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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
Oic Corner

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10 真相

 迷子ではなかった


 家は、セルの二階だった。


 聞いてみれば、何も特別なことはなかった。


 子供は、最近こちらに越してきたらしい。


 今日は親と一緒にOic Cornerへ来て、カップシリアルを食べていた。


 ところが、親に急な用事ができた。


 同じセルの二階にある自宅へ、一旦戻ることになったのだという。


 子供は店に残った。


 シリアルを食べ終え、トイレへ行った。


 そこでスマホを拾った。


 誰かが置き忘れたものだった。


 子供はそれを勝手にいじり、オンラインオーダーで蕎麦や天丼、カツ丼、牛丼などを注文した。


 そして、トイレから出てきたところをヴィルテたちに発見された。


 迷子だ。


 大人たちは、そう判断した。


 しかし、子供からすれば話は違った。


 親はあと十分ほどで戻ってくる。


 だから、待っていればいい。


 それだけのことだった。


 なのに、知らない人たちが何やら騒ぎ始めた。


 名前を聞かれたり、家を聞かれたり、電話をかけられたり。


 この人たちは、いったい何をしているんだろうねぇ。


 子供としては、そんなところだったらしい。


「……」


 ヴィルテは、親から事情を聞きながら黙っていた。


 なるほど。


 そういうことだったのか。


 つまり。


 迷子ではなかった。


 最初から。


「まあ、うちの子がお騒がせを」


 親が頭を下げた。


「いえいえ」


 調理担当が答えた。


 親は、思いのほかまともだった。


 十歳にも満たない子供を店内に残して帰宅したことはともかくとして、少なくとも会話の途中で変な笑い方をしないし、とぼけた受け答えもしない。


 質問をすれば、質問に対する答えが返ってくる。


 当たり前のことだった。


 ヴィルテは、その当たり前が少し嬉しかった。


 オンラインオーダーについては、店側でキャンセルすることになった。


 拾われたスマホについても、持ち主側と連絡を取っている。


 あとは、本人確認をして返却するだけだった。


 ひとまず、騒動は収まった。


「ほら、二人にごめんなさいは?」


 親が子供に言った。


「ふっふっふ、いやだねぇ」


「こら」


「あそんでくれてありがとうならいえるねぇ」


「じゃあそれ言いなさい」


「あるいは、こちらがあそんであげたのかもねぇ」


「こら」


「ふっふっふ」


 子供はヴィルテと調理担当を見上げた。


「たのしかったよ」


 そりゃお前はそうだろうよ。


 ヴィルテは思った。


 こちらは何度も同じことを聞き、何度も意味のわからない返答をされ、しまいには猛吹雪の中で雪を蹴る羽目になったのだ。


 楽しかった。


 そうか。


 それはよかった。


 ヴィルテは、なけなしの精神力を振り絞った。


「うん、わたしも楽しかったよ」


 にこ。


 笑った。


 笑ったつもりだった。


 ふと、近くの鏡に自分の顔が映った。


 にごぉ。


 かなり引きつった作り笑顔だった。


「……」


 ヴィルテは鏡から目を逸らした。


「ふっふっふ」


 子供が笑った。


 もういい。


 もう何も言うまい。


 親は改めて二人に礼を言い、子供を連れて家の中へ入っていった。


 最後まで、子供はご機嫌だった。


「じゃあねぇ」


「うん、じゃあね」


 ヴィルテは手を振った。


 扉が閉まった。


「……」


「……」


 二人は廊下に立っていた。


「帰りますか」


 調理担当が言った。


「はい」


 ヴィルテは頷いた。


 それだけだった。


 もう、何も話したくなかった。


     ◇


「いやぁ、最初にポケット確認させてもらえばよかったですね」


 帰り道、調理担当が言った。


「そうですね」


 ヴィルテは答えた。


 子供は、自分の端末を持っていた。


 最初から。


 それを確認していれば、親に連絡できたかもしれない。


 あんなに苦労することもなかったかもしれない。


「……」


 ヴィルテは前を向いた。


 疲れた。


 今日はもう何もしたくなかった。


 セルの二階から一階へ戻る。


 Oic Cornerの入口が見えてきた。


「しゃせー、あ、おかえりなさい」


 店員が顔を上げた。


「おう、サボってなかったか?」


「広告読み込んで漫画読んでました」


「ちゃっかりしてんな」


 調理担当は笑った。


 ヴィルテは店内を見回した。


 客はまばらだった。


 昼の混雑が嘘のように静かで、厨房にも注文は入っていない。


 さっきまでの騒動が、ずいぶん昔のことのように思えた。


「ヴィルテさん、なんか食う?」


「良いんですか?」


「奢るよ。なんか疲れちゃったね」


「ええ」


 ヴィルテは頷いた。


 本当に疲れた。


 何もしていないようで、ずいぶんいろいろなことをした気がする。


 いや、実際には何も解決していない。


 子供は迷子ではなかったし、親は普通に迎えに来た。


 自分たちがしたことといえば、勝手に心配して、勝手に騒いで、勝手に疲れただけだった。


 もっとも、他人のスマホで大量注文した件については、ちゃんと対処できたのだから、まったく無駄だったわけでもない。


 そう思うことにした。


「あ、おすすめは?」


 ヴィルテが尋ねた。


「そうだな、じゃあ、天丼とかどうだ?」


「それもらいます」


「サイズどうする? XLいっちゃう?」


「いただきます」


「おう」


 調理担当は厨房へ戻っていった。


 店員がヴィルテを見た。


「大変でしたね」


「……うん」


「子供、見つかってよかったっすね」


「……うん」


 ヴィルテは椅子に座った。


 見つかった。


 そうだ。


 見つかったのだ。


 迷子でも何でもなかった子供の家が。


「……」


 もう考えるのはやめよう。


 ヴィルテはテーブルに頬杖をついた。


 天井のスピーカーから、ラジオヨハンナの声が聞こえてくる。


『ふっふっふ』


「……」


 ヴィルテは目を閉じた。


 しばらくして、厨房から天丼の匂いが漂ってきた。


 悪くない。


 少なくとも、今日はまだ美味しいものが食べられる。


 それで十分だった。


 窓の外は、相変わらず猛吹雪だった。

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