさんらしいですね」
「ムカつくねぇ。どうしてやろうかな」
ヨハンナは画面を睨んだ。
負けたわけではない。
試合には勝っている。
しかし、どうやら本人にとっては、勝ったことになっていないらしい。
ヴィルテには、よくわからなかった。
そのときだった。
「おやおや、世俗の欲の気配がするねぇ」
声がした。
ヴィルテが振り向くと、悟りヨハンナがいた。
浮いていない。
歩いていた。
「やあ、ゲーミングヨハンナ。どうしたんだい」
「ラジオヨハンナに負けたのさ」
「ソナちゃんかい」
「ソナちゃんだねぇ」
「ふっふっふ、まあ、頑張りなよ」
「どこまで流されてきたんだい?」
「気がついたら空港の滑走路にいたよ」
ヴィルテは悟りヨハンナを見た。
つい先ほど、猛吹雪の中を回転しながら流されていった人である。
どうやら空港まで行ったらしい。
「悟れたかい」
「悟れたねぇ」
「よかったねぇ」
よかったらしい。
「しかし、わたしもまだ悟りが足りないねぇ。悟っている感覚に夢中になりすぎていて、気がついたら滑走路で一時間半も悟ってたよ」
「悟りすぎだねぇ」
「悟りへの執着があるねぇ。気分転換でもしてこようかと思ってねぇ」
「Buvetteかい?」
「一緒にどうだい?」
「わたしはいいよ。奴のソナちゃんに対抗する術を練らないとねぇ」
「そうかい。悟れるといいねぇ」
「そっちもねぇ」
二人は頷き合った。
片方はゲームの対策を考え、もう片方は悟りへの執着をどうにかしようとしている。
ヴィルテには、どちらもよくわからなかった。
「ヴィルテちゃん」
悟りヨハンナがこちらを向いた。
「悟りヨハンナさん。さっき、通りを流されてましたね」
「どの通りかな。見られてたんだねぇ。悟ってたから気づかなかったよ」
「すぐそこのOic Cornerの前です」
「なるほど。悟り始めてすぐの時だねぇ」
あれが始まりだったらしい。
「猛吹雪の時ぐらい中で悟ればいいのに」
「悟りはねぇ、悪天候の中でこそ得られるんだよ」
「そうですか」
ヴィルテは窓の外を見た。
相変わらず、雪が降っている。
吹雪の勢いは多少弱まっているようだったが、外を歩きたいと思える天候ではなかった。
悟りヨハンナは、そんな天候の中を空港まで流されていったという。
しかも、一時間半も滑走路にいた。
何をしていたのかと聞けば、悟っていたのだろう。
「ヴィルテちゃん、お腹空いてるかい?」
「まあ、どちらかといえば」
「Oic Buvetteに行くんだけど来るかい?」
「Oic Buvette?」
「おや」
悟りヨハンナは首を傾げた。
「悟りヨハンナ。悟りすぎて忘れてるんじゃないかい?」
ゲーミングヨハンナが口を挟んだ。
「昨日話したじゃないか。ヴィルテちゃんはカラディシアに来てまだ二週間だよ」
「そうだったねぇ。悟りすぎるとつい忘れちゃうのさ」
悟りすぎると記憶力が落ちるのだろうか。
「Oic Buvetteはねぇ、ゆっくり座って食事するお店だよ」
「Oic Cornerとなにが違うんですか」
「Oic Cornerはさっと入ってさっと食べてさっと出ていく場所。Oic Buvetteは食事を楽しむ場所さ」
「へー」
なるほど。
ヴィルテは、先ほどまでいたOic Cornerを思い浮かべた。
注文して、食べて、帰る。
確かに、そんな場所だった。
Buvetteというのは、もう少し落ち着いて食事をする場所らしい。
「来るかい?」
「あ、でもあんまり手持ちが」
「奢るよ」
「行きます」
即答だった。
「ふっふっふ、コートを着なよ」
ヴィルテは立ち上がった。
ゲーミングヨハンナは、すでに次の試合の準備を始めている。
画面には、チャンピオンの一覧が並んでいた。
「それじゃあねぇ」
「はい。行ってきます」
「ふっふっふ、楽しんでおいで」
ゲーミングヨハンナは画面から目を離さずに言った。
「……さて、どうしてやろうかな」
まだソナちゃんのことを考えているらしい。
ヴィルテはコートを着た。
悟りヨハンナは入口へ向かって歩き始めた。
浮いていない。
ちゃんと歩いている。
ヴィルテは、その後ろをついていった。
ゲーミングヨハンナの試行錯誤の様子
↓
「おやおや、ふっふっふ、まずいねぇ」
ゲーミングヨハンナは笑っていた。
画面の中では、ガレンが必死に後退している。
その背後から、ソナが追いかけてきた。
青白い光が飛んでくる。
ガレンの体力が減った。
「ふっふっふ、これはまずいねぇ」
また光が飛んできた。
ガレンの体力が、さらに減った。
ソナは追撃をやめない。
ガレンが振り返った。
しかし、そのときにはソナが距離を取っていた。
「いやらしいねぇ」
ゲーミングヨハンナは呟いた。
ガレンが再び逃げ始める。
ソナが追いかける。
そして、
『You have been slain.』
ガレンが倒れた。
「……ふっふっふ」
ゲーミングヨハンナは笑った。
机の上に置いてあったエナドリを手に取る。
ごくごく。
ごくごくごく。
飲み干した。
空になった缶を机に置く。
「……上等だねぇ」
ヴィルテはヨハンナを見た。
さっきまで、ずいぶん楽しそうにゲームの解説をしていた人である。
今も楽しそうだった。
ただし、少し様子が違う。
「……怒ってるんですか?」
「ふっふっふ、まさか」
ヨハンナは画面を見据えていた。
「楽しくなってきたところさ」
そうですか。
ヴィルテは画面に目を戻した。
ガレンは、まだ倒れていた。
*
「ふっふっふ、これでいやらしいポークもできないねぇ」
次の試合。
ゲーミングヨハンナが選んだのは、ガレンではなかった。
グウェン。
大きなハサミを持った、小柄な女の子だった。
「可愛い」
「ふっふっふ、そうだろう?」
ヨハンナは満足そうに頷いた。
「グウェンちゃんはねぇ、聖なる霧を展開できるんだよ。霧の外からの攻撃を防げるのさ」
「へえ」
「ソナちゃんのポークにはうってつけだねぇ」
画面の中では、グウェンがトップレーンを歩いていた。
向こうからソナがやってくる。
ヴィルテは首を傾げた。
「またソナちゃんですね」
「ふっふっふ、奴はソナちゃんしか使わないからねぇ」
「同じ人なんですか?」
「ラジオヨハンナだよ」
「またですか」
「まただねぇ」
どうやら、ゲーミングヨハンナは先ほど負けた相手と、もう一度戦うことになったらしい。
厳密には、先ほどの試合もチームとしては勝っていたようだが、本人は負けたと思っているらしかった。
ヴィルテには、そのあたりの違いがまだよくわからなかった。
ソナが近づいてきた。
グウェンが前に出る。
ソナが光を放った。
「ふっふっふ」
グウェンの周囲に、青白い霧が広がった。
光は届かなかった。
「ほらねぇ」
「おお」
「これで一方的には殴られないのさ。ソナちゃんが攻撃したければ、霧の中に入ってくるしかないんだよ」
「なるほど」
「でも、ソナちゃんは近接戦闘が苦手だからねぇ。そんなことをしたら、グウェンちゃんのハサミで」
そのときだった。
「!?」
ゲーミングヨハンナが目を見開いた。
ソナが近づいてきた。
霧の外からではない。
霧の中へ。
「なっ」
ソナがウルトを放った。
クレッシェンド。
グウェンの動きが止まる。
「ちょっ」
さらに、ソナの通常攻撃。
パワーコード。
スタン。
グウェンは動けない。
その間にソナはEを使い、移動速度を上げた。
そして、さっさと逃げていった。
「……」
ゲーミングヨハンナは画面を見ていた。
グウェンがようやく動けるようになったころには、ソナはすでに離れていた。
「……そんな馬鹿な」
ヨハンナは呟いた。
「なにを積んでるんだい」
画面を操作する。
ソナの装備が表示された。
「いや、ビルド自体はそれほど変わりがないねぇ」
ヨハンナは眉を寄せた。
「……行動パターンを変えただけ?」
「そうなんですか?」
「そうみたいだねぇ」
ヨハンナはソナの姿を追っていた。
ソナは少し離れた場所で、何事もなかったようにミニオンを攻撃している。
「ふっふっふ、さすがラジオヨハンナだねぇ」
ヨハンナは笑った。
「ソナちゃんで千試合やってるだけのことはあるねぇ」
「どんだけやってるんですか」
「五、六百時間だねぇ」
「やっば」
ヴィルテは画面を見た。
ソナは、相変わらず優雅に演奏していた。
五、六百時間。
その時間があれば、いったい何ができるだろう。
ヴィルテは少し考えた。
やめた。




