08
ケインが奥へ進む。
その間に、付着した魔力の先端を加工する。
細い魔力を薄く広げ、音をよりよく拾えるカップのような形へ変える。
ぼくの指先に残るもう一つの先端は、ぼくの耳元へ。
同じく、カップの形へ。
だからつまり、イメージは、『糸電話』だ。
魔力の糸は扉の隙間を通って奥へと伸びる。
弱すぎる魔力で出来たこの糸は、見えず、触れても感じづらい。
ケインが歩みを止め、やがてクリアな声が届く。
「ザルディ様、あいつ、また来ました。今度は妙なガキも一緒です。それで……」
「それで、何だ? 早く要点を言え」
悪賢い、高圧的に響く声。
ケインがゴクリと、喉を鳴らす音。そして、言葉が続く。
「あいつら、いつもの魔物の骨を、ドラゴンの牙だと言い張ってます。パンを渡したのにああだ、こうだと……どうします?」
「要領を得ないな。なぜそれで満足しない? 奴らは何と言ったんだ?」
「……それは、別のギルドに持ち込む、と」
少しの沈黙。
「痛い目に合わせた方がいいですかね、ザルディ様? 特にあのガキ、図に乗ってる。少しは世間を分からせた方が……」
「ケイン、少し黙れ」
扉の奥が静まりかえる。
ザルディという、声の主が何者かはわからない。だが、ケインに指示を出せるほどの、責任と地位のある人物だ。
「あのエルフは何と言っている? ガキの口車に乗っているだけか?」
「今のところは何も。いつも通り、黙ってただ話を聞いてます」
「……ふむ。ならば、その大トカゲの骨、銀貨10枚までなら出していい。バカなエルフに恵んでやれ」
ケインが息をのむ。その理由がぼくにはよくわかる。
銀貨10枚。食品の価格から計算すると、この世界では安い額ではない。二か月は食事の心配をしなくて済む金額だ。
ただ、それでもドラゴンの牙が用いられた商品の市場価格と比べると、ギャップがある。
ドラゴンの牙なら、本来はその2倍でもおかしくはない。
「でもそれは……ザルディ様、出し過ぎじゃあないですか? たかだか魔物の骨に……」
「ケイン、何を言っている? やつらが持ち込んでいるのはドラゴンの牙だぞ? むしろ、なぜわからない?」
「えっ? だって……あれは、ザルディ様が……帳簿にもそう記録しろ、と……」
なるほど。ぼくはこのギルドの構図を理解する。
ケインは無知か、あるいは愚かだ。
黒幕はザルディ。
おそらく、このギルドのボスだ。こいつが、アスを搾取していた。
「適正な取引なはずがない、大トカゲの骨か何かだろうと、そう言っただけだ。記録する前にその真偽を調べるのはお前の仕事だろう? それよりも、今は他に持ち込ませるな。必要なら恩を売ってやれ。ガキは後で、何とでもなる」
「……わかりました」
ケインが身を翻す音がする。
そこまで聞いて、ぼくは魔力の展開を終える。
それにしても、何とでもなる、か。不法な手段もありえるな。
そう考えているあたりでケインが再び現れる。
「待ったよ」
先にぼくから言葉をかけられたケインは、顔をしかめる。
「……聞け、ガキに出来損ない。ギルドマスター、ザルディ様はお前らのバカな主張を聞いてくださった。これはくだらない魔物の骨だが、それでも足繁く通うエルフの熱意に免じて、銀貨1枚で買い取ってくださるとのことだ。ありがたく思え」
ザルディが許した金額の、さらに10分の1で買い叩こうとしている。
そんなあまりにもセコい提案をしたケインの目を、ぼくはじっと覗き込む。
はじめは睨み返して来たケインだったけれど、やがてその額に汗が滲みはじめる。
「なあ、ケイン。自分でも滅茶苦茶なことを言っているってわかってるんだろう? くだらない魔物の骨に、なぜ銀貨1枚も払う?」
ケインは汗を浮かび上がらせるばかりで、すぐには口を開かない。
毒がよく効くとすれば、まさに今だろう。
そのためのパーツは、さっき、『糸電話』で十分に手に入れている。
「……言っただろう? ギルドマスターの慈悲だ。ガラクタばかり持ち込んで、日々の生活にも困っているお前たちに、ザルディ様は恵んでやろうと言うんだよ」
「話にならないな。それでどうやって収益を上げるんだ? ギルドだって慈善事業をやってるわけじゃないんだろう? だいたい、取引の記録だっておかしくなる。仮に魔物を骨を銀貨1枚で買い取ったり、あるいはドラゴンの牙を魔物の骨と記録していた誰かは、重い責任を負うことになるだろうな」
その毒は、よく効いたらしい。ケインの額から汗が流れ落ち、床へと滴る。
不正な会計処理は、どこの世界でも罪になるに決まっている。
もはやケインは何を口にしていいかわからなくなっているらしい。
ただ口を開け、意味不明な音を発している。
「ケイン、知っていることを正確に話したらどうだ? そして正しい取引をしよう。今ならまだ間に合うぞ」
もちろんぼくは、そんなことで終わらせるつもりはなかった。
ただ、ケインの役割は終わった。それだけだ。
ケインがそれ以上の被害を生み出さないうちに、黒幕が出てくるだろう。
そうぼくが確信していた通り、扉の奥から声がした。先ほど『糸電話』で聞いた、ただし剥き出しだった悪辣さを薄っぺらな誠実さでコーティングして装ったような声。
「ケイン、そこまでだ」
ギルドの受付の扉の奥から、大柄で鋭い目をした、スキンヘッドの男性が現れる。
これが、ギルドマスター、ザルディ。このギルドで一番の権力者。
強面で肉厚。単に悪どさだけでのし上がったわけじゃあないらしい。
「あんたが、ザルディか。ここのギルドマスターだな。ケインに伝えたことは?」
「聞いている。そのうえで、認めよう。これは確かにドラゴンの牙だ」
ケインが目を見開く。
何か言いたげなその表情を、ギルドマスターは意に介さない。
ぼくにとっても、その言葉は少し意外だった。
だがそこには何か、不正の気配がする。
ザルディの言葉が続く。
「適性価格で買い取ろう。ウチの職員が迷惑をかけたようだ」




