06
アスから連れられていった町の中心部に、ギルド『銀の天秤』はあった。
木造の建物だ。
二階建てだが、建物は広く、ちょっとした駅ぐらいの大きさはある。
門構えは立派だ。
入り口のすぐ上に出された看板には、ギルドの名前が書いてある。日本語ではないその文字を、ぼくはなぜだか読むことが出来る。
この体に残る記憶のためだろうか。
「アス、ぼくはきみが不当な評価を受けていると疑っている。……だけど本当に、ぼくのやりたいようにやっていいの?」
アスは小さく首をかしげる。
「そうしない理由があるのか?」
その素朴な返答に、嬉しさももちろんあるけれど、危うさもまた感じる。
アスと出会ってまだたったの3日。
なのに彼女はぼくを、全面的に信用しようとしている。
それは彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。
「いくらでもあるよ、アス。例えば、ぼくが君を騙そうとしている悪人だったら?」
「騙されないようにしたい。だが、ジンは違うだろう」
「まあ、ね。だけど、この門の奥にいる奴らは、単に君を食い物にしているだけの、搾取者だ」
依頼はオーブ。アスはそう言っていた。
だが、ドラゴンを狩り、牙を届けていたのもアスだ。
この町に入り、ギルドにたどり着くまで、ぼくはアスに頼んで3軒ほど商店を見て回った。その中には武器屋も防具屋もあった。
最高級とされている装備品に触れて、ぼくは確信した。
これらの素材には、ドラゴンの牙が使われている。つまり、本来なら高価なものだ。
装備品から感じる魔力は、アスが今日手に入れたドラゴンの牙と、同じ波長をしている。
オーブを回収した後、ドラゴンの死骸はいつもアスが見ていたような、黒い灰へと変わった。
かろうじて残っていたのは、凶暴に口元を彩っていた二本の長い牙だ。
その牙もまた、僕らは回収してきていた。
「行こう」
ぼくは先立って歩き、ギルドの重厚な扉を押し上げる。
手広くやっている店だ。パッと見てそう思う。
整然と並べられた商品が並んでいる。さらに、奥には食堂があり、何人かがそこで飲み物を手に談笑をしている。
二階へ上がる階段の前には受付がある。上階はどうやら、宿泊所のようだ。
いま、その受付には、誰もいない。
受付へ向かう途中、並べられた商品へと目を向ける。
武器と防具、どちらも一通り揃っている。専門店よりもそれぞれ若干、値段が高い。
ただ、品揃えはそう変わらない。
その商品に目を向けているとき、食堂にいた物々しい格好をした男たちが、聞こえるような声でアスを評する。
「また来たぜ、出来損ない」
「魔法の使えないエルフ様。飛べない鳥のお通りだ。今日はガキも一緒だぞ」
酔いは混じっているものの、明確に彼女を蔑んで口にされているその言葉を、アスが気にする様子はなかった。
「怒らないの?」
「何が?」
「ほら、色々言われてる」
「その通り、としか言えないな」
無頓着すぎるだろう、とぼくは思う。
それがアスの個性なのか、エルフの特性なのかは、ぼくにはわからない。
戦いの実力では、彼らはアスにはとても及ばないはずだ。
なのに彼らがこうしてアスを出来損ない扱い出来るのは、アスが素直にそれに甘んじているからだ。
その、そもそもの根底には、アスの善良さがある。
『私は、人間たちと共に生きていきたいんだ。他に居場所がないからな』
アスはそう言っていた。だから、口さがない人の言葉だって意に介さない。
それにアスは、自分の価値がそんなところにないと知っている。
だけど、ぼくの見解は、アスとは異なる。
偏見は、まあ、いい。
愚かな振る舞いに過ぎない。
アスにとって意味がない。
だけど、搾取には実害がある。
やがてたどり着いた受付のカウンターのベルを鳴らすと、奥から意地の悪い顔をした中年の男性が現れる。
「来たぞ、ケイン」
ケインと呼ばれたその男性は、面倒そうに顔をしかめただけだった。
「何だ、お前か。今日もいつものだろう? さっさと、置いていけ」
ケインは、アスが持ってきたものを改めようともしない。
顎でカウンターの一角を指し示すと、下卑た笑いを浮かべる。
「それとも、まさか、そのガキを引き取れって言うんじゃないだろうな。いくらギルドでも、それは無理な話だぜ」
ケインは笑う。
一瞬、ギルドというのは人身売買まで行っているのかと思ったが、これはあくまで軽口の類らしい。
ガキ、か。この世界に来る前、すでに成人に達していたぼくにとっては、若さを再び手に入れたのは喜ばしいことのはずだった。
だけどある一面では、年齢はある重要な要素ではあるんだな、と実感する。
そのうえで、ぼくは口を開く。
「そうなのか? ここまでバカなギルドなら、人の売り買いなんて朝飯前じゃないのか?」
「……なんだって?」
ケインが呆気に取られた目でぼくを見下す。
それから鋭い視線に変わり、その目はすぐに、アスへと向く。
「おい、出来損ない。なんだ、このガキは」
「ガキなのは、認めるよ。だけど若いだけあって、考え方が柔らかくてね。……ぼくは、アスの代理人だ」
そう言ってケインを見上げる。
この世界では若さは武器になり得るんだろうか?
そんな疑問はあったものの、少なくとも、注意はこちらに向いた。
ケインに濁った瞳がぼくをとらえる。畳み掛けることにする。
「なあ、ケイン。確認したいことがある。以前からお前たちに、不味いパンと引き換えにアスが譲り渡していた、ドラゴンの牙の件だ」
ぼくはアスを振り返る。アスはうなずき、彼女が肩から下げている革袋からドラゴンの牙を取り出す。
ドラゴンの牙は、滑らかな白色と共に、濃密な魔力をまとっている。
「今日もまたひとそろい、持ってきた。……これの対価は、一体、いくらだと考えている?」




