07
カウンターに置いたドラゴンの牙をちらりとだけ見て、ケインが眉をひそめてみせる。
「またどこぞから拾ってきたのか。よくもまあ……」
拾う?
なるほど。その言葉でぼくは理解した。
このギルドは、信じていないのだ。アスがドラゴンを狩っていることを。
だから平気で彼女を馬鹿にする。買い叩く。
やがてケインが、受付の奥の扉を開き、声をかける。
「おい、また例の野良エルフだ。何か適当に……ああ、それでいい」
やがてケインが奥の扉から手にしてきたのは、小さな籠だった。
中には、いくつかのパン。
「ほらよ」
「……これは?」
「いつもの報酬だよ。大トカゲか何かの骨にはちょうどいい報酬だろ。これを持って、とっとと失せな」
差し出されたパンを、ぼくは一瞥する。
今朝も口にした、あのボソボソとしたパンと同じものだ。
あの巨大なドラゴンの姿が瞼の奥へに蘇る。
これがドラゴン狩りの報酬だって?
「ケイン、一ついいか? なぜこれがドラゴンの牙じゃないと思うんだ? 魔力の感覚でわかるはずだ。ドラゴンの牙以外の何でもないだろ?」
カウンターの上に置いた二本のドラゴンの牙は、白く滑らかな輝きを見せている。
固く美しいその素材は、武器にも防具にも使われていることは、すでに確認済みだ。
すでに触れている素材なのにわからないものなのか?
「あん? ……魔力の感覚だか何だか知らんが、鑑定魔法の使い手でもなけりゃ、こんな素材だけ出されたところで、それが本物かどうかわからんだろうが。何より、ドラゴンなんか、普通はパーティを組んで、命がけで狩るもんだ。ガキと出来損ないにどうして狩れる?」
ケインの言葉で、ふと気づく。
魔力について、ぼくは勘違いをしていたのかもしれない。
アスはこの世界には魔法があり、一般的なものだと教えてくれた。
そしてぼくの魔力は弱いのだと。
一方で、魔力自体を感じ取るなんて話を聞いたことがないとも口にしていた。
つまり、ぼくは魔力に敏感なのだ。
だけどそばにいたのが魔力のないアスだったから、それを知る機会はなかった。
……それが今、この状況ではマイナスに働く。
ケインにこの、ドラゴンの牙の真偽を知らしめる方法がない。
「……なら、仕方がない。信じないとすれば、他のところへ納入するだけだ。幸い、この町に店はいくらでもある」
「へへ、残念だな、世間知らずの坊っちゃん。この町にギルドがある以上、魔物産の物資は全部、このギルドの管轄だ」
なるほど、そういう仕組みか。
だからギルドはパンとドラゴンの牙を交換できる。
仮にドラゴンの牙が本物だったとしても、アスがその適性価格を知る術はない。
だけど今の言葉で、わかったことはもう一つある。
「なら、ぼくらは別の町のギルドにこれを持ち込むことにしよう。時間を取らせて悪かった」
ぼくはカウンターの上のドラゴンの牙を手にかける。
他の町がどこにあるかなんて知らない。
だが、今のケインの言葉は、裏を返せばつまり、他のギルドとなら取引が出来るということだ。
そんな発想はなかったらしい。
ケインが目を剥く。
「うちのギルドの依頼だぞ」
「それは、オーブの回収だろ? それにこれはドラゴンでも何でもない、大トカゲの骨なんだろ? どこに持ち込もうが、ぼくらの勝手だ。そうじゃないか?」
そのまま、引き留められないなら本当にそうしていいと思っていた。
このギルトが単に無知で、何の裏もないという、それだけの話だ。
だがもし、このギルドが意図して搾取を行っているのなら、必ず何かを仕掛けてくるはずだ。
そして、ぼくが手札を切るべきときは、そのタイミングだ。
「行こう、アス。ケインは何も知らないらしい。今まで納入していた大トカゲの骨が、ずいぶん大事に扱われていたことにさえ、気づかなかったらしいから、ね」
ぼくは踵を返す。
アスがぼくを目で追い、それからぼくの後を追おうとしたそのとき、背後から声がかかる。
「おい。待て」
その声に応じてぼくは立ち止まる。
視線の先のケインの表情には、ためらいがあったが、やがて言葉を吐き出した。
「……少し、上のモンと話してくる。だから、そこにいろ」
来たな、とぼくは内心、喜びを覚える。
何やら心当たりがあるらしい。だがこの行動は、ケイン自身の意思による行動ではないのは明らかだ。
彼は『上のモン』に、何を言い含められているのだろう? 知る必要がある。
そう考えつつ、ぼくは不満そうな表情を作る。
「急いでくれよ、他の町に行くなら早いとこ出発したいからな。……ああ、あとついでにもう一つ頼めるか? アスの本来の依頼の詳細を知りたい。オーブの回収の件だ」
訝しげにこちらを見るケインに、ぼくは言葉を重ねる。
「牙がニセモノだと言われる以上、例えぼくらがオーブを持ちこんだとしても、どうせ信じてもらえないんだろ? その場合、契約上はどうなるのかと思ってさ」
「……待ってろ」
ケインは店の奥へと向かう。
大体は計算通りか。
後は、もう一つの仕掛けがどうなるか。
ぼくはそっと集中を高める。
イメージは、『糸』だ。
細く、しなやかな糸。
当初の予定は、気取られないところへ糸を付着させるつもりだった。
だけどこの世界の人間がぼくよりもずっと魔力に鈍感だとすれば、リスクをとる価値はある。
ぼくは展開させた魔力を糸に変え、ケインの襟元へと飛ばす。
そのときケインがポリポリと首筋をかき、狙いがずれる。
糸はケインのうなじに、直接、付着した。
「……ん?」
不可解そうな顔をして振り返り、再び背を向けて扉の奥に姿を消すケインに、ぼくはつい笑いそうになる。
直接、皮膚についた魔力の糸にさえ気づかない。
それでぼくはもう一つの事実に気づく。
ぼくの魔力が弱すぎるせいもあるのだろう。魔力で出来た糸が直接触れていても、この世界の人間は気づかない。着弾の瞬間は、わずかに何かを感じたらしいが……。
「思ったよりも、ずっとやれそうだ」
小さくつぶやいたぼくの顔を、アスがのぞき込む。
「ジンもそんな顔をするんだな。……悪い顔をしているぞ」




