百合の少女は悩み焦がれる⑩
「まあ、それで宰相閣下と医務室長がご乱心なのね」
「どちらもいつもの事だが、少しは落ち着いて欲しいな」
「こう大神の余裕で」
「安心しなさい、いつも彼らは落ち着いているわ」
ボンデージ部隊こと、王妃付き侍女達。
明燐率いるボンデージ部隊の中でも、一際美しく一際優れており、一際女王様気質な彼女達は、侍女服に身を包んでも尚その艶やかさと麗しさ、そして匂い立つような色香と完璧な女王様の威厳を全く隠せていなかった。
「そういうのって、隠せてこそプロだよ」
という果竪の全う過ぎる指摘に感銘を受けて努力しているが、その努力はまだまだ足りないと言えるだろう。
そんな彼女達は一仕事終え、現在は王妃付き侍女としての仕事をこなしていた。すなわち、果竪の側に侍り、彼女が健やかに平穏無事に過ごせる様に心を尽くす事こそが侍女の仕事である。
むしろ、彼女達こそが多くの侍女を侍らし優雅に過ごす王の妃達にも見えるだろう。しかし、彼女達は王の妃はお断りである。
彼女達にだって好みはある。萩波は永遠の主として忠誠を誓うべき相手ではあるが、恋のお相手としては全力でご遠慮願いたい。
それに、果竪と争う気持ちは全くない。
「あの二神がいつも落ち着いているって?」
「ええ、ただ、涼雪と百合亜の事に関してだけ、おかしくなるだけで」
「そうね。あの二神に関してだけよね」
「王妃様の事でもおかしくなったわ」
「それは当然よ。王妃様に何かあったら大変ですもの」
「その通りだわ。王妃様が健やかにお過ごしくださるように力を尽くすのが、私たちの役目。いえ、王宮に勤める者達全員の願いですもの」
「そうだ。だから、我らはその為に動かなければならない」
そうして仕事の決意を新たにする彼女達は、程なく先ほどの話に戻った。
「それで、涼雪が付きそいで百合亜と出かけているのよね」
そう言ったのは、つい先ほど仕事から戻ってきた侍女だ。彼女が一番遠出をしていて、つい先ほど戻ってきたばかりだった。
だから事情も他の者達に比べれば疎く、今までの一連の経緯について聞いていたのだ。
「そうよ。最初は戸惑っている部分もあったけれど、少しずつなれてきたみたい」
「百合亜は少し仕事から離れた方が良いわ。いつも仕事ばかりなんですもの」
「あの子、うまい具合にガス抜きとかできないし」
「下僕や奴隷がいれば良いんだけど」
下僕や奴隷がいたら何が良いのか?それは、侍女達にはわかったけれど、少し離れた場所で土いじりをしていた果竪には全くわからなかった。
果竪は、涼雪に買ってもらった大根の種を、『奥宮』の吹き抜けの回廊横にある畑にまいていた。冬でも実るど根性大根の種は、王都でも神気でなかなか手に入らなかったのだが、今回ようやく入手する事が叶った。
これで、一月後には大根鍋パーティーの開催である。
そんな風に畑仕事をする果竪を、畑のすぐ側に作られた四阿から見守る侍女達。
手伝えよーーという突っ込みが来そうだが、今まで下手に手を出して大根の芽を踏みつぶしたり、畝を崩したり、水をやりすぎたり、栄養剤を入れすぎたり、下僕や奴隷(女性に限る)を働き手として投入しようとしたりして、果竪から畑仕事禁止令を出されてしまったのだ。
他の野菜は上手に作れる侍女達だが、なぜか大根だけは上手く出来なかった。あんまり上手く出来なくて、実はわざとだろう?と思われる程だが、そこはまだ解明されていなかった。
とにかく、侍女達は畑作業に手出しできないので、こうやって四阿から見守るだけだった。
因みに、涼雪は果竪の手伝いを許されている。
そしていつも大根パーティーをしていた。
「まあでも、百合亜が少しずつ元気を取り戻しているようで良かったですね」
「そうだ。さすがは王妃様。やはり、百合亜は王宮から少し離すべきだったんだ」
「私達でもずっとずっと仕事だと気が滅入りますものね」
「そうねぇん、でも百合亜は気が滅入っている事にも気づかないで余計に仕事に取り組むから」
「真面目な所は百合亜の良い所だ。だが、それで倒れたらどうにもならない」
「知ってます? 百合亜、一週間のうち徹夜の事が殆どですし、そもそもの睡眠時間は四時間もありませんし、公休日も出勤してますし」
公休日の出勤も徹夜も他の長達も行っているが、百合亜はダントツトップだったという。
「そりゃ倒れるわ」
「よく死ななかったと思います」
「神でもそんだけやば死ぬって」
「しかも、部下の仕事も自分で行うし、遅れている部下の仕事も手伝おうとされますし」
「大変ねぇん」
「大変ですむ話か」
「女官達も困り果てていました」
「けど、できの悪い女官も多いんだろう?」
下級女官に困ったちゃんが多いと聞いている侍女がそう言えば、他の侍女達も頷いた。
一応、ある程度の経験および平均的に仕事が出来る者達は中級女官に上がっている。下級女官は新神か、仕事が出来ない者達だ。
ただ、経験が少ないだけ、または一生懸命努力しているけれど出来ない者達は、下級女官の中でも秘密裏に違う枠組みに入れられている。
そういった者達は、準中級女官という立ち位置にいる。
下級女官という称号しかないのは、仕事が出来ないにも関わらず努力もしない、または素行に問題がある者達という意味合いとなる。
それを本神達は知らないが、各部署の長達からすればすぐにわかるし、そうでなくてもだいたいわかる。
普通ならリストラ組だが、神材不足という点を差し引いても、女官の部署は彼女達に甘かった。それは、百合亜が女官長だからだ。
たとえ、どんなに出来が悪く素行に問題があろうとも、百合亜が切り捨てた者達は一神もいなかった。そう……他部署ならとうの昔にクビになっている者でも、百合亜は懇々切々と教育し続けた。
そして彼女達の足りない部分を補い、陰で必死に手助けしているのである。
元々、自分の仕事だけでも大変なのに、百合亜は部下達全員の仕事をほぼ背負い込んでいるようなものだった。
他部署の長達だって物凄い仕事量だが、百合亜はその何十倍もの仕事量となっている。これで倒れない方がおかしいのだ。
「百合亜も少しは自分の体を労ってくれれば良いんだけど」
「あとは、上に立つ存在というのを理解してもらわないとな」
侍女の一神の言葉に、他の侍女達が頷く。
「百合亜は優しい。優しすぎる。たぶん、上層部の中で、部署の長の中では一番優しいだろう。しかし、優しさは時として身を滅ぼすし、相手を守るだけが上の役目じゃない」
「まあ、ね」
「相手によってはそれにどっぷりと浸かる。下手すれば上をつぶす。俺として百合亜を潰されるぐらいなら、そいつらを先に潰す。百合亜とそいつを比べれば、誰が見たって前者をとるだろう?」
「まあそうですね。ただ、その時には百合亜と戦わなければなりませんが」
「まあなぁ~……あ~~、百合亜と戦うのは骨が折れるぞ」
「百合亜は強いですから。特に、守備戦ともなれば」
「特攻の明燐、守備の百合亜ですものねぇん」
「百合亜もどちらかと言うと果竪タイプだからな」
守る存在がいれば強くなる。
果竪はそれを具現化した様な強さを誇るし、百合亜もそちら側だった。そして百合亜は、例え相手が自分に敵意を抱いていても、守ろうとしてしまうのだ。
そこも果竪にそっくりだった。
お神好し過ぎて、見た目からすれば全然そうは見えないけれど。
自他共に厳しくてキツいのに、百合亜は自分の部下達を守るだろう。
そのせいで、自分がどうなろうとも。
守られた者達全員が、百合亜に感謝するとは限らなくても。
「やっぱり、百合亜は女官長にしない方が良かったかしら?」
「今更だろ。それにーー」
例え女官長にならずとも。
「どこに至って、同じようにはなったと思うぞ」
「……言えてるわ」
それなら、自分達の目の届く範囲で同じようになって欲しい。
「まあでも、結婚退職とかしたら百合亜、これ以上大変にならなくて良いかもね」
「あ~~、でもその前に修羅が男として見てもらえるようにならないと」
「百合亜、修羅の事を妹分だけでなく、弟分としても見てるのにね」
「男としては見ないんだわ、あの子」
「可愛そうな修羅」
「今だってきっと百合亜に酷い事を言ったって泣いている筈なのに」
「……泣くから男として見られないんじゃ?」
とある侍女の指摘に、他の侍女達は動きを止めた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「大丈夫だ、宰相も泣いている」
「他の上層部やそれに準ずる者達も泣いている」
「じゃあ、それ以外ね! 修羅が男として見られない原因はっ」
そうやってワイワイしている侍女達を畑仕事をしながら見守る果竪は思った。
「元気だなぁ~」
極上の美女達が、侍女服に身を包んで尚、その隠しきれない魅惑的な肢体と共にムンムンなお色気を放つ姿は、どう見ても『後宮』を彩る美しき花たる妃達にしか見えないが……果竪からすると、なんか元気な女子会にしか見えなかったという。
「ちょっと待ってよ!」
そんな声に、彼女は足を止めた。
「先にスタスタ行っちゃうんだから。書類を届けに行くんでしょう? 一緒に行きましょうよ」
友神であり、同僚でもある少女に言われ、彼女は「そうね」と口を開いた。しかし、いつもとしは違うぶっきらぼうな様子に、友神は溜息をついた。
「機嫌悪いわね」
「そんな事はないわ」
そう言いながらも、いつもの笑顔はない。
「まあ、仕事が忙しすぎて笑っている暇がないっていうのもあると思うけど」
「……」
「もう一週間になるものね、女官長が罷免されてから」
罷免というよりは、一時的な休職だ。体調を崩した女官長は療養しているとの事だが、女官長に好意的ではない者達からすれば、とうとう女官長が役職から降ろされたのだと喜んでいた。
「一時的な物でしょう? すぐに復活してくるわよ」
「あ~ら? それはわからないわよ」
友神がクスクスと笑う。可愛らしい笑みだが、そこには滴るような毒が含まれていた。
「だってそうでしょう? いつも厳しくて威張り散らしていてキツクて怖い女官長を嫌っていた神は沢山いるじゃない。女官達だけじゃなくて、他部署だってそうよ。あのキツイ目で睨まれたら私、怖くて怖くてたまらないわ」
「……」
「みんな言ってるじゃない、女官長は酷いって。大変な仕事ばかり押しつけてくるし、それに失敗すればこれみよがしに文句をつけてきたりしてさ」
「……挙げ句の果てには相手にわざわざ謝罪に行く」
「そうよ! おかげで、私たちは上が居なければ何にもできない役立たずって思われてるじゃない。女官長は私たちの母親かって言うのよ」
友神はその時の事を思い出して腹を立てていた。
「いつもいつも怒鳴ってばかりで、本当にやんなっちゃう! ふふ、今回はと~~ってもいい気味だわ」
「仕事が忙しくなったけれどね」
女官長が居なくなり、代わりに侍女長である明燐が女官長の代役に就いた。それから程なくして、女官達の仕事は今までの三倍近くの量になってしまった。
その仕事量の多さに、女官達はてんてこまいだし、少しずつ、少しずつだけれど上手くいかなくなってきている部分がある。
フォローに回る筈の上の女官達は下の者達以上の仕事量を回され、到底下の者達を助けている暇など無かった。
フォローがない。
しかし、それをどうにかするだけの余裕が担当の者にはない。
少しずつ、少しずつ、その部分はそのまま放置され始めた。今はまだ良いが、このまま続けば他部署にも影響は出てくるだろう。
しかし、分かっていてもそれをどうにかできる能力は無く、フォローしてくれる者達も居ない。
前は、こんなんではなかったのにーー。
「それは仕方ないわ」
友神はあっけらかんとした様子で笑った。
「だってそうでしょう? 明燐様は侍女長というお仕事をされているのに、そこに加えて女官長の代役までしなきゃならないんですもの。ああ、侍女長の仕事がなければ、女官長の仕事にだけ専念していただけるのに」
「……どうかしら?」
「どうもこうもないわよ! あ、そうね、明燐様が女官長になれば、侍女長の地位は空位になるから、そこに女官長が行けばいいのよ。あ、元女官長ね」
悪意をたっぷりと含ませた笑い声を上げた友神は、そのまま話を続けた。
「素敵な案ね! 明燐様の様な誰にでも優しく美しく気高く素晴らしい方が女官長になれば、他部署だって大喜びよ! 代わりに、無能と名高い王妃と嫌われ者の元女官長はお似合いじゃない。それに、無能な王妃の側に明燐様を置く方が問題だわ! 国家的損失よ! ああ、なんてお可哀想な明燐様!!」
思わず涙ぐむ友神を気にせず、彼女は歩き続ける。
「というか、そもそも侍女長に明燐様が就いた事自体がおかしかったのよ! まあ、侍女長は陛下のお側近い役職でもあるけれど、あの王妃が居るからね。もしかしたら、王妃が陛下と明燐様の仲を引き裂こうとして侍女長にしたんじゃないかしらっ」
「それなら、陛下の目に見えるところに居る侍女長という役職自体につけないじゃない」
「そこは女の嫉妬よ! 本当に困った王妃だわ。自分が陛下にべったりとくっついている所を明燐様に見せつけてるのよ! なんて酷い女なのかしらっ」
「……」
「そもそも、明燐様こそが凪国という大国の王妃に相応しいお方じゃない! それは貴女だって分かっている事でしょう?! 誰だって、明燐様が凪国の王妃だと思うじゃない」
実際そうだった。
違うと分かっても、信じない者達も多かった。
「あの地味な侍女服に身を包んで尚、明燐様の美しさも艶やかさも気品も隠しきれないわ。やっぱり、明燐様こそ王妃になるべきなのよ! ああでも、そうしたら女官長にはなっていただけないわ、うぅ! どうしたら良いのかしらっ」
「というか、いくら何でも女官長が侍女長になるのは無理じゃない?」
「ああもう! なら、貴女は女官長が今のまま女官長に戻っても良いって言うの?! あと、他に女官長になれる様なお方が居るとでも思うの?!」
そう強く言われ、黙る。
「とにかく、私は女官長が今の地位に戻るのは嫌よ。百歩譲って、王妃付きの侍女長なら有りね。ふん、王妃にこき使われれば良いのよっ」
「……」
「何よ。ったく、同じ事を話したら、そんな風に今まで女官長の事を煩がっていたくせに、黙る子が居るのよね。何? もしかして怖いの?」
「……」
「大丈夫よ、女官長が報復になんて来ないわよ。それなら、とっくの昔に陛下が報復されてるでしょう?」
「……陛下に報復する様な愚か者は居ないわよ」
「分からないわよ? だって、あの女官長ですもの! 威張ってばかりのお局女官長! もう二度と戻ってくるなって話よ!」
そう言って高笑いする友神を見ていれば、他の同僚達も集まってきた。そして、女官長の悪口を口々に言う。そうして端から見れば美しく艶やかに微笑む彼女達に、小さく溜息をつく。
居なくなれ
腹が立つ
明燐様が女官長になれば良いのに
数々の暴言を吐いてきた。
自分だって吐いてきたし、陰口だって沢山叩いてきた。
でも
「……なんでこんなに簡単に、居なくなるのよ」
小さな呟きは、ここに居る者達の誰の耳にも届く事は無かった。
その日も、涼雪は百合亜を連れて王都へと降りる予定だった。しかし、その日は珍しく?出かける前にある神物と出会った。
「宰相様、どうなされたのですか?」
いつもは宰相室に居る明睡のお出ましに、涼雪は驚いた。驚いたけれど、見た目はいつも通りのほんわかとした笑顔だった。
そして、彼女なりに礼をとったが、それは端から見れば完璧な所作だった。
流れるように優雅な立ち振る舞いは、流石としか言いようがない。
そんな彼女は元は、庶民だ。庶民でも山暮らしの方が長い田舎者である。しかし、軍に入り、周囲に王侯貴族の姫や令嬢でさえ敵わぬ高貴さと気品を称え、礼儀作法を身につけた上層部やそれに準ずる、平均以上の女性達に囲まれる中で、涼雪は知らず知らずの内に彼女達を教師としてそれらを身につけていた。
そんな涼雪の溜息さえ漏れる美しい所作に明睡は目を見張りつつ、表面には全く表さずに口を開いた。
「顔を上げろ」
「はい」
涼雪は命じられた通りに顔を上げる。
「ーーこの後、百合亜と一緒に王都に降りるのか?」
「はい、今日は果竪ーー王妃様へのお土産探しもするんですよ」
にっこりと微笑む涼雪に、明睡は「そうか……」と小さく微笑む。
「あ、百合亜ちゃんもだいぶ外に遊びに行く事になれて下さったんですよ」
「そうか」
「もう少し元気になったら、今度は王都近隣の山で一緒に熊狩りなんて」
「それはやめろ」
明睡は涼雪を止めた。本気で行きそうだから。
以前、果竪を連れて
「熊狩りに行ってきます」
と山に突撃した時には焦った。
果竪を『奥宮』より外に連れ出された事もそうだが、実際に獲物を連れ帰ってきた時なんてもう。
ああ、確かその時は小梅と葵花も一緒に行ったっけ。
「今の女の子は熊の一頭ぐらい狩れるべきよ!」
そうなんとも勇ましく言った小梅と、「そうだよね~」と答える果竪。二神で手を打ち鳴らす姿に、朱詩と二神で彼女達の行く末を心配したのが頭に蘇る。
「……気をつけて、行くんだぞ」
「はい、百合亜ちゃんは私が守りますわ」
いや、お前も守られてくれーーとは明睡の口は動かなかった。
「でも、百合亜ちゃんって本当に凄いんですよ?」
「凄い?」
「ええ。色々と物知りですし、私の方が逆に面倒を見て頂く事も多くて」
「……」
「この前なんて、男の方達に声をかけられたんですが、百合亜ちゃんが『貴方達、涼雪に何か用でもあるのですか?』と一睨みで追い払われてしまって」
「追い払う……」
「凄く良い店があるから一緒に行かないか? って言われたんです。断ったんですけど、何度も誘われて」
「そうか、出来れば詳しく教えてくれ」
「その、私も突然の事であまりよく覚えていなくて……あ、もう時間ですし、行きますね」
そう言うと、明睡が止める間もなく涼雪は走り去っていった。
明睡は指をパチンとならした。
現れたのは、典晶だった。
「何だよ」
「お前、報告を怠っただろう?」
ゾクリとする程艶やかな声音に、典晶は「あっちゃぁ~」と青ざめた。彼の本業は別にあるが、副業として明睡の『目と耳』としても働いている。元々、典晶は明睡率いる部隊に居たが、その後分かれて彼自身も一つの部隊を率いるようになった。
しかし、元々は明睡の補佐の一神でもあった彼は、こうして明睡の個神的なお願いを聞きいれていた。
「……あ~、全体的に? 個別的に?」
「……」
「とりあえず、涼雪目当てに声をかける奴らは毎日十組ぐらいずつ居るな。ほら、涼雪は美少女ではないけれど、こうほんわかおっとりとしていて癒やし系っていうか」
典晶は自分目がけて放たれた筆をかわした。それは、典晶の背後の柱に深々と食い込んでいた。
「い、いや、きちんと仕留めたから!! ってか、誘拐犯が涼雪を狙わなかった時にはあれだけ怒ってただろ!! 男達に声をかけられているという事は、それだけ魅力がわかる奴らって事で」
「それとこれとは話が別だ! 涼雪が魅力的なのは世界共通の常識だろっ」
あ、こいつだめだーーと典晶は思ったとか思わなかったとか。
「しかし、実際に声をかけるどうかは別だ! 涼雪に声をかけた?! 涼雪の視界に入る事すらおこがましいわ! この俺でさえ、そうそう入れないと言うのにっ」
「それは明睡がヘタレだから」
「何か言ったか?」
「すいません」
今の明睡に逆らったら確実に殺られるーーと典晶は思った。