09
「このドラゴンの牙なら、銀貨10枚。きみたちにとっては不満かもしれないが、零細ギルドのウチとしては、これが限界だ。ケインも不手際も含め、これで水に流してくれないか? ……何がおかしい?」
そのあんまりな提案に、ぼくはいつの間にか笑ってしまっていた。
誠実な対応をしているフリをしているだけで、その内容はウソばかり。
「零細ギルド、って自称するところがおかしくてね」
「だが、事実だ。悪くない町だが、大きいとは言えない。仕事の種類も限られていてね。経営は、常に厳しい」
そこは、ウソではないのだろうと直感する。真実を交えるのがウソのコツでもある。
そして残念ながら、他の部分がウソであることを、ぼくは『糸電話』を通じて知っている。
銀貨10枚までなら出していい、と簡単に許せるのに、その金額が限界なはずがない。
「なら、責任ある、誠実な仕事をしなくちゃな。その銀貨10枚は、適正な価格とは言えないだろう。ぼくの見立てなら、その2倍は必要だ」
ザルディがぼくを見据える。
即答するどうかは、正直、わからなかった。
だがこの問いかけは、様子見だ。すぐさま、次の手を繰り出す。
「そもそも、だ。これまでにアスは、他にドラゴンの牙をここに持ってきているだろう? その分の精算はどうする? アス、これまでに狩ったドラゴンの数は?」
その問いかけについて、特に打ち合わせはしていなかった。
ぼくの視線を受け、アスは何気なく答える。
「4匹。いずれも、これと同じ種類だ」
「この、過去の分はどうするんだ? 売買の記録ぐらいはあるんだろう?」
ザルディがケインに目を向ける。
慌てる反応を見せるケインを他所に、ザルディはあくまで冷静だった。
「いや。ケインの記録には、過去はすべて大トカゲの骨だと残されている。これは、わたしも記憶している。そしてその大トカゲの骨は、もう処分済みだ。すまない」
ウソつきめ。
だが、ぼくはそれがウソであることを、『糸電話』ですでに聞いていた。
ザルディは最初から、ドラゴンの牙だと知っていた。大トカゲの骨として処分なんかするはずがない。
大トカゲの骨として、タダ同然で得たドラゴンの牙。
そのドラゴンの牙を取引して得た、巨額の利益があるはずだ。
だがその記録は、今は追求しようがない。
「だから、記録がない。確認できないものに、申し訳ないが、ウチも金は払えない。……その代わりといってはなんだが、そのドラゴンの牙については、そちらの言い分を飲もう。銀貨20枚で買い取らせていただく。大赤字だが、仕方がない」
銀貨20枚は、ドラゴンの牙の値段としては適切だろう。
金額としては悪くない。
過去の取引は、いずれもぼくがアスと出会う以前に、彼女が行ったものだ。
だから、変えようのない過去のもの、しょうがないものだと、忘れ去ることも出来る。
悪くない話だと、この条件を受けることだってできる。
だが。
それじゃぼくがいる意味がない。
不当な取引を徹底的に是正させ、アスの価値を認めさせる。
それがいま、ぼくがなすべきことだ。
「正式な契約書も交わせるな?」
ぼくの問いかけに、ギルドマスターに意外そうな表情が浮かび、それから口の端に笑みを浮かべる。
「求めてる代金を払うだけでは足りないと? だが、もちろん、可能だ。すぐに用意させる」
「待てよ。その前に、話はもう一つあったはすだ。オーブの依頼の件は、どうした?」
不可解そうな顔で、ザルディがケインを見る。
そりゃそうだろう。ケインはその件について、ザルディへの報告を忘れていた。
慌てて、カウンターの中の書類をケインが引っ張り出す。
「そ、それはオーブの件、……ウチのギルドの依頼についての詳細……だったか?」
「ああ。ドラゴンの牙が本物だと認められないのなら、オーブを持ち込んだとしても同じく疑われるんだろう? そもそもその依頼の値段は、いくらなんだ?」
ケインとザルディが目を見合わせる。
その反応に、ぼくは違和感を覚える。
「……これがその依頼票だよ。言っとくが、このギルドが押し付けたんじゃないからな。そこの……エルフが、一番難しい依頼は何かと、俺たちに聞いてきたんだ」
依頼票がカウンターに置かれる。さっと目を通す。
依頼自体はシンプルだ。ドラゴンのオーブであれば、種類は問わない。持ち込んだものには金貨50枚を与える。
そこでぼくは息を飲む。
……金貨50枚?
この世界の貨幣価値では、信じられないほどの大金だ。
現代日本でいえばその額は、田舎に豪邸が立ち、十年は遊んで暮らせる額だろう。
「ジン、どうした?」
気づけばぼくはじっとアスを見ていた。
「いや、何でもない」
アスに目をやる。
彼女は、自分が今、手にしているものの価値がわかっているんだろうか?
そして先ほどのザルディたちの反応の意味も理解できる。
オーブは、ぼくが思っていたよりも、ずっと希少なものだったらしい。
その依頼票の下部には、アスが書いたらしい直筆のサインがあった。
その文字は、とても優雅で美しい。
「正式な依頼を受けている限り、オーブの取引は、このギルドと行う必要があるんだろう?」
「そりゃ、そうに決まってるだろう? 依頼に関しては、契約したギルドが優先だからな」
ぼくは、少しの間、迷う。
だが結局のところ、オーブの希少性に賭けるしかない。
「仮にぼくらがオーブを持っていたとして、その真偽は、どう判断するんだ?」
訝しげな顔をするケイン。
だがザルディは即答した。
「見ればわかる。こう見えて、かつては魔物を狩っていた側だ。ドラゴン狩りで、高名なパーティと組んだとき、オーブを見せてもらったことがある。あんなもの、ニセモノなんか作りようがない」
ここが勝負どころだ。
ぼくはそう、判断する。
「アス。……見せよう」
事前に打ち合わせしていたその言葉を聞いて、アスは少し意外そうな顔をした。
「いいんだな、ジン」
そうしてアスが肩に下げていた革袋に手を突っ込む。
やがてアスが取り出した、紅い光を放つ球形。
熱を帯びたその光を見て、ザルディが息を飲む。
「これは……?」
「依頼の品だよ。ドラゴンのオーブ。あるいは、大トカゲのオーブかもしれないな。さあ、取引の詳細を詰めようか」




