05
ドラゴンの体は全身が赤い鱗に覆われている。
その鱗の色が、徐々に灰のような、生気を失ったくすんだ色へと変わっていく。
その死体から放出されているのは、魔力だ。
アスの顔には、どこか諦めにも似た表情が浮かんでいた。
「言っただろう。私がギルドから依頼されているのは、オーブだ。彼らから失望されているのは、私が牙しか彼らに渡せなかったからだ。他の魔物と同じように、ドラゴンの死体もこうして消えていく。オーブなど残らない」
失望。
その言葉は果たして、正しいんだろうか。
ドラゴンはアスにしか倒せない。にも関わらず、ギルドに死体として残る牙しか渡せなかったことに、アスは引け目を感じていた。
「オーブって?」
「そうか、ジンにはわからないな。オーブは、魔力の塊だ。宝石のように美しく、使うと強大な効果を発揮する。そして、ほとんどのオーブはエルフの持ち物だ。人間は彼らから、ごく稀に譲られるだけだ。……ドラゴンはオーブを体内に宿していると私は聞いていた。だが私がこれまで狩ったドラゴンたちは、すべてオーブなど残さず消えていった」
ぼくは改めてドラゴンの死体を見る。
イノシシ型の魔物と同じだ。
魔物は肉を残さず、溶けていく。骨しか残らない……。
そのとき、ふとピンと来るものがあった。
「アス、オーブは魔力の塊って言っていたよね? 今、このドラゴンの死体からは急速に魔力が抜けていっている。途中で倒したあの魔物と同じだ」
「魔力が? ……私には、わからない」
アスが首をかしげる。
まったく魔力のないアスは、その事実すら知らなかったらしい。
「オーブは魔力の塊だ、そう言ったよね? オーブの生成には、この抜け出る魔力を抑え込むことが必要なんじゃないの?」
アスからの答えは、すぐにはなかった。
少し待ってぼくは、先に言葉を続けた。
「やってみる」
「そうしてくれ。ジンに出来ることなら、何でも」
魔法は、イメージだ。
ぼくの魔力はお話にならないほど弱いらしい。
だけど、使い道はいくらでもある。
ドラゴンの死体、その全身から抜けていく魔力。
ぼく自身のわずかな魔力で、その流出を押し留める。
イメージは、『サランラップ』。
薄く透明な魔力の膜を作り、ドラゴンの全身へと展開する。
すでに抜け、宙に抜けた魔力はどうしようもない。
だけど、これから体から吹き出していく魔力は、抑え込む。
うまくいくかはわからない。
抜け出す魔力を抑えつけたところで、元のところに留まるものだろうか?
それでも、ドラゴンの魔力の空中への放散は止めることができた。
包んだぼくの魔力が、死体の中に魔力を押し留めているのを感じる。
「……ジン。こんなのは、見たことがない」
アスが驚嘆の声をあげる。
おそらく、ドラゴンはそのまま骨格だけを残して、その肉体を消していたのだろう。
だが、いまぼくらの目の前にあるものは違う。
くすんだ色へ変化しはじめていたドラゴンの鱗に、徐々に赤い色が戻っていく。
燃え尽きた灰のように実体を失いかけていたその肉体に、再び重みが宿っていく。
そうして残った死体は、まだ死後の姿を保っていた。
やがて死体からの魔力の放散が止まる。
それを確認した後、しばらくしてから、ぼくは『サランラップ』の魔法を解いた。
「死体が消えていない」
「……アス、見て」
やがて、その死体の胸の部分がわずかに発光しはじめる。
「魔力がそこに集まってるよ、アス」
アスは小さくうなずき、そして剣を抜く。
スッと、丁寧に振るわれた剣はドラゴンの胸を両断する。
スパッと割れたドラゴンの胸の断面からこぼれ落ちたのは、深紅の炎を閉じ込めたような、ソフトボール大の結晶体。
宝石にも似ているが、中で赤い光がうごめいている。
そしてその内部に感じるのは、膨大な魔力だ。
ぼくが拾い上げたその球体を、アスは丸い目をして覗き込む。
「オーブ、だ。本当に残った」
オーブを持つぼくの手を、アスの手が包み込む。
その指先が、かすかに震えているようにも見えた。
これまでドラゴンを何度倒しても、決して見つからなかったオーブ。
そしてギルドが求めているもの。
「アス、これがあればきみは、ギルドの依頼に応えられたことになるんだよね?」
「ああ、もちろん。……報酬がもらえるはずだ。正直にいえば、それはあまり重要なことじゃないんだが」
「いいや、重要だよ」
ぼくはアスに首を横に振ってみせる。
ドラゴンと、パン。
その意味は、今やぼくにとってははっきりとしていた。
あんなに脅威を与える生物を狩ることが、ボソボソとした、決して上等とは言い難いパンに変わるはずがない。
それが例え、本来の目的である、オーブが手に入っていなかったのだとしても。
彼女に与えられていたのは、明らかに正当な対価じゃあない。
そしてその分野なら、ぼくは彼女の力になれる。
「アス、きみの言ったとおりだ。問題は、これから解決することになる」
微笑みかけたぼくに、アスが不思議そうに目を細める。
しかしやがて、アスはオーブをぼくの手に残して言った。
「意味はわからないが、任せるよ、ジン。ずいぶんと楽しそうだからな」
その言葉に、ぼくはうなずいてみせる。
そう、ぼくは喜びを感じていた。
ぼくの命を助けてくれたアス。
そんなアスに、少しでも恩を返せそうな、そんな事柄が見つかったからだ。




