1 ここに住み着く才能
Oic Placeは空いていた。
昨日の夜には、あれほど大勢の人がいたのに。
暖炉の周りにも、ソファにも、テーブルにも、ほとんど人がいない。
吹雪が比較的穏やかなうちに、家に向かったのかもしれない。
自分もそうするべきだっただろうか。
ヴィルテは窓の外を見た。
雪が降っている。
相変わらずの猛吹雪だった。
まあ、今さら考えても仕方がない。
ヴィルテは靴を脱ぎ、共用スペースへ入った。
「おや?」
聞き覚えのある声がした。
「どうも」
「戻ってきたのかい」
「はい」
ゲーミングヨハンナだった。
昨日と同じ場所に座り、昨日と同じようにゲームをしている。
「座りなよ」
「ええ、なんかホッとしますね。ここ」
「だから住み着いてるのさ」
「なるほど」
ヴィルテは近くのソファに腰を下ろした。
柔らかい。
暖かい。
外では雪が横向きに飛んでいるというのに、ここは快適だった。
「ふっふっふ、それにしても見込みがあるね。昨日今日でここの魅力に気づくとは。きみには才能があるよ。ここに住み着く才能がねぇ。もしかすると、きみはわたしを越える超長期滞在者になり得る器かもしれないね」
「わたしのなにを見抜いたんですか」
ヴィルテは息を吐いた。
ふー。
それから周囲を見回した。
「ダリウスさんと、もう一人は?」
「マンタスだねぇ。二人とも、Oic Eatsに行ったよ」
「なんでしたっけ、それ」
「フードデリバリーさ」
「ああ」
「仕事が終わったらお酒を飲むだろうから、夜までは帰ってこないんじゃないかな。猛吹雪の日は悪天候ボーナスがつくからねぇ、稼ぎどきなのさ」
「こんな天気なのに」
「こんな天気だからだねぇ」
「大変そうですね」
「ふっふっふ、汗をかいたなら水を飲めばいいのにねぇ」
「……」
ヴィルテはヨハンナを見た。
何の話だろう。
いや、酒の話か。
たぶん。
深く考えないことにした。
「そういえば、ラジオやってるんですね」
「あぁ、ラジオヨハンナだねぇ。なるほど、ということはOic Cornerに行ったんだね」
「ええ、すぐそこの」
ヴィルテは窓の方を指さした。
そのとき、ふと思い出した。
「そういえば、なんか悟りヨハンナさんが通りを流れてましたけど」
「あぁ、あいつは猛吹雪になると外で瞑想するのさ」
「なるほど、そういう習性なんですね」
「ふっふっふ、昨晩はねぇ、奴が四階で浮き始めたときは退屈な曇り空だったからねぇ」
「ええ」
「曇り空だって思い切りよく曇っていれば、あいつも外で浮いてたはずなんだけどねぇ。中途半端な曇り空が一番よくないねぇ」
「……」
ヴィルテは窓の外を見た。
猛吹雪。
こういう天気が好きな人もいるらしい。
それも、外で浮いて瞑想するほどに。
「そういえば、回ってました」
「ふっふっふ、そうかい」
「右回転でした」
「なるほどねぇ」
ヨハンナは頷いた。
それ以上の説明はなかった。
ヴィルテも、特に求めなかった。
しばらくして、ヨハンナの端末から効果音が聞こえた。
ヴィルテはそちらを見た。
「なにやってるんですか?」
「ふっふっふ、見るかい?」
「ええ」
LOLだった。
昨日、ヴィルテも教えてもらったゲームだ。
画面には、鎧を着た大柄な男が映っている。
ガレン。
ゲーミングヨハンナが操作しているらしい。
その向こうには、青い髪の女の子がいた。
ソナ。
「……」
ヴィルテは眉をひそめた。
「なんか、ラジオヨハンナさんもソナでガレンと戦ってましたけど」
「わたしだねぇ」
「ヨハンナさん?」
「今はラジオヨハンナとのマッチアップさ」
「……」
ヴィルテは画面を見た。
ガレン。
ソナ。
なるほど。
あのガレンが、このガレンだったらしい。
「ソナちゃんでトップレーンに来るなんて馬鹿だと思うだろう?」
「知らないです」
「ふっふっふ、ところがねぇ、ソナちゃんのQは範囲が広くてねぇ。そこにエアリー、運命の灰、忘却のオーブが加わると、ほら」
「ほらって言われても……」
ソナが何かを放った。
ガレンの体力が減った。
ガレンが下がる。
ソナが追いかける。
また何かを放った。
「あ、じわじわ削られてますね」
「そう。なかなか嫌なビルドさ」
「へえ」
「このソナはすでにアイオニアブーツ、涙、運命の灰、忘却のオーブでポークを完成させてる。付き合うだけ損だねぇ」
画面の中で、ソナが何かの動作をした。
「見なよ、ラジオヨハンナのやつ、エモートで煽ってきてる。ふっふっふ、なかなか挑発が上手いねぇ」
「……」
ヴィルテは画面を見た。
ソナが楽しそうにしている。
ガレンは体力を減らされている。
どう見ても、ソナの方が優勢だった。
「運命の灰はねぇ、三秒かけて五の魔法ダメージを与えるんだけどねぇ」
「はい」
「ダメージそのものは大したことない。でも、忘却のオーブと組み合わせることで、重傷の効果を長く維持できるのさ」
「重傷」
「回復を妨害する効果だねぇ。運命の灰の継続ダメージで重傷が更新されるから、合わせて六秒ほど続く。六秒経つ頃にはソナちゃんのQがまた飛んでくる」
「……」
「ガレンはパッシブで体力を回復できるけどねぇ、ダメージを受け続けると回復を始められない。ようやく回復が始まっても、重傷が残っていれば回復量が減る。つまり、延々と嫌がらせされるわけさ」
「なるほど」
ヴィルテは頷いた。
半分くらいしかわからなかった。
「でも、ガレンって一撃でも決めればダメージトレードが成立する火力があるはずじゃ?」
「ふっふっふ、一晩で学んだねぇ」
「まあ、ちょっと面白いし」
「ふっふっふ、もうハマり始めてるねぇ」
「……どうやって勝つんですか?」
「勝たない」
「勝たない」
「そう」
ヨハンナは当然のように言った。
「JGの動きを見て、ガンクに来てくれるようなら一気に叩くことも視野に入るけどねぇ、今回のJGはJGの中でファームするタイプだからねぇ」
「はい」
「ごらんよ。ね? 三回連続でピンを打ってるのに、JGのやつ、酷いことを言ってきたねぇ」
「なんて?」
「ふっふっふ、口にするのも憚られるねぇ」
「……」
「これはもう期待できない。そうなったらどうするか。そう、ミッドに合流するのさ」
「なるほど」
ヨハンナは、さも当たり前のことを説明するように喋っていた。
当然わかるよね?
そんな口調だった。
しかし、ワイリフ二日目のヴィルテには、何を言われているのかさっぱりだった。
そうでなくとも、このヨハンナは何を言っているのかわからないことばかりなのに、専門用語まで混ざっている。
理解できるはずもなかった。
「ミッド、オリアナですね」
「そう。プッシュ力と序盤の火力が強いね。スキルの回転率も高い」
「はい」
「一方、ソナちゃんは火力は大したことない。トップでソナちゃんにできることなんて、せいぜい遠くからちまちまQでポークして嫌がらせすることくらいさ」
「なるほど」
「仮にタワーに近づけたとしても、その頃にはこっちのガレンとオリアナがミッドのタワーを75%削ってる。一方、トップのタワーはせいぜい20%くらいのダメージに収まる」
「へえ」
「つまり、ソナちゃんは放置で構わないのさ」
「なるほど」
ヴィルテは頷いた。
そして、ふと自分の爪に目を向けた。
「……」
汚れている。
爪の間に、何か黒いものが挟まっていた。
いつからだろう。
さっきまで天丼を食べていたときには、気づかなかった。
雪を蹴ったときだろうか。
いや、靴を履いていたし。
なんだろう。
取らなくては。
ヴィルテは爪を眺めた。
「ふっふっふ、まずはベイガーにデマーシアを叩き込んで」
画面から大きな効果音が聞こえた。
「キルはオリアナちゃんに取られちゃったねぇ」
「……」
ヴィルテは爪をこすった。
取れない。
「さて、打ちこわし発動だよ」
また効果音が聞こえた。
「ふっふっふ、あと300で折れるねぇ」
ヴィルテは爪をこすった。
取れた。
「……よし」
「ふっふっふ」
ヨハンナは笑っていた。
画面の中では、ガレンとオリアナがミッドのタワーを攻撃していた。
トップレーンには、ソナが一人残されている。
ヴィルテは窓の外を見た。
雪は、まだ降っていた。




