2 Oic Tube
『ふっふっふ、みんなの占い結果はどうだったかな? まあ、どうでもいいけどねぇ』
「……」
『ふっふっふ。わたしはみんなが幸せに過ごせることを望んでるよ。そういう意味さ』
ヴィルテ・コントリマイテは、窓の外を眺めていた。
猛吹雪だった。
相変わらず、雪が右から左へ流れている。
街路樹が大きく揺れ、建物の輪郭は白く霞んでいた。
『ふっふっふ、みんな朝から元気だねぇ』
「……」
なんなんだろう。
この、サルバドール・ダリの絵画をトークショーにしたようなラジオは。
ヴィルテは頬杖をついた。
ラジオパーソナリティは、先ほどから妙なことばかり言っている。
星座占いを始めたと思ったら、血液型占いについて語り始め、干支の話になり、結局は星座占いに戻ってきた。
そして、一通り占い結果を紹介したあとで、どうでもいいと言い出した。
どうでもいいなら、なぜ占ったのだろう。
ヴィルテにはわからなかった。
しかし、ラジオの向こうでは、それなりに盛り上がっているらしい。
ときどき、女がコメントを読み上げている。
それに対して、ふっふっふ、と笑っている。
何がそんなに面白いのだろう。
『ちなみにねぇ』
また何か始まった。
『このラジオは、Oic Tubeのチャンネルでもスタジオの様子をライブ配信してるよ』
「……」
『みんな、よかったら見てねぇ。お手元のRowena端末で、さっそくアクセスしなよ』
ヴィルテは、テーブルの上に置いた端末を見た。
Rowena 7。
カラディシアで製造されている、七インチのモバイル端末だった。
スマートフォンとしても、タブレットとしても、小型のパソコンとしても使える。
折り畳み式の本体には物理キーボードが備えられており、開けば小さなノートパソコンのような姿になる。
ヴィルテは画面を点灯させた。
動画アプリを開く。
Oic Tube。
検索欄を選択する。
ラジオヨハンナ。
「……」
入力してから、少し考えた。
ラジオヨハンナ。
そういう名前なのか。
そうか。
もう驚かなかった。
検索結果が表示された。
いちばん上に、ライブ配信中のチャンネルがあった。
ヴィルテはそれを開いた。
画面が切り替わる。
スタジオが映った。
「……」
いた。
ヨハンナだった。
昨夜、Oic Placeで出会った女と同じ顔。
金髪。
琥珀色の瞳。
十八歳くらいに見える、スイス人の少女。
ただし、こちらはヘッドホンをつけていた。
目の前にはマイク。
テーブルには飲み物。
そして、大きめの端末が置かれている。
ラジオヨハンナは、椅子に座っていた。
少し猫背だった。
マイクに顔を近づけ、楽しそうに喋っている。
その奥には、音響スタッフらしい人々がいた。
男が二人。
女が一人。
それぞれの前には、音響機器やモニターが並んでいる。
しかし。
「……」
誰も、あまり仕事をしていなかった。
一人はコーヒーを飲んでいた。
一人は椅子の背もたれに寄りかかっていた。
もう一人は、何やら楽しそうに話していた。
三人とも、明後日の方向を向いている。
ときどき笑っている。
どう見ても、仕事より同僚との雑談を楽しんでいた。
もちろん、必要な仕事はしているのだろう。
たぶん。
ヴィルテは画面を見つめた。
カメラの隅では、音響卓のランプが規則正しく点滅している。
ラジオは問題なく放送されていた。
曲も流れている。
声も聞こえる。
特に困ったことは起きていないらしい。
それなら、まあ、いいのかもしれない。
ヴィルテは少し考えた。
そして、ラジオヨハンナに視線を戻した。
「……?」
何かしている。
テーブルの上の端末。
Rowena 9。
九インチの画面を備えた、Rowenaシリーズの大型モデルだった。
ヨハンナは、その画面に集中していた。
かちかちかちかち。
右手が動いている。
有線マウスだった。
かちかちかちかち。
クリックしている。
ものすごい回数だった。
「……」
ヴィルテは画面を凝視した。
何をしているのだろう。
資料を見ているのか。
台本を確認しているのか。
それにしては、クリック数が多すぎる。
かちかちかちかち。
マウスが右へ。
左へ。
また右へ。
かちかちかちかち。
ラジオヨハンナは、真剣だった。
少なくとも、端末の操作に関しては。
ヴィルテは眉をひそめた。
ゲームでもしているように見える。
いや。
まさか。
ラジオの生放送中である。
そんなわけがないだろう。
『ふっふっふ、視聴者が増えてきたねぇ』
ヨハンナが言った。
かちかちかち。
『視聴者が増えるほど、こっちのやる気も出てくるからねぇ』
かちかちかちかち。
『それに、チャンネル登録者数が増えれば、新しい盾がもらえるからねぇ』
「……盾?」
ヴィルテは呟いた。
『ふっふっふ。飾る場所を考えておかないとねぇ』
ヨハンナは楽しそうだった。
『スパチャも大歓迎だよ』
かちかち。
『ちなみに、一週間のスパチャ上限は、一律三百レフに設定してるからねぇ』
ヴィルテは首を傾げた。
上限。
『わたしの配信にスパチャするくらいなら、蕎麦でも食べなよ』
「……」
ヴィルテは、テーブルの上の紙カップを見た。
Lサイズ。
XLサイズ。
蕎麦を二杯。
すでに食べた。
『ふっふっふ。もちろん、応援してくれるのは嬉しいけどねぇ。みんなには、まず自分の生活を楽しんでほしいからねぇ』
ヨハンナはマウスを動かした。
かちかちかち。
『まあ、わたしも盾は欲しいんだけどねぇ』
「……」
欲しいのか。
ヴィルテは画面の右側を見た。
コメントが流れている。
『盾目当てで草』
『じゃあスパチャいらないじゃん』
『蕎麦食ってきた』
『今食ってる』
『300レフでも高い』
『ヨハンナさん何してるの?』
『ゲームしてない?』
「……」
ヴィルテは、最後のコメントを見つめた。
やっぱり、そう見えるのか。
ラジオヨハンナは、相変わらず何かを操作していた。
かちかちかちかち。
『ふっふっふ、みんな元気だねぇ』
コメントには答えなかった。
ヴィルテは少し考えた。
そして、端末の音量を下げた。
無音。
画面の中では、ヨハンナが喋っている。
しかし、声は聞こえない。
いや。
聞こえている。
『ところでねぇ』
店内のスピーカーからだった。
ヴィルテは天井を見上げた。
同じ放送を、二つの機器で再生していたのだ。
さっきまで、わずかな時間差でヨハンナの声が二重に聞こえていた。
妙に気持ち悪かった。
端末の音を切ったことで、ようやく普通になった。
普通。
ヴィルテは画面を見た。
ラジオヨハンナがマウスを連打している。
奥ではスタッフが談笑している。
普通ではなかった。
『Oic Cornerのカップシリアル、みんなは食べてるかな?』
ヴィルテは顔を上げた。
シリアル。
『ふっふっふ。いいねぇ、食べてるねぇ』
コメント欄が流れていく。
『チョコ多めが好き』
『グラノーラとコーンフレーク』
『牛乳が切れてた』
『豆乳派』
『全部混ぜた』
『十八種類全部? ふっふっふ、豪快だねぇ』
ヨハンナが笑った。
『みんなのお気に入りのカスタマイズを、コメントしていってねぇ』
ヴィルテは窓際を見た。
十八種類のシリアル。
透明な容器がずらりと並んでいる。
色も形もさまざまだった。
コーンフレーク。
チョコレート味。
グラノーラ。
小さな輪の形をしたもの。
乾燥した果物が混ざっているもの。
昨日の夜、Oic Placeで食べたシリアルを思い出した。
美味しかった。
あのときは七種類混ぜた。
もう少しチョコレート味を多くしてもよかったかもしれない。
「……」
ヴィルテはお腹に手を当てた。
まだ満腹だった。
蕎麦を二杯も食べたのだから、当然だった。
しかし、シリアルは気になる。
ヴィルテは少し考えた。
「……お昼になったら食べよ」
そう決めた。
昼食。
シリアル。
悪くない。
むしろ、ちょっと楽しみだった。
『ふっふっふ、みんなそれぞれ好みがあるんだねぇ』
ラジオヨハンナは楽しそうにコメントを読んでいた。
『わたしはねぇ、食感の違うものを組み合わせるのが好きだねぇ。サクサクしたものと、少し硬いもの。それから、甘いものを少し』
かちかちかち。
『ただ、入れすぎると何を食べているのかわからなくなるからねぇ』
「……」
ヴィルテは少し考えた。
七種類。
入れすぎだっただろうか。
いや。
美味しかったから、いいか。
ヴィルテは窓の外を見た。
猛吹雪。
相変わらず、白い。
雪が横向きに流れている。
通りには人影がなかった。
さっき流れていったものも、もう見えない。
あれは何だったのだろう。
「……」
考えるのをやめた。
世の中には、気にしてもしょうがないことがある。
それを、昨晩学んだばかりだった。
ヴィルテは背もたれに身体を預けた。
クッションが柔らかかった。
店内は暖かい。
蕎麦は美味しかった。
昼になったらシリアルを食べよう。
それまでは、ここにいよう。
そう思った。
ふと、カウンターの方を見る。
店員がいた。
先ほどの金髪の若い男だった。
椅子に座っている。
スマートフォンを持っている。
画面を見つめ、親指を動かしていた。
仕事は。
まあ、客が来たらするのだろう。
ヴィルテはラジオの画面を見た。
音響スタッフが雑談している。
ラジオヨハンナがマウスを連打している。
店員がスマートフォンをいじっている。
自分もスマートフォンを見ている。
「……」
なんだか、みんな自由だった。
『ふっふっふ。さて、次は何の話をしようかねぇ』
ラジオヨハンナが言った。
誰に尋ねているのだろう。
ヴィルテは画面を見た。
コメントが流れている。
ヨハンナは、それを眺めていた。
かちかちかちかち。
相変わらず、クリック数が多かった。
窓の外では、猛吹雪が吹き荒れていた。
ヴィルテは頬杖をついた。
まだ、しばらく帰れそうになかった。




